バチカン美術館 攻略編 – 見どころ、おすすめ作品、モデルコース、館内地図

(2019年9月10日 公開) (2019-09-27 最終更新) バチカン美術館 展示フロアと作品

バチカン美術館は20以上の美術館や広場、中庭などで構成された複合施設です。展示室は1,000以上、その展示室を結ぶ通路は7km以上もあり、館内構造も非常に複雑です。また、館内の所蔵作品数も15万点以上と莫大な量に上るため、見るべき作品と見学コースを絞って観光しないと、現地で大きく時間をロスする事になります。

本記事では、バチカン美術館の館内地図やモデルコースをご紹介すると共に、各美術館内の特徴や絶対に見るべきおすすめの作品などについても詳しく解説致します。バチカン美術館内を見学する上で役立つ情報が満載です。

館内地図とモデルコース

バチカン市国の模型

下の地図は公式サイトで配布されているバチカン美術館の地図を元に、当サイト独自で作成した館内地図になります。お持ちのガイドブックの地図を含めて、ご利用しやすい地図を活用ください。バチカン美術館は位置関係を把握するのが本当に難しいです。

バチカン美術館 フロアマップ

以下より、バチカン美術館の必須ポイントを押さえながら、効率よく館内を見学できるモデルコースをご紹介します。

所要3〜4時間コース

バチカン美術館は所要3〜4時間ぐらいかけて見学するのが最もお勧めです。これぐらいの時間があれば、館内の大きな見所は一通り網羅する事ができます。

  • ① ピナコテカ
  • ② キアラモンティ美術館
  • ③ ピーニャの中庭
  • ④ ピオ・クレメンティーノ美術館
  • 階段で2階へ
  • ⑤ 燭台のギャラリー
  • ⑥ タペストリーのギャラリー
  • ⑦ 地図のギャラリー
  • ⑧ ラファエロの間
  • 階段で1階へ
  • ⑨ システィーナ礼拝堂
  • ⑩ バチカン図書館

特にお勧めの見学箇所は赤字で表記していますので、1.5時間〜2時間程度しか時間が取れない方は、赤字のスポットだけ見学すれば良いと思います。やや駆け足になるとは思いますが、見どころは一通り網羅できます。

ただし、夏場は混雑のため、先を急ぎたくても行列がひどくて進めなくなります。特に「燭台のギャラリー」から「地図のギャラリー」にかけては非常に混雑し、かなりの時間をロスします。その点を踏まえると、バチカン美術館観光には、最低でも2時間ぐらいの観光時間は確保しておいた方が良いと思います。

バチカン美術館の予約は必須

上記モデルコースの所要時間などは、バチカン美術館のチケットを予約の上で並ばずに入場する事が前提となっております。バチカン美術館は、年間40万人以上も観光客が訪れる人気スポットであるため、当日券購入で入場する場合は、入場まで1時間〜2時間待ちという事も普通にありえます。バチカン美術館の予約方法に関しては以下の記事で詳しく解説しておりますので参考にしてください。

それでは、次項以降より本モデルコースで訪れる「①〜⑩」のスポットの見どころや見るべき作品について詳しく解説していきます。

見学エリアの開始地点について

バチカン美術館 螺旋状のスローブ

バチカン美術館の見学エリアは、チケットの改札機を抜けた後にある「スローブ(写真上)」を登りきった所が出発地点(写真下)になります。ガイドブックなどでは、このフロアを1階とし、その一つ上の階を2階という様な感じで解説している場合が多いです。

バチカン美術館 見学エリアの開始地点

上写真の階段を登りきった地点から、右に行くと「絵画館(ピナコテカ)」、左に行くと「キラモンティ美術館」や「ピオ・クレメンティーノ美術館」があります。左右どちらから見学しても、再びこの場所に戻ってくる事は可能ですが、先に右側の「絵画館(ピナコテカ)」を見学した方が、位置関係が把握しやすいと思います。下の地図の言うと、水色で塗りつぶしたルートで移動する感じです。

バチカン美術館 フロアマップ

「絵画館(ピナコテカ)」を見学したら、再び「開始地点」に戻って、「キアラモンティ美術館」「ピーニャの中庭」「ピオ・クレメンティーノ美術館」の順で観光し、その流れで2階に上がって行く形です。

下は最初に見学する「絵画館(ピナコテカ)」の入口の写真です。

絵画館(ピナコテカ)の入口

① 絵画館(ピナコテカ)

絵画館(ピナコテカ)内の景観

絵画館(ピナコテカ)は、フランスのナポレオンの侵略によって略奪されていた多くの作品が、ウィーン会議で返還が決定された事を機に、「ルカ・ベルトラミ」の設計で1932年に建てられました。

展示はラファエロなど、最盛期のルネサンスの巨匠たちの作品を中心に、11世紀~16世紀までの絵画とタピスリーが約500点も展示されています。展示は18部屋にも渡っており、ラファエロの「キリストの変容」「フォリーニョの聖母」、メロッツォ・ダ・フォルリのフレスコ画「リュートを奏でる天使」など、多くの貴重な作品を目にすることができます。バチカン美術館の中で3大スポットを選ぶなら、間違いなくその一つに入る見学スポットです。必見です。

ピエタ像

ミケランジェロ作 ピエタ像

ミケランジェロ作(1499~1500年)

ピナコテカ(絵画館)に入ってすぐ目にするのが、ミケランジェロが25歳の時に手掛けた傑作と呼ばれるピエタ像のレプリカです。本物はサンピエトロ大聖堂に展示されており、ミケランジェロは晩年にもこのピエタをテーマに作品を何度も制作しています。像には永遠の若さを持つ母の腕の中で、死にゆく息子の姿が表現されています。

ステファネスキの祭壇画

ジョット作 ステファネスキの祭壇画

ジョット作(1330年代)

ステファネスキの三段祭壇画とも呼ばれるこの作品は、ローマのサンピエトロ大聖堂の主祭壇に飾るために、枢機卿「カエターニ・ステファネスキ」の依頼で制作された板絵です。テンペラと呼ばれる乳化作用を持つ物質を固着材として利用した絵具と技法で描かれているのが特徴で、3枚の板版の表と裏にはキリストや聖人の姿が描かれています。更に、向かって右側のパネルには「聖パウロの斬首」、左側のパネルには「聖ペテロの磔刑」が描かれています。

フォリーニョの聖母

ラファエッロ作 フォリーニョの聖母

ラファエロ作(1512年)

ラファエロが1512年に、ローマで自身のキャリア絶頂期だった28歳の時に手掛けた作品で、天と地の対比を絶妙のバランスで描いています。フォリーニョは、イタリア中部のペルージャにある街で、作品内に描かれている赤いマントの枢機卿の古里です。

キリストの変容

ラファエロ作 キリストの変容

ラファエロ作(1508年~1520年)

ピナコテカの最大の見どころと言っても過言ではないのが、このラファエロの遺作「キリストの変容」です。キリストの起こした2つの奇跡の全貌が壮大な構図で表現されています。絵画中央上部に描かれているのが「キリスト」で、その向かって左手には「予言者エリヤ」、右手には「予言者モーセ」が描かれています。更にその下にはキリストの弟子である3人の聖人、向かって左から「聖ヤコブ」「聖ペテロ」「聖ヨハネ」が描かれています。

作品は上下で異なる奇跡の場面が表現されており、上部はキリストが突然光を放ち3人の弟子達に神の子である事を告げた奇跡、下部は悪霊に取り憑かれた少年を救う奇跡がそれぞれ描かれています。

この作品はフィレンツェ出身の「ジュリオ・デ・メディチ」が枢機卿に就任した際にラファエロに依頼した作品で、この作品がほぼ完成した1520年にラファエロはこの世を去りました。奇しくもその日はラファエロの37回目の誕生日だったと言われています。

聖ヒエロニムス

ダ・ヴィンチ作(1480年)

聖ヒエロニムスは、ダヴィンチの1480年頃の作品で、未完の大作と呼ばれています。キリスト教の聖職者である「聖ヒエロニムス」が、荒野の洞窟で修行をする場面が描かれており、その前方のライオンはヒエロニムスが棘を抜いて助けたという物語に基づいて描かれています。この作品は、ダヴィンチがシスティーナ礼拝堂の壁画制作の選考にもれた際に描いた作品で、絵画には彼のその時の感情が投影されていると言われています。

キリストの埋葬

キリストの埋葬

カラヴァッジオ作(1602年~1604年)

完成当初から高く評価されたカラヴァッジオの作品で、新約聖書のヨハネによる福音書に登場するユダヤ人「ニコデモ」がキリストの足を抱えている姿が描かれています。胴体を抱える緑色の男の手がキリストの右脇の傷にめりこんでいて非常に生々しいです。この絵は元々、ローマの「サンタマリア・イン・ヴァリチェッラ教会」の礼拝堂に飾られていました。

聖母の戴冠

聖母の戴冠

ラファエロ作(1502年~1504年)

ラファエロがわずか19才の頃に、有力者「オッディ家」のための祭壇画として描いた作品です。本作はかつてナポレオンによってパリに持ち去られ、ウィーン会議でイタリアに返却されたのちに、バチカンが購入したものです。

天と地が二分された構図が特徴的ですが、まだこの時点では、彼の師であるペルジーノの影響が作中に強く見られると言われています。この構図は後年に彼がラファエロの間に制作した名作中の名作「聖体の議論」でも用いられていますが、完成度は「聖体の議論」の方が素人目でも見ても素晴らしいです。

リュートを奏でる天使

メラッツォ・ダ・フォルリ作(1480年頃)

この「リュートを奏でる天使」は、ローマの聖アポストリ教会の祭壇壁画に描かれていたフレスコ画の断片です。最も神に近い天使セラフィムとケルビムと共にキリストを囲む様に描かれていましたが、現在はこの断片ともう1枚が残るのみです。

② キアラモンティ美術館

キアラモンティ美術館の彫像と胸像

ピーニャの中庭に面して建つ「キアラモンティ美術館」は、教皇グレゴリウス16世によって創設され、1989年に展示が開始されました。

キアラモンティ美術館の展示スペースである教皇宮殿とベルヴェデーレ宮を結ぶ長い廊下には、かつて教皇ピウス7世が収集した、1000点にも上る古代彫刻コレクションが展示されています。美術館名である「キアラモンティ」は、このキアラモンティ家出身の教皇「ピウス7世」に因んで名付けられました。

彫刻の大半は、神々や貴人、神話に登場する人物をモデルとしています。彫刻の陳列は、裸体彫刻の第一人者でサン・ピエトロ大聖堂の彫刻も手掛けた「アントニオ・カノーヴァ」が行い、現在もその配列は維持されています。

キアラモンティ美術館の彫像キアラモンティ美術館の彫像と胸像

回廊前半部分の右手側に飾られている「アテナ女神(写真下)」の頭部は、ハドリアヌス帝時代のもので、パルテノン神殿建設の総監督を務めた「ペイディアス」のオリジナルを、ローマ時代に模刻したものです。

キアラモンティ美術館 アテナの頭部像

また、バチカン美術館の公式マップや、ガイドブックなどでは、キアラモンティ美術館の回廊から新回廊に直接アクセスできる形で記されていますが、新回廊への入口は閉鎖されている事が多いです。参考までに、下のVR画像は新回廊内の景観です。一際大きく展示されている像は「ナイル川」を擬人化した作品で、その名もズバリ「ナイル川」です。

新回廊は開放されていれば儲けものという感覚でいた方が、がっかりしないと思います。

③ ピーニャの中庭

ピーニャの中庭

ピーニャの中庭のシンボルの一つでもある「球体の中の球体」は、1926年生まれのイタリア彫刻家「アルナルド・ポモドーロ」の作品で、1990年にこの場所に置かれました。

アルナルド・ポモドーロ作 球体の中の球体

ピーニャは「松ぼっくり」という意味で、この中庭のもう一つのシンボルである、球体後方の壁龕(へきがん)に置かれている青銅の「松ぼっくり」から来ています。

青銅の「松ぼっくり」

かつてこのオブジェクトは、コンスタンティヌス帝の旧大聖堂の玄関を飾っていました。

ピーニャの中庭にはベンチも置かれているので、涼しい時季は休憩に持ってこいの場所です。夏場は日陰がないので、ベンチに座る人はほとんどいません。

ピーニャの中庭の景観

④ ピオ・クレメンティーノ美術館

ピオ・クレメンティーの美術館 円形の間

12の展示室から成る「ピオ・クレメンティーノ美術館」には、あのミケランジェロも絶賛したと言われる「ベルヴェデーレのトルソ」や「ラオコーン」など、古代ギリシャとローマ時代の彫刻が展示されています。

ピオ・クレメンティーノという名は、最終的な美術館の作品監修に携わった「ピウス6世」と「クレメンス14世」の名前を合わせたものです。

ピーニャの中庭の北側から「Museio Pio Clementino(ピオ・クレメンティーの美術館)」の案内板(写真下)にそって「ピオ・クレメンティーの美術館」入場すると、最初の見どころである「八角形の中庭」に出ます。

「Museio Pio Clementino(ピオ・クレメンティーの美術館)」の入口

八角形の中庭

八角の中庭

八角形の中庭に出ると、八角の壁面に沿って彫刻が配置されています。何気に素通りしてしまいそうな中庭ですが、飾られている彫刻は歴史的に有名な作品ばかりなので、壁面に沿って一週しながら彫刻もしっかりと鑑賞してください。

ラオコーン

ラオコーン

八角の中庭で最も有名な彫刻がこの「ラオコーン」で、1505年にローマの7つの丘の一つである「エスクィリーヌスの丘」の丘で発見されました。像には、神話に登場するアポロ神殿の神官「ラオコーン」が、敵国の神の怒りをかったために、2人の息子と共に二匹の大蛇に絞め殺された姿が表現されています。像の高さは184cmほどで、ロドス島出身のアゲサンドロス、アテノドロス、ポリュドロスの三人の彫刻家によって、紀元前2世紀頃に造られました。

ベルヴェデーレのアポロン

ベルヴェデーレのアポロン

高さ222メートルの「ベルヴェデーレのアポロン」は、教皇ユリウス2世の最初の収集美術品で、バチカン美術館の礎となった作品です。元々は右手に矢を、左手に弓を持っていたと言われています。こちらは紀元前に造られたオリジナルを大理石で模刻したものになりますが、それでも2世紀に造られた貴重な作品です。像の名前はユリウス2世がベルヴェデーレ宮の中庭に飾った事に由来しています。

円形の間

円形の間

ローマのパンテオンにインスピレーションを受けて造られたと言われるシモネッティ設計の「円形の間」は、中央に4メートルを越える斑岩(火成岩)の大水盤(写真上)が置かれています。

高さ22m、直径21.6mの円屋根は、まるでパンテオンの屋根そのものです。

円形の間の円屋根

中央の大水盤を囲む様に広間の外周には、彫像と胸像が飾られています。

円形の間の彫像円形の間の彫像円形の間の胸像と彫像

ウェヌス・フェリックス

ウェヌス・フェリックス

ウェヌス・フェリックスは、円形の間に飾られている、高さ214メートルのヴィーナスとその子供の像です。像のモデルは、第17代ローマ皇帝「コンモドゥス帝」の妻であるとされていますが、諸説あるため、確かな事は分かっていません。

大水盤を囲む中央の床には、ギリシア時代のモザイク画も描かれています。

円形の間 床のモザイク画

ギリシャ十字の間

ギリシャ十字の間

ギリシャ十字の間には、斑岩で造られた2基の石棺が圧倒的な存在感で置かれています。

聖コンスタンツァの石棺と聖ヘレナの石棺

聖コンスタンツァの石棺と聖ヘレナの石棺

向かって左側がコンスタンティヌス皇帝の娘のための「聖コンスタンツァの石棺」で、子供たちの収穫の姿が彫られています。一方、右側がコンスタンティヌス皇帝の母のための「聖ヘレナの石棺」で、騎士と蛮族の戦闘の場面が彫られています。

床のモザイク画

ギリシャ十字の間 床のモザイク画

ギリシャ十字の間の床に目を向けると、知の女神アテナを描いたモザイク画が描かれています。このモザイク画は、ローマ時代の廃墟の街「トゥスクルム」の遺跡で発見されたもので、3世紀ごろの作品です。

動物の間

動物の間

動物の間には、豹や獅子、豚、馬など様々な種類の動物彫刻が飾られ、床には紀元前2世紀のモザイク画がはめこまれています。部屋の一番奥で一際目を引く像は「メレアグロス」と呼ばれる作品です。この像はパロス島出身の古代ギリシア彫刻家「スコパス」が、紀元前4世紀ごろに制作したオリジナルの模刻であると考えられています。

ミューズの間(ベルベデーレのトルソ)

ミューズの間

八角の中庭から動物の間を抜けた先にあるのがこの「ミューズの間」です。ミューズの中央には「ベルヴェデーレのトルソー」が堂々と置かれ、その周囲を9人のミューズのうち7人が像で飾られています。ミューズとは、ギリシア神話に出てくる 最高神ゼウスの娘である9人の女神のことです。これらの像は紀元前のものをローマ時代に模刻したものです。

ミューズ像

視線を頭上に向けると、天井には美しいトンマーゾ・コンカ作のフレスコ画が描かれています。

トンマーゾ・コンカ作 天井のフレスコ画

ベルヴェデーレのトルソー

ベルベデーレのトルソ

このミューズの間の最大の見どころである「ベルヴェデーレのトルソー」は、紀元前1世紀のヘレニズム美術の傑作で、像には「アテネのアポロニウス作」と刻まれています。この像はローマのナヴォーナ広場の南に位置する「カンポ ディ フィオーリ広場」で発見されたもので、この像の筋肉美のリアルな表現にはあのミケランジェロやラファエロをも魅了したと言われています。頭部と手足を破損している像の高さは159cmほどで、おそらくヘラクレスを象ったものであると言われています。

参考までにミケランジェロの「ダビデ像」と「ベルヴェデーレのトルソー」の腹筋を比べてみました。腹筋のリアルさという点では向かって左の「ベルヴェデーレのトルソー」の方が優れている様に感じます。

ベルベデーレのトルソとダビデ像の腹筋

ミューズの間の先にある階段は2階の「燭台のギャラリー」へと続いています。

ミューズの間から燭台のギャラリーへと続く階段

地図で見ると、下の水色の線で塗り潰したルートを行く形です。

バチカン美術館 フロアマップ

⑤ 燭台のギャラリー、⑥タペストリーのギャラリー

ミューズの間から2階に上がると、燭台のギャラリー、タペストリーのギャラリー、地図のギャラリーと3つのギャラリーが続きます。ここは、ラファエロの間やシスティーナ礼拝堂に行くために必ず通過する順路なので、システィーナ礼拝堂の看板に従って進んで行けばたどり着けます。

燭台のギャラリー

燭台のギャラリー

ギャラリー名は、部屋のアーチの下に大理石の巨大な燭台が置かれている事に因んで名付けられています。元々この燭台は、コンスタンツァ教会とサンタニェーゼ教会にあったものです。

ギャラリーの左右に並ぶ石棺や彫像の大半は、ギリシャ時代に造られたオリジナルをローマ時代に模刻したものです。模刻品とは言え、ローマ時代のものなので貴重である事に変わりはありません。

燭台のギャラリーの彫刻

19世紀のローマ教皇である「レオ13世」時代に描かれた天井画も必見です。

燭台のギャラリーの天井画

大理石の床にはそのレオ13世の紋章が描かれています。

燭台のギャラリー 床に描かれたレオ13世の紋章

タペストリーのギャラリー

タペストリーのギャラリー

タペストリーのギャラリーは、元々は絵画が両側の壁面に掛けられていましたが、1838年以降はタペストリーが飾られています。飾られている10点のタペストリーは全て「キリストの生涯」を表現しています。この10点は16世紀にラファエロの弟子達が下絵を描き、ブリュッセルで織り上げた名品です。

キリストの生涯キリストの生涯キリストの生涯

かつては、ラファエロ自身の下絵に基づいたタペストリーが飾られていた時代もありました。

⑦ 地図のギャラリー

地図のギャラリー

幅6m、長さ120mの大きさを誇るこの「地図のギャラリー」は、教皇グレゴリウス13世が天文学者「イニャーツィオ・ダンティ」の下絵を元に、1580年から3年かけて造らせた大ギャラリーです。ギャラリーの両側の壁面には、その名の由来でもあるイタリアや教皇領の地図がフレスコ画で40枚も描かれています。

地図のギャラリー フレスコ画で描かれた壁面の地図

地図は当時の最新テクノロジーと科学を用いて制作されており、教皇グレゴリウス13世の在位期間中(1578年~80年)の、イタリアの歴史的な状況や当時の勢力を伺い知る事ができます。

地図のギャラリー フレスコ画で描かれた壁面の地図地図のギャラリー フレスコ画で描かれた壁面の地図

そして、このギャラリーの印象を決定づけているのが、丸天井の端から端まで煌びやかに輝く黄金のスタッコ装飾です。これは、ローマの「サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会」の装飾なども手掛けた芸術家「ジローラモ・ムツィアーノ」と「チャーザレ・ネッビア」によって制作されました。このギャラリーの美しさは写真の一場面ではとても表現する事ができません。

地図のギャラリー 黄金に輝く天井の装飾

天井の装飾の合間には、教会の歴史を描いた絵画も飾られています。

地図のギャラリー 天井の絵画

下画像は地図のギャラリーの出口扉上部で見られるバチカンの紋章とレリーフです。絢爛豪華以外の言葉が見つからないほど美しいです。

地図のギャラリーの装飾、紋章、レリーフ

⑧ ラファエロの間

ラファエロの間

1508年に教皇の居室エリアとして制作が開始された「ラファエロの間」は、若干25歳の「ラファエロ」とその弟子達が手掛けた美しい絵画と装飾で埋め尽くされた4つの広間の事です。

この広間は、第1室「コンスタンティヌウスの間(1517~24年)」、第2室「ヘリオドロスの間(1512年~14年)」、第3室「署名の間(1508年~12年)」、第4室「火災の間(1514年~17年)」の4室からなり、1508年~1524年まで16年の歳月をかけて制作されました。

ラファエロは制作が開始された12年後に、37歳の若さで他界してしまったため、その弟子達が制作を引き継ぎ、4年後の1524年に完成しました。生前のラファエロが最初に手掛けた、第3室「署名の間」では、「アテネの学堂」や「聖体の議論」など、ラファエロの作品の中でも特に評価の高い名作を鑑賞する事ができます。

見学順路は変わる場合もありますが、基本は第1室の「コンスタンティヌウスの間」から、室番の若い順に見学して行く形になります。

第1室 コンスタンティヌウスの間

コンスタンティヌウスの間

この広間は、4室の中で一番最後に完成した事もあり、ラファエロの死後に主に弟子達が手掛けた部屋です。広間を飾る作品はコンスタンティヌウス帝の生涯がテーマになっており、壁の4面には「コンスタンティヌウス帝の洗礼」や「ミルヴィオ橋の戦い」「十字架の出現」「皇帝の教会への寄進」などの作品が並んでいます。

一説では、この広間の作品は下絵でさえも弟子達が手掛け、ほぼラファエロ自身は関わっていないとされています。特に「コンスタンティヌウス帝の洗礼(写真下)」に関しては、ラファエロの弟子「ジュリオ・ロマーノ」が手がかけた作品であると認められています。

コンスタンティヌウス帝の洗礼

下はコンスタンティヌウスの間の天井部分に絵が描かれている「十字架の勝利」という作品です。

トンマーゾ・ラウレーティ 十字架の勝利

第2室 ヘリオドロスの間

ヘリオドロスの間

この部屋は、1512年から1514年のラファエロ生存期間中に制作された事もあり、第3室「署名の間」に次いでラファエロ色の強い部屋です。部屋内の壁を4つの大作「宮殿から追放されるヘリオドロス」「大教皇レオとアッティラの会談」「ボルセーナの奇跡」「聖ペトロの解放」が飾っています。

部屋名である「ヘリオドロスの間」は、この部屋に入ってすぐの壁に描かれている「宮殿から追放されるヘリオドロス(写真下)」の画に因んでいます。この作品は聖地エルサレルムから財宝を盗みだそうとした「ヘリオドロス」が神の裁きで罰を受ける姿を描いたものです。

宮殿から追放されるヘリオドロス

下の作品は、同じくヘリオドロスの間の壁面に描かれている「大教皇レオとアッティラの会談」という作品で、北アジアの遊牧騎馬民族「フン族」の王「アッティラ」を主題にして描かれました。こちらは、ラファエロの死後に弟子たちによって描かれたものです。

大教皇レオとアッティラの会談

窓上部の半円型のスペースに描かれた「ボルセーナの奇跡(写真下)」では、1263年にボルセーナでおきた不思議な出来事が題材にされています。

ボルセーナの奇跡

第3室 署名の間(アテナの学堂・聖体の議論)

署名の間

「署名の間」の部屋名は、もともと図書館であったこの場所で、教皇が公式文章に署名する作業を行っていた事に因んでいます。ラファエロは1509年から1511年にかけて、彼一人でこの部屋の装飾を手掛けました。大作「アテナの学堂」「聖体の議論」など、ラファエロの間を代表する2作品もこの部屋で鑑賞する事ができます。

アテナの学堂

アテナの学堂

アテネの学堂は、古代ギリシャ・ローマ時代の偉大な哲学者や科学者たちが、一堂に介する場面を描いた作品です。

アテナの学堂 「プラトン」と「アリストテレス」

作品上部中央アーチの下に描かれているのは、向かって左側が「プラトン」、右側が「アリストテレス」です。プラトンはレオナルド・ダヴィンチが顔のモデルになっています。

更に絵画の右下側には、作者のラファエロ自身が、作中の人物の中で唯一こちら側に目線を向ける形で描かれています。彼の遊び心でしょうか。ラファエロの左側で白い服を着ている人物はマニエリスム期のイタリアの画家「ソドマ」です。

アテナの学堂内に描かれている 「ラファエロ」

他にも、頬杖をつく「哲学者ヘラクレイトス」を演じる「ミケランジェロ(写真下)」や、コンパス片手に問題を解く「ユークリッド」を演じるブラマンテなど、ラファエロの先輩画家たちも顔のモデルとして作中に登場しています。

アテナの学堂内に描かれている 「ミケランジェロ」

聖体の議論

聖体の議論

聖体の議論は上下で2場面に分かれているのが特徴で、上部には、中央のキリストとそれを取り巻く天使たちを配した天上界を描き、下部には、祭壇を挟んで両側の聖職者たちが「聖体の意義」について議論する姿が描かれています。この絵の主題である「聖体」は天と地を結びつける役割を果たしています。

第4室 火災の間

火災の間

火災の間は、ルネサンス期のローマ教皇「レオ10世」の依頼で制作されました。部屋内には、レオと名の付く歴代教皇の時代に起こった出来事を題材にしたフレスコ画が飾られています。中でも、847年のレオ14世時代に起きた火災を描いた作品で、この部屋の名の由来にもなっている「ボルゴの火災(写真上)」は必見です。この絵は、この部屋で唯一、ラファエロ自身が構図から全てを手掛けた作品でもあります。

同広間内を飾る他の作品「レオ3世の弁明」「オスティアの戦い」「カール大帝の戴冠」などは、ラファエロの指示のもとに弟子たちが手掛けたものです。

下の写真は、ラファエロの一番弟子ともいえる「ジュリオ・ロマーノ」の協力のもと、同じく弟子のフランチェスコ・ペンニが完成させた「カール大帝の戴冠」です。

カール大帝の戴冠【ラファエロの間からシスティーナ礼拝堂へのアクセス】

ラファエロの間の見学後は「Cappella Sistina」の表示に従って行きます。

システィーナ礼拝堂「Cappella Sistina」への案内板

最初に階段を下ると「ボルジア家の間(写真下)」があります。それなりに見どころも多いエリアなので、時間のある方は是非見学ください。

ボルジア家の間

更に「Cappella Sistina」の案内に従って、階段を下ると1階の「現代宗教美術コレクション(写真下)」に出ます。

現代宗教美術コレクション

現代宗教美術コレクションを通過後も、とにかく「Cappella Sistina」の案内に従って階段を上がり下がりして行けば「システィーナ礼拝堂の入口(写真下)」にたどり着くことができます。基本はほぼ一本道です。

システィーナ礼拝堂の入口

地図で見ると、水色で塗りつぶしたルートを移動する形になります。

バチカン美術館の館内地図

⑨ システィーナ礼拝堂

教皇専用の聖なる祈り場である「システィーナ礼拝堂」は、ルネサンス期のローマ教皇「シクストゥス4世」の命を受けた、フィレンツェの建築家「ジョヴァンニ・デ・ドルチ」が、1475年から1483年にかけて完成させました。システィーナ礼拝堂という名は、この礼拝堂の生みの親である「シクストゥス4世」の名に因んだものです。

礼拝堂の奥行は40m、幅は約13m、高さは20mもあり、天井や壁面は美しい芸術作品の数々で埋め尽くされています。中でもミケランジェロが描いた祭壇の壁画「最後の審判」と、天井画「天地創造」は美術史上に残る屈指の名作です。この作品を見るだけでもバチカン美術館を訪れる価値があります。礼拝堂の左右の壁に並ぶ作品も、ポッティチェリをはじめとする、15~18世紀の巨匠たちが手掛けた名作ばかりです。

残念ながら内部は一切の撮影が禁止なので、目に焼き付けて楽しんでください。当サイトで掲載している写真はピーニャの中庭にあったパネルを撮影したものです。

最後の審判(ミケランジェロ)

最後の審判(ミケランジェロ)

ミケランジェロ作(1536年~1541年)

バチカン美術館の最大の見どころが、システィーナ礼拝堂の祭壇の壁一面に描かれた壁画「最後の審判」です。この作品は、ミケランジェロが61歳の時に、パウルス3世の依頼を受けて、5年の歳月をかけて完成させた美術史上屈指の名作です。ミケランジェロはこの縦14.4m、横13.3mの大作を全て一人で完成させました。

ミケランジェロは「最後の審判」を手掛ける29年前には、既に同礼拝堂の天井画「天地創造」を完成させており、既にその名を知らぬ者がいないほど、名声を欲しいままにしていました。

壁画の中に登場する人物は300名以上、登場人物の中には苦悩するミケランジェロの自画像も描かれています。また、中央上部に描かれているキリストはこれまでのキリストのイメージを大きく覆すものでした。そして、キリストの右手側の女性は聖母マリアで、他にも預言者、使徒、殉教者たちが審判側として描かれています。

この作品は、人間は生前の行いの善悪によって、この世の終わりに再臨したキリストに裁きを受け、天国か地獄に送られるという「新約聖書」に基づいた内容が表現されています。裸体の表現が時代の道徳観にそぐわなかったため、一時は取り外しも検討されましたが、一部に布を書き足す事でその問題はクリアされました。

天地創造(ミケランジェロ)

天井画(ミケランジェロ)

1508年、ローマ教皇「ユリウス2世」は、33歳の若き日の「ミケランジェロ」に、システィーナ礼拝堂の天井の装飾を命じました。彫刻家が本領のミケランジェロはこの作品の制作に乗り気ではなかったものの、教皇の命令には逆らえず、度重なる困難を乗り換えて、4年半という歳月でこの天井画を完成させました。

天井画には、旧約聖書を題材にした天地創造の9つの物語が描かれています。9つの物語は、「最後の審判」の壁画側から礼拝堂の入口側に向かって「光と闇の分離」「太陽と月の創造」「地と水の分離」「アダムの創造」「イヴの創造」「原罪と楽園追放」「ノアの献身」「大洪水」「ノアの泥水」の順で展開されていきます。

アダムの創造

天地創造 アダムの創造

天地創造の9つの物語の中で最も有名なのがこの「アダムの創造」です。向かって右側には神の姿が、左側にはアダムの姿が描かれ、左手を伸ばして横たわるアダムに神が生命を吹き込もうとする瞬間を絶妙な描写で表現しています。絵からは一瞬の緊張感が伝わってきます。

デルフォイの巫女

天地創造 デルフォイの巫女とハマンの懲罰

天地創造の中央の9場面を囲む様に外側に描かれた作品の一つがこの「デルフォイの巫女(上写真右側)」です。読書をしている女性が、神からの突然の啓示に没頭する姿を描いています。左側は同じく天井画の外側を囲む作品の一つ「ハマンの懲罰」です。

⑩ バチカン図書館

バチカン図書館

バチカン美術館の中で、ガイドブックなどでも曖昧にしか情報が掲載されていないのがこの「バチカン図書館」です。そのため、どこからどこまでがバチカン図書館か分からないまま見学を終えてしまう方がほとんどです。バチカン図書館とは、複数の広間、礼拝堂、ギャラリー、美術館を合わせた一角の事で、ガイドブックなどで一般的に紹介されているメインの美しい図書室には入場する事ができません。聞いた話では、メインの図書室に入場するには推薦状が必要との事です。

「バチカン図書館」の通年を通して見学可能なエリアは、300メートルにも及ぶ回廊に沿って、展示部屋や美術館が並び、各展示室には、教会の資料や古文書、絵画、装飾品などが展示されています。

「バチカン図書館」へのアクセスは、システィーナ礼拝堂から、サンピエトロ大聖堂に続く通路を通らずに、順路に沿ってバチカン美術館内を歩いて来れば必ず通過する事ができます。

バチカン図書館内では、下画像の様な美しいギャラリーの中で豊富なグッズや土産品なども販売しています。

バチカン図書館内のギフトショップ

下写真は、最初に通るバチカン図書館内の見学エリア「キリスト教美術館」です。キリスト教美術館の展示は数部屋に渡って続きます。

キリスト教美術館

十字架やコイン、装飾の一部など、キリスト教に関わりのある品々が回廊に沿って展示されています。

キリスト教美術館展示の十字架キリスト教美術館

下画像がキリスト教美術館の最後の提示エリアです。

バチカン図書館の回廊

この部屋を抜けると、バチカン図書館の回廊が続きます。

バチカン図書館の回廊

バチカン図書館の回廊は「シクストゥスの間」や「パウロの間」など、複数の部屋で構成されていますが、バチカン美術館の公式マップやガイドブックなどでもざっくりと「バチカン美術館の回廊」でまとめられてしまっています。

バチカン図書館の回廊バチカン図書館の回廊

こちら(下画像)は、バチカン美術館の回廊内の一部「パウロの間」に飾られている「王座の聖母」です。1922年にピウス11世に贈られた作品です。

バチカン図書館の回廊

パウロの間の先も図書館の回廊は続きます。

バチカン図書館の回廊

この階段の降り口が見えた時点で「バチカン図書館の回廊」は終了です。

バチカン図書館の回廊の出口

これでバチカン美術館の見どころは一通り網羅した形になります。時間がある方は、見学開始地点に戻って再度「ピナコテカ」や「エジプト美術館」などを見学する事も可能です。

ジュゼッペ・モーモの螺旋階段から出口へ

バチカン美術館の見学を終える方は、館内の至る所にある「Uscita(Exit)」の案内沿って行けば、1932年に「ジュゼッペ・モーモ」の設計によって造られた「螺旋階段」を通って出口まで移動する事ができます。

バチカン美術館の螺旋階段バチカン美術館の螺旋階段

螺旋階段から頭上に目を向けると、八角形のガラス窓から光が差し込んでいます。

バチカン美術館 螺旋階段の八角形のガラス窓

螺旋階段を降りきった先に、出口があります。当然ですが一度外に出ると、中に戻ってくる事はできません。館内に入場してすぐに荷物を預けた方は、この右手側にある窓口で受け取る事ができます。

バチカン美術館の出口

バチカン美術館は入口と出口が別になっています。出口は入口を正面にして、右手側の壁面沿いになるので、ほぼ入口と同じ位置に出る事ができます。

バチカン美術館の出口

バチカン美術館見学のヒント

困った時の「システィーナ礼拝堂」

バチカン美術館は、地図や事前にルートをある程度把握していても、思い通りに移動できない方が多いと思います。また、夏場などは混雑で思うように移動できず、地図で現在地点を確認する気力も無くなってくると思います。

そういった場合は、とにかく「Cappella Sistina(システィーナ礼拝堂)」と書かれた案内に従って進んでください。

バチカン美術館の案内板バチカン美術館の案内板

この案内にさえしたがってさえ行けば、「燭台のギャラリー」「タペストリーのギャラリー」「地図のギャラリー」を通過して、「ラファエロの間」付近まで近づく事ができますし、ある程度の見所を自然に網羅する事ができます。案内板は至る所にあるので、とにかく困った時は「Cappella Sistina(システィーナ礼拝堂)」と覚えておくと良いと思います。

バチカン美術館の大渋滞ゾーン

地図のギャラリー

ラファエロの間やシスティーナ礼拝堂へ移動する際に必ず通過する「地図のギャラリー」は、バチカン美術館の中で最も渋滞するエリアと言っても過言ではありません。夏場の日中などは、このエリアに一度足を踏み入れると、1分に数メートルづつぐらいしか進まなくなります。また、人の熱気で暑さも凄いので、具合が悪くなる方も多いです。

とは言え、この地図のギャラリーを通過しないと「ラファエロの間」や「システィーナ礼拝堂」には移動できませんので、もし時間に余裕があるのであれば、地図のギャラリーがある2階へ移動する前に、ピーニャの中庭などにあるレストランで一休みするのがお勧めです。