ウフィツィ美術館 有名作品、フロアマップ、回り方

(公開:2019年10月4日)

フィレンツェ イタリア

本記事では、イタリア フィレンツェにある「ウフィツィ美術館」の有名作品、フロアマップ、館内の回り方などをご紹介致します。

ウフィツィ美術館

本記事は作品解説がメインです。ウフィツィ美術館のチケット予約や料金に関しては、以下の別記事にて詳しく解説しております。

ウフィツィ美術館 フロアマップと作品一覧

3階フロアマップ 作品と展示室番号

最初の見学エリアである3階には、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ボッティチェッリなど、ウフィツィ美術館の有名作品のほとんどが集中しています。

まずは以下3階の地図で見学開始地点を確認ください。混雑必須の展示室番号は赤字で記しています。

ウフィツィ美術館 3階の地図

3階の主要展示室

【第1〜4室】イタリア初期〜14世紀の絵画、【第5〜6室】国際ゴシック、【第8室】初期ルネッサンスとフィリッポ・リッピ、【第9室】ポライウォーロ他【第10〜14室】ボッティチェリ他、【第18室】トリブーナ、【第35室】レオナルド・ダ・ヴィンチ、【第41室】ミケランジェロとラファエロ、【第42室】二オペの間

3階 有名作品

必見は、35室のダ・ヴィンチと41室のミケランジェロとラファエロです。どんなに時間がなくてもこの2室だけは絶対に見学する様にしてください。

3階の見学を終えたら、西画廊のカフェ付近の階段から2階に移動します。

2階 フロアマップ 作品と展示室番号

2階は3階に比べると、そこまで有名作品は多くありませんが、「ティツィアーノ」や「カラヴァッジョ」などの見逃せない作品が展示されています。2階は3階とは逆方向に見学して行く形になります。

ウフィツィ美術館 2階の地図

2階の主要展示室

【第60室】ロッソ・フィオレンティーノ他、【第64~65室】 ブロンズィーノとメディチ家、【第74室】パルミジャニーノ他、【第83室】ティツィアーノ他、【第90室】カラヴァッジォ他

2階 有名作品

本記事で掲載しているフロアマップを印刷してご持参されたい方は「ウフィツィ美術館のフロアマップ(PDF)」よりダウンロードの上でご利用ください。

次項より、必見作品を見学順路に沿って詳しく解説していきます。

3階の有名作品解説

以下より、見学順路に沿ってウフィツィ美術館3階の有名作品を解説していきます。

第1〜4室 - イタリア初期〜14世紀の絵画

第1室〜第4室では、1200年頃〜1300年代にシエナやフィレンツェで製作された絵画が展示されています。この時代のイタリア芸術を牽引した画家と言えば「ジョット」や「チマブーエ」の名が挙げられます。

荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)

荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)/ チマプーエ(1280~90年頃)

第2室 チマプーエ作 1280~90年頃

この「荘厳の聖母」は、かつて、フィレンツェのサンタ・トリニタ教会の大祭壇を飾っていた作品で、13世紀の画家「チマブーエ」によって描かれました。作風には、5世紀から15世紀の東ローマ帝国で発達した「ビザンティン美術」の手法が色濃く残っています。

中央には幼いイエスを抱く聖母子が描かれ、その両脇には8人の天使が対照的に並んでいます。

聖母子の下部のアーチから顔を出している4人の老人のうち両端は預言者「エレミア」と「イザヤ」で、中央の2人は「アブラハム」と「ダヴィデ」です。

聖母子は多くの宗教画に見られる様に、鑑賞者を上から見下ろす様に描かれています。

玉座の聖母子(オニサンティの聖母)

玉座の聖母子 / ジョット作(1310年頃)

第2室 ジョット作 1310年頃

「玉座の聖母子」は、ドゥオーモ広場に建つジョットの鐘楼を設計したイタリア画家で建築家の「ジョット」の代表作です。

元々はフィレンツェの「オニサンティ聖堂」に飾るために描かれたものなので「オニサンティの聖母」と呼ばれる事もあります。荘厳の聖母と同様に、中央に聖母と幼子のイエス、その左右には対照的に10人の天使が並んでいます。また、聖母子の足下の白い衣装をきた二人の天使は聖母に花をささげています。

上でご紹介した「荘厳の聖母」と比較すると、絵により立体感と柔らかな肉体の動きが与えられており、ビザンチン美術から脱却したジョットの新しい絵画手法がうかがえる作品です。

玉座の聖母子と6人の天使(ルチェライの聖母)

玉座の聖母子と6人の天使 / ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ作

第3室ドゥッチョ作1285年

シエナ出身の画家「ドゥッチョ」が、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の礼拝堂用に描いた作品。作中では、中央の聖母マリアとキリストを囲む様に6人の天使が描かれ、額縁には30人の聖人が円形画として描かれています。

本作は後年の16世紀にフィレンツェの豪商「パラッツォ・ルチェライ」の所有となったため『ルチェライの聖母』と呼ばれる事もあります。ウフィツィ美術館の所属となったなっのは1947年の事で、1989年には修復も行われました。

受胎告知

受胎告知 / シモーネ・マルティーニ作

第3室シモーネ・マルティーニ作1333年頃

1300年代の作品を展示している第3室で絶対に見逃せない作品がシモーネ作の「受胎告知」です。「シモーネ・マルティーニ」はシエナ出身の画家で14世紀に花開いたゴシック芸術の先駆者の一人です。

受胎告知は、ダ・ヴィンチをはじめ、様々な画家がテーマーとしてあつかっており、ウフィツィ美術館にはこれ以外にも様々な画家の受胎告知が展示されています。

元々この「受胎告知」は、シエナ大聖堂の祭壇用に描かれた作品でしたが、大公フェルディナンド3世によってウフィツィ美術館に運ばれました。

受胎告知 シモーネ・マルティーニのサイン

シモーネの受胎告知は、大天使ガブリエルのお告げを受けた「マリア」が、非常に人間らしく驚き戸惑う様で描かれています。これは他の受胎告知とは大きく異なる一つの特徴です。また、この作品には作者のサインも入っており、これはこの頃(14世紀頃)からはじまった習慣だと言われています。

キリストの神殿奉献

キリストの神殿奉献 / アンブロージョ・ロレンツェッティ作

第3室アンブロージョ・ロレンツェッティ作1342年頃

本作は、シエナのサン・クレシェンツィ大聖堂のために製作された祭壇画です。

作品のテーマとなっている「神殿奉献(しんでんほうけん)」とは、新約聖書に書かれているイエス・キリストの生涯のエピソードの1つで、聖母マリアが、神の戒め(律法)に従って、イエスをエルサレムの神殿に捧げに行くという内容です。

作中の右手側には、キリストと聖母マリアを迎える二人の老人(シメオンと女預言者アンナ)の姿が描かれています。

画材には、当時としては貴重なラピスラズリ (青金石 や ワニス(透明な被膜を構成する塗料)などが使用されています。

第5〜6室 - 国際ゴシック

国際ゴシックとは、14世紀後半から15世紀前半にかけてブルゴーニュ、フランス、北イタリアで発達した美術様式の事です。この時代を代表する画家として「ロレンツォ・モナコ」や「ファブリアーノ」の名が挙げられます。

東方三博士の礼拝

東方三博士の礼拝/ ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ作(1423年頃)

第5-6室 ファブリアーノ作1423年

メディチ家のライバルでフィレンツェの有力貴族だった「パッラ・ストロッツィ」がサンタ・トリニタ教会の祭壇を飾るために製作を依頼した作品。

作中では、東方でキリスト誕生の知らせを受けた三博士がエルサレムに赴き、聖家族に贈り物を捧げるという新約聖書のいち場面が描かれています。

幼な子イエスの右側に描かれた三博士(メルキオール、バルタザール、カスパール)は非常に特徴的で豪華な服を身にまとっています。

東方三博士の礼拝/ ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ作(1423年頃)

画材には金をふんだんに使用していますが、これはストロッツィ家の財力の凄さを示すためです。

第8室 - 初期ルネッサンスとフィリッポ・リッピ

第8室では、15世紀初頭にイタリアで開花した「ルネッサンス」時代の作品や、その時代を代表する画家の一人フィリッポ・リッピの作品が展示されています。

サン・ロマーノの戦い

サン・ロマーノの戦い / パオロ・ウッチェッロ作

第8室 パオロ・ウッチェッロ作 1435~38年か1456〜60年頃

初期ルネサンスの作品を展示している第7室で一際目を引くのがこの「サン・ロマーノの戦い」です。

「サン・ロマーノの戦い」は、フィレンツェの画家「ウッチェッロ」によって描かれた大作です。彼の代表作には、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に描かれた「創世記物語」などがあります。

作中では、現在のイタリア トスカーナ州にある都市ルッカで、シエナ・神聖ローマ皇帝の同盟国であるミラノ軍にフィレンツェ軍が勝利を収めた戦いの場面が描かれています。

元々は、ロンドンのナショナル・ギャラリーと、パリのルーブル美術館に貯蔵されている同名作品「サン・ロマーノの戦い」と、戦いの経過を描く連作でした。メディチ家のロレンツォ豪華王がその所有を切望した作品。

ウルビーノ公夫妻の肖像

ウルビーノ公爵夫妻の肖像 / ピエロ・デッラ・フランチェスカ作

第8室ピエロ・デッラ・フランチェスカ作 1467~72年頃

イタリア・ルネサンス期のウルビーノ公国の君主で、ルネサンス文化を栄えさせた「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ」と、その妻の肖像を描いた作品。本作に見られる様な、脚色なしの残酷なまでに緻密な描写は、フランドル絵画に見られる大きな特徴です。

作者のピエロはこの作品をウルビーノの宮殿で描き、背景の風景画には大胆な遠近法が用いられています。もともとは留め金で2枚の絵は連結されおり、本のように開く事ができました。

この作品は17世紀頃まで、ヴェネチアのドゥカーレ宮殿に飾られていましたが、第5代トスカーナ大公フェルディナンド2世の妻「ヴィットリア・デッラ・ロヴェレ」の相続品としてフィレンツェに運ばれました。

ウルビーノ公夫妻の肖像

聖母子と二天使

聖母子と二天使 / フィリッポ・リッピ作(1465年頃)

第8室フィリッポ・リッピ作1465年頃

この「聖母子と二天使」は、ボッティチェリの師でもあり、イタリア、ルネサンス中期の画家「フィリッポ・リッピ」がキャリアの晩年に描いた作品です。 リッピは幼くして孤児になったため、カルメル会の修道院で修道士として成長しました。

作中の聖母子は、作者のリッピが愛してスキャンダルとなった修道女とその子供がモデルだと言う説があります。聖母の清楚な表情とは対象的に、背景の景色にはどこかとなく不気味な雰囲気が漂っています。この様な背景の描き方は、後年あのダ・ヴィンチにも多大な影響を与えたと言われています。

聖母子と二天使

聖母の耳から首付近にかかるヴェールの繊細な描写も素晴らしいの一言に尽きます。

第9室 - ポライウォーロ

第9室では、15世紀にフィレンツェで活躍した兄弟画家「アントニオ・ポライウォーロ(兄)」と「ピエーロ・ポライオッロ(弟)」の作品がメインに展示されています。彫刻家や金細工師でもあった兄アントニオの方が弟よりも遥かに芸術的センスが高く、作品的にも高く評価されています。

婦人の肖像

婦人の肖像

第9室アントニオ・ポライウォーロ作 1475年頃

ポライウォーロの代表作とされるこの「婦人の肖像」ですが、作者を巡って諸説唱えられていた時代がありました。あのレオナルド・ダ・ヴィンチも作者候補の一人として名前が挙がっていたほどです。近年は「ポライウォーロ」が作者であるという結論で着地しました。

作中で見られる、美しく編み込まれた金髪を真珠で飾る独特のヘアスタイルは、15世紀のフィレンツェ女性特有のものです。また、衣装や真珠の首飾りの詳細な描写に関しては素晴らしいの一言につきます。

七元徳擬人像

7徳擬人像 - ピエーロ・ポライオッロ作

第9室ピエーロ・ポライオッロ作1470年頃

本作は、シニョーリア宮殿近くの組合本部にある部屋の背もたれを飾るために制作された作品です。七元徳とは、カトリックにおける7つの基本的な徳を言います。本作の並びで言うと、左から「剛毅」「節制」「信仰」「慈愛」「希望」「正義」「貞節」の順で、徳を擬人化した作品が並んでいます。

右側6点は「ピエーロ・ポライオッロ」が制作しましたが納品遅れなどもあり、左側の1枚「剛毅(ごうき)」だけは「ボッティチェリ」が手がけました。

剛毅(ごうき)

このボッティチェリのデビュー作とされる作品「剛穀」は、「ピエーロ」が既に完成させていた他の擬人象の出来を遙かに凌ぎ、一躍評判となりました。ボッティチェリにすればチャンスをつかんだ形ですが、ピエーロにとっては屈辱的な出来事だったに違いありません。

第10〜14室 - ボッティチェリ

第10-14室では、アレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピ(通称: ボッティチェッリ)の作品をメインに、宗教画を得意とした「ギルランダイオ」の作品なども展示されています。

第10-14展示室の景観

ボッティチェッリはフィリッポ・リッピの工房で三年間ほど修行した後、ダ・ヴィンチの師であるヴェロッキオが営む工房にニ年ほど身をおいていました。その後、1470年に独立して才能を開花しました。

ウフィツィ美術館の展示品はメディチ家の歴代当主のコレクションが基礎となっているため、メディチ家の庇護を受けていた「ボッティチェッリ」の作品は非常に多く残されています。

パラスとケンタウロス

パラスとケンタウロス

第10-14室サンドロ・ボッティチェッリ作1485年頃

「パラスとケンタウロス」は、フィレンツェ生まれの画家「ボッティチェッリ」の作品で、メディチ家最盛時の当主「ロレンツォ・デ・メディチ」に捧げた作品です。1922年にウフィツィ美術館に運ばれました。

作中では、ギリシア神話に登場する学問と真実の女神「パラス」が、野生や暴力を象徴する半人半獣のケンタウロスの髪をつかんで支配する姿が描かれています。これよって知恵や理性が暴力を支配するという事を表現しています。

作品にこめられた意味を知らないと、女神がケンタウロスをしばいている様にしか見えない絵です。ウフィツィ美術館を初めて訪問したときにいろんな意味で最も印象に残った作品です。

春 サンドロ・ボッティチェッリ作(1482年頃)

第10-14室サンドロ・ボッティチェッリ作 1482年頃

大きさ 縦203×横314cm を誇るこの「春」は、ボッティチェッリの中でも特に有名な作品の一つです。作中では、愛と美の女神「ヴィーナス」と彼女の庭園が中央に描かれ、ヴィーナスの右手側には軽く微笑む「フローラ」が描かれています。フローラは花と春と豊穣を司る古代ローマの女神です。

春 女神ヴィーナスとフローラ

まるで喜びが画面から満ちあふれてくる様なこの絵は、500以上もの植物と200以上の花で埋め尽くされています。一説には、豪華王と言われたメディチ家の当主「ロレンツォ」の従兄弟の結婚式を祝うために制作された作品だと言われています。

ヴィーナスの誕生

ヴィーナスの誕生 / サンドロ・ボッティチェッリ作(1484年頃)

第10-14室サンドロ・ボッティチェッリ作 1484年頃

ボッティチェッリの「春」と共に「ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ」の別荘に飾られていた作品で、メディチ家のために描かれたものです。しかし15世紀末以降、1815年にウフィツィ美術館に移されるまで、約300年以上も完全に忘れ去られていました。

この「ヴィーナスの誕生」は、神と人間との絶対的な区別を取り除き、神と人間は愛によって結ばれるという「新プラトン主義」の強い影響を受けた作品だと言われています。

絵の中央には、海の泡から生まれた愛の女神「ヴィーナス」が巨大な貝に乗った姿で描かれています。そして、その左手には西風の神「ゼヒュロス」と、花の女神フローラが空中で抱き合いながら、ヴィーナスに祝福の風を吹きかけています。

「ヴィーナスの誕生」ヴィーナスと祝福の風を吹きかけるゼヒュロス

ヴィーナスの右手側には、時の女神「ホーラ」がマントの様な布を広げて、ヴィーナスを迎えようとしています。

「ヴィーナスの誕生」ヴィーナスを迎えいれる女神ホーラ

この「ヴィーナスの誕生」に関しては非常に高い評価を受ける一方で、ビーナスの長すぎる首や不自然な左腕、顔の非対称さなど、厳しい批評もあります。

「ヴィーナスの誕生」のヴィーナス

マニフィカトの聖母

マニフィカトの聖母 / サンドロ・ボッティチェッリ作(1483-1485年)

第10-14室サンドロ・ボッティチェッリ作 1483-1485年

二人の天使に戴冠される聖母マリアと、膝の上に座るイエスキリストの姿が描かれています。イエスの左手は、復活や再生の象徴とされる「ざくろ」に触れています。浮き彫りが施された金の額縁にはユリの装飾もほどこされています。

マギの礼拝

マギの礼拝 / サンドロ・ボッティチェッリ作(1475-1476年)

第10-14室サンドロ・ボッティチェッリ作 1475-1476年

この「マギの礼拝」は、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の礼拝堂に飾るために描かれた作品です。

作中にはメディチ家の人間など、実在の人物が複数登場するのが特徴で、聖母マリアの前に膝まづく老人は「コジモ(老コジモ)」です。更に真ん中の赤いマントの人物がそのコジモの息子「ピエロ」で、その斜め上あたりで目を閉じているのがピエロの長男「ロレンツォ(豪華王)」です。

東方三博士の礼拝 / サンドロ・ボッティチェッリ作(1475-1476年)

左端には、腰の前付近で手を組んでいるピエロの次男「ジュリアーノ」の姿もあります。ついでにご紹介すると、ジュリアーノにもたれかかっているのが詩人「ポリツィアーノ」で、その右側には哲学者の「ミランドラ」の姿もあります。

そしてなんと、一番右端で黄土色のマントを着ているのは本作者の「ボッティチェリ」です。

東方三博士の礼拝に描かれているサンドロ・ボッティチェッリ

ボッティチェリはメディチ家の宮廷画家としてそのキャリアを築き上げましたが、メディチ家の失脚以後はパッとせず、彼の作品が脚光をあびる事はなくなりました。

受胎告知

受胎告知 / サンドロ・ボッティチェッリ作(1489-1490年)

第10-14室サンドロ・ボッティチェッリ作 1489-1490年

フィレンツェのボルゴ・ピンティ通りにある「サンタマリア・マッダレーナ・デ・パッツィ教会」のために描かれた作品。受胎告知は聖書の中でも非常に重要な場面として、多くの画家が絵画のテーマとして扱っています。同美術館内35室に展示されているレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」と比較しながら見学すると面白いと思います。

玉座の聖母と聖者

玉座の聖母と聖者 / ドメニコ・ギルランダイオ作(1484-14864年)

第10-14室ドメニコ・ギルランダイオ作 1484年頃

本作はイタリア北東の州都トリエステにある「サン・ジュスト教会」の祭壇を飾るために製作されました。作中では、中央で玉座に座する聖母マリアを中心に、その両脇に立つ聖ミカエルと聖ラファエル、さらに後方で花飾りをつけた四人の天使の姿などが描かれています。

ギルランダイオは、15世紀後半に活躍したフィレンツェの画家で、主に宗教画を得意としていました。ボッティチェッリらと共に、バチカンのシスティーナ礼拝堂の側壁画を描くプロジェクトにも参加しています。

第18室 - トリブーナ

トリブーナ

ウフィツィ美術館の第18室には「トリブーナ」と呼ばれる八角形の特別室があります。この部屋は、自分用の美術鑑賞部屋を造りたいと考えたトスカーナ大公「フランチェスコ1世(コジモ1世の息子)」が、フィレンツェの建築家「ベルナルド・ブオンタレンテ」に造らせた広間です。

部屋内はギリシャ時代の大理石の彫刻や絵画で飾られ、天井ドーム部分には遙か東方の海から運んできた貝が6千個も装飾として用いられています。

トリブーナ - 天井ドーム部分の装飾

深紅のピロードの壁にはイタリアを代表する画家たち(ブロンズィーノ、ロッソ・フィオレンティーノなど)の絵画も飾られており、正に部屋全体が一つの美術館とも言える場所です。かつてこの部屋を希望者に見学させていた事が、ウフィツィ美術館の原点となっています。

トリプーナ調達品で一際目を引くのが、中央にある部屋の形と同じ「八角のテーブル」です。

トリブーナ - 八角のテーブル

このテーブルは部屋の建設と共に造られた作品で、画家の「ベルナルディーノ・ポッチェッティ」をはじめ、複数人の芸術家が関わっています。

部屋の中央奥に飾られているのは「メディチ家のヴィーナス(前2世紀)」と呼ばれる大理石像です。

トリブーナ - メディチ家のヴィーナス"Florence, Italy Uffizi Museum" by Michelle Maria is licensed underCC BY 3.0

メディチ家のヴィーナスは、フランチェスコ一世のコレクションの中でも最も有名な作品の一つで、フランス国王ルイ14世が複製を作りたいと望んだほどの名作です。1677年のコジモ三世の時代にこの場所に移されましたが、ナポレオンに略奪され一時期はフランスの手に渡っていました。その後この像がウフィツィ美術館に戻って来たのは、ナポレオン失脚後の1815年の事でした。

下は同じくトリブーナに展示されている前2世紀頃の作品「闘士」と呼ばれる彫刻です。

トリブーナの彫刻 - 闘士

トリブーナは室内に入っての見学はできませんが、3箇所の入口越しに写真撮影や見学が可能となっています。

第18室見学後、順路に沿って第24室より先に進むと「南画廊(第2回廊)」に出ます。

ウフィツィ美術館 3階の地図

この回廊は絶好のビュースポットとなっているので「ヴェッキオ橋」などの景観を望む事ができます。

南画廊を通過後、次の大きな見どころは第35室のダ・ヴィンチ作品になります。

第35室 - レオナルド・ダ・ヴィンチ

寡作で知られるダ・ヴィンチが生涯で手がけた作品は、世界中で10数点ほどしか確認されていません。この第35室では、そのうちの2点(共作入れると3点)も鑑賞する事ができます。

受胎告知(ダ・ヴィンチ)

受胎告知 / レオナルド・ダ・ヴィンチ作(1475~80年頃)

第35室ダ・ヴィンチ作 1475-80年頃

「受胎告知」は、万能の天才「レオナルド・ダ・ヴィンチ」がヴェロッキオ工房にいた時代の初期の作品です。元々はモンテオリヴェートのサン・バルトロメオ修道院に置かれていましたが、19世紀後半にウフィツィ美術館に移されました。

作中では「シモーネ」や「ボッティチェッリ」をはじめ多くの有名画家が題材としてあつかっている「受胎告知」が描かれています。受胎告知とは、大天使ガブリエルが降臨し、キリストをみごもった事を伝え、聖母マリアがそれを受け入れる場面の事です。

▼ 大天使ガブリエル

受胎告知 大天使ガブリエル

▼ 聖母マリア

受胎告知 聖母マリア

背景に目を向けてみると、詳細な背景が見事な遠近法で描がかれています。この様な遠近法は、ミラノの最後の晩餐をはじめ、ダ・ヴィンチの作中に多く見られる特徴の一つです。

受胎告知 背景の風景

本作は、ダ・ヴィンチの後年の作と比較すると、人物や構図の描写にやや不安定な部分があり、ギルランダイオの作品だとする意見も過去に多くありました。しかし現在は、X線写真での判定によって、ダ・ヴィンチ作と言う結論で落ち着いています。

東方三博士の礼拝

東方三博士の礼拝 / レオナルド・ダ・ヴィンチ作(1481年)

第35室ダ・ヴィンチ作 1481年頃

東方三博士の礼拝はユダヤの王を探して、東方より導かれし三博士が、聖母に抱えられた幼子イエスに礼拝する姿を描いた作品です。

ダ・ヴィンチが1481年にフィレンツェ郊外の修道院から制作依頼を受けたものの、翌年にミラノに移ってしまったため、未完のまま残されていました。ウフィツィ美術館の所蔵となったのは1670年の事です。

ダ・ヴィンチの絵画に多く見られる「ぼかし画法」によって、人や物、空間が見事に融合しています。完成形が見れないのが非常に残念です。

絵の中央右側には、複数の馬の頭の下絵が描かれており、ダ・ヴィンチがバランスの良い配置を試行錯誤していた事が分かります。このこだわりの強さからも、ダ・ヴィンチの筆が遅いと言われていた事が頷けます。

「東方三博士の礼拝」レオナルド・ダ・ヴィンチ作(1481年)

キリストの洗礼

キリストの洗礼 / アンドレア・デル・ヴェロッキオとレオナルド・ダ・ヴィンチ作(1470-1475年)

第35室ヴェロッキオ / ダ・ヴィンチ作 1475-80年頃

本作は、パレスチナのヨルダン川で、ヨハネがキリストに洗礼をほどこすと言う聖書の有名な一場面を描いた作品です。

1472年から75年にかけてフィレンツェのサン・サルヴィ修道院の依頼で「ヴェロッキオ」などによって制作され、1919年からウフィツィ美術館に所属されています。

ヴェロッキオは15世紀後半に、フィレンツェで大規模な工房を運営していた彫刻家、金細工職人、画家だった人物です。彼の工房からは多くの優秀な画家を輩出しています。

当時ヴェロッキオ工房に所属していた若き日のダ・ヴィンチも、助手として左側の天使一人と背景の一部を手掛けました(描いた箇所には諸説あります)。

キリストの洗礼でダ・ヴィンチが手掛けた箇所

本作には様々なエピソードがあります。最も有名なのが、ダ・ヴィンチが描く天使のクオリティの高さに衝撃を受けた師匠のヴェロッキオは絵画制作をやめ、以後の制作は彫刻などが中心になったというものです。また、作中の右側天使と洗礼者ヨハネに関してはボッティチェリが手がけたという説もあります。

第41室 - ミケランジェロとラファエロ

本展示室では、イタリア ルネサンス期の三代巨匠のうちの二人「ミケランジェロ」と「ラファエロ」の作品を見学することができます。

聖家族(トンド・ドーニ)

聖家族 ミケランジェロ・ブオナローティ作(1506年~08年頃)

第41室ミケランジェロ・ブオナローティ作 1506-1508年頃

「聖家族」は、ミケランジェロがドーニ家に依頼されて描いた事から、トンド・ドーニ(ドーニ家の円形画)とも呼ばれています。壁画を除くと、この「聖家族」はフィレンツェに現存するミケランジェロの唯一の絵画です。

作中では、聖母マリアが、夫でイエスの養父である「ヨセフ」に両膝で体を支えられながら、幼子イエスを受け取る姿が描かれています。

聖家族 イエスをヨゼフから受け取る聖母マリア

13世紀頃からの聖母崇拝により、聖母子像が絵のテーマーとして頻繁に描かれていましたが、通常マリアは両手を組み、目線を下げて子供の寝ている姿を愛おしげに見ているだけです。しかし、ミケランジェロは、聖母マリアの肉体のうねりや筋肉の表現など、敢えて難しい肉体描写をこの作品の中で描きました。

絵画も彫刻と同等に肉体のリアルさを表現しなくてはならないという、本来は彫刻家である「ミケランジェロ」の強いこだわりが見える作品です。

この絵画の中での肉体表現や、円という特殊な画面を見事に使いこなしたミケランジェロの構成力は多くの人間に賞賛されました。

アーニョロ・ドーニの肖像 / マッダレーナ・ドーニの肖像

アーニョロ・ドーニの肖像とマッダレーナ・ドーニの肖像 -  ラファエロ作(1504-1507年)

第41室ラファエロ1504〜1507年

この2対の絵画は、織物商人として財を成した「アーニョロ・ドーニ」と、1504年1月31日に彼と結婚した妻「マッダレーナ・ドーニ(マッダレーナ・ストロッツィ)」を描いたものです。制作は夫のアーニョロからラファエロに直接依頼されました。

【アーニョロ・ドーニの肖像】
ラファエロ・サンティ作 アニョロ・ドーニ

本作を手がけた時期のラファエロは、ダ・ヴィンチの絵画を念密に研究し多いに参考にしていました。妻のマッダレーナが「モナ・リザ」と同じ様なポーズをしているのはそのためです。しかし、モナ・リザと比べると背景の地平線の位置が低く、本作とモナ・リザの受ける印象は大きく異なっています。

【マッダレーナ・ドーニの肖像】
ラファエロ・サンティ作 マッダレーナ・ドーニの肖像

アーニョロ・ドーニは、節約家として有名でしたが、美術品にはお金の支出を惜しまなかったそうです。夫妻は本作を、同室に展示されている「聖家族(ミケランジェロ作)」と共に寝室に飾っていたそうです。

以前までピッティ宮殿のパラティーナ美術館に展示されていた本作を、2000年代にウフィツィ美術館に移動したのは、そう言った「聖家族」との関連性があったためだと思われます。

ヒワの聖母

ヒワの聖母 / ラファエロ作

※第41室ラファエロ1505-1506年頃

聖母崇拝の高まりにより、教会の祭壇だけでなく、一般の邸宅にも聖母子像が飾られる様になりました。そんな時代の中で描かれたのがこの「ヒワの聖母」です。

ヒワの聖母の人物はピラミッド型の美しい構図で描かれ、背景は特別な場所ではなくイタリアの田園風景が描かれているのが特徴的です。

ヒワの聖母の構図

三角形の構図の中に人物を収めて、全体に安定感を与える手法や、柔らかな光の使用法などは、レオナルド・ダ・ヴィンチの強い影響があると言われています。

また、聖母の膝の中で体をひねったポーズを取る幼子イエスの表現は、ミケランジェロの作品にインスピレーションを受けたものです。

天才たちの影響を強く受けながらも、それらを見事に自身の芸術として昇華している点に、ラファエロの非凡さがうかがえます。作中では、マリアは非常に穏やかな表情で描かれており、緊迫感や荒々しさを嫌った「ラファエロ」らしい作品と言えます。

ヒワの聖母は一度は事故によって、ばらばらに破壊され、その破片のピースをつなぎ合わせる形で展示されていました。そのため、絵の中央に大きなヒビが入っていましたが、2008年に完了した修復によって現在そのヒビはなくなっています。

エリザベッタ・ゴンザーガの肖像

エリザベッタ・ゴンザーガの肖像 - ラファエロ・サンティ作

第41室ラファエロ1502年

モデルの「エリザベッタ・ゴンザーガ」は、中世イタリアに存在した君主国「マントヴァ公国」の貴族の娘です。美貌と教養を兼ね備えた人物として、同時代の人々に強い影響力を持っていました。

この絵画に関しては、ラファエロの作品ではないと言う意見も多く、現在も確かな事は分かっていません。

グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像

グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像 - ラファエロ・サンティ作

第41室ラファエロ1502年

グイドバルドは、上で紹介した「エリザベッタ・ゴンザーガ」の夫で、ウルビーノ公爵だった人物です。日本でも有名な「チェーザレ・ボルジア」に攻め込まれ、故郷のウルビーノを追われてしまいます(後年にチェーザレが失脚し帰還)。

本作はウルビーノにある「ドゥカーレ宮殿」のコレクションの一部であったと考えられています。また、ラファエロ作品ではないと言う意見も多数あります。

第42室 - 二オペの間

二オペの間

第42室は、ローマのラテラノ近くのブドウ畑で発見された二オペとその子供達の彫像グループを飾るために18世紀に整備された広間です。部屋名は、ギリシャ神話に登場する女性でケンタウロスの娘である「二オペ」に由来しています。

下画像の中央が「二オペ像」で両脇には二オペの子供の像が飾られています。

二オペの間 - 二オペ像

神話では、14人の子を持つニオベが、2人しか子供のいなかった女神「ラトナ」に対して、子だくさんを自慢し嘲笑します。怒り狂ったラトナは2人の息子「アポローン」と「アルテミス」に、二オペの子供を全て殺させてしまいます。子供を失った二オペは嘆き悲しみ、ゼウスに願って自ら石像となりました。本展示室は、この神話に基づき、悲しむ二オペと逃げ惑う子供達の姿が彫像で表現されています。

広間の壁には絵画も4点ほど飾られています。下はそのうちの一点で、17世紀にフランドル派の画家として活躍した「ルーベンス」作の「勝利」です。

二オペの間 - ルーベンス作の絵画「勝利」

本作は同室内に展示されている絵画「戦闘」と連作になっています。

室内はネオクラシック様式(新古典様式)で統一され、天井や壁にはスタッコ仕上げの見事な装飾がほどこされています。装飾は美しい白と金色で統一され、ラグジュアリーな雰囲気です。

二オペの間 - 壁面と天井の装飾

この広間は日本のガイドブックなどでは、あまり大きく取り上げられる事は少ないですが、第18室のトリブーナと並んで、ウフィツィ美術館の至宝と言われています。

【見学ルートの確認】

二オペの間の見学後は、第43室~45室を通って、その先の階段で2階におります。

ウフィツィ美術館 3階の部分地図

一休みしたい方は奥まで進んで行くと、ドゥオーモやヴェッキオ宮殿を望むオープンテラスのカフェがあります。

2階の有名作品解説

ウフィツィ美術館2階の見るべきおすすめ作品を、展示室番号の若い方からご紹介致します。

第60室 - ロッソ・フィオレンティーノ

第60室は、フィレンツェ出身でマニエリスムの画家「ロッソ・フィオレンティーノ」の作品がメインに展示されています。

ロッソは、1530年にフランシス1世の宮廷画家としての地位を確立し、生涯その場所で芸術に打ち込みました。彼を始めとするフランス・ルネサンス期に宮廷で活躍した画家のグループをフォンテーヌブロー派と言います。

リュートを弾く天使

リュートを弾く天使 - ロッソ・フィオレンティーノ作{{PD-US}} - image source by WIKIMEDIA

第60室ロッソ・フィオレンティーノ作 1521年

この「リュートを弾く天使」は、1605年にウフィツィのトリブーナに収蔵され、一時期はロッソの作品ではないと言われていましたが、19世紀以降は再びロッソ作とされる様になりました。

また、本作は長年に渡りこの絵画だけで全体を構成していると考えられていましたが、近年の研究によって、現在は祭壇画の一部だった可能性があると言われています。

作者のルッソは、1495年生まれのフィレンツェ出身の画家で、1523年以降は、ローマやヴェネチアなど活動しました。本作はルッソのフィレンツェ時代の作品で、可愛い天使がリュートを奏でる姿が描かれています。

第64〜65室 - ブロンズィーノとメディチ家

第64〜65室は、メディチ家「コジモ一世」の宮廷画家として活躍した「ブロンズィーノ」の作品が中心に展示されています。

エレオノーラ・トレドと息子ジョバンニの肖像

エレオノーラ・トレドと息子ジョバンニの肖像 - アーニョロ・ブロンズィーノ作(1545年)

第65室ブロンズィーノ作 1545年

ウフィツィ美術館の建物を造った16世紀のメディチ家当主「コジモ1世」の妻「エレオノーラ・トレド」と、第二子「ジョヴァンニ」を描いた肖像画。エレオノーラは40歳で亡くなるまで、10人以上の子供を出産しました。

彼女の衣装の模様は豊穣のシンボルとされるザクロがモチーフになっています。また、手などは意図的に実際より長く理想的に描かれています。

ジョバンニ・デ・メディチの肖像

ジョバンニ・デ・メディチの肖像 - アーニョロ・ブロンズィーノ作(1545年)

第65室ブロンズィーノ作 1545年

上の肖像画にも描かれているコジモ1世の次男「ジョバンニ」の肖像画。無表情な肖像画を多く手掛けた事で知られる「ブロンズィーノ」ですが、本作のモデルは笑顔で描かれています。

フランチェスコ・デ・メディチの肖像

フランチェスコ・デ・メディチの肖像 - アーニョロ・ブロンズィーノ作(1545年)

第65室ブロンズィーノ作 1551年

コジモ1世の長男「フランチェスコ」の肖像画。フランチェスコは1574年にコジモ1世の後を継いでメディチ家当主となり、行政市庁舎だったウフィツィの建物を美術館として改装した人物です。

第74室 - パルミジャニーノ

第74室では、マニエリスム初期(16世紀初期)を代表するイタリア画家「パルミジャニーノ」の作品がメインに展示されています。上の自画像(美術史美術館所蔵)を見て頂くと分かりますが、パルミジャニーノはかなりの美形画家としても有名でした。

長い首の聖母

長い首の聖母 / パルミジャニーノ作(1534~39年頃)

第74室パルミジャニーノ作 1534〜1539年

長い首の聖母」は「パルミジャニーノ」の未完の作品です。パルマにあるサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会の礼拝堂に設置するために描かれました 。

パルミジャニーノは、1534年から1540年にこの世を去るまで、この作品に従事していました。

長く伸びたフォームや極端な比率で人物を描くのは「マニエリスム」の大きな特長で、作品のタイトルでもある聖母の首や、その腕に抱かれる幼子イエスの体は、現実とは異なる身体を引き伸した形で描かれています。

作中の右下で、巻紙を手にしているのは西方教会の四大博士の一人で、その右下には書きかけの足が残っており、この作品が未完である事が分かります。

「長い首の聖母」書きかけの足

第83室 - ティツィアーノ他

第83室では、ヴェネツィア派を代表するイタリアの巨匠「ティツィアーノ」の作品展示がメインとなっています。

ティツィアーノはあらゆるジャンルの絵画に秀でた人物で、絵画ではダ・ヴィンチをも凌ぐと評されるほどの実力者でした。彼の光と影の対比を強調した絵画技法は、同年代や後年の画家たちに多大な影響を与えました。

ウルビーノのヴィーナス

ウルビーノのヴィーナス / ティツィアーノ作(1538年頃)

第83室ティツィアーノ作1538年頃

ウルビーノのヴィーナスは、ヴェネチア派を代表する画家「ティツィアーノ」の代表作の一つで、ウルビーノ公「グイドバルド2世」が自身の婚礼のために制作を依頼したものだと言われています。

作中では、愛と美の女神「ヴィーナス」が、永遠の愛の象徴「バラ」を手にした姿が官能的に描かれています。奥の窓辺にはヴィーナスが愛した花「ギンバイカ」の鉢植えが置かれ、その横では2人の召使いが衣装を取り出しています。ヴィーナスの足下で眠る犬は忠誠を表しています。

フローラ

フローラ / ティツィアーノ作(1517年)

第83室ティツィアーノ作1517年

作品のモデルに関しては、諸説ありますが、作者ティツィアーノの婚約者が、花と豊穣の女神フローラの衣装をまとっていると言う説が有力です。

モデルの女性は、スミレ、バラのつぼみ、ジャスミンから成る春の花の束を差し出しています。元々はアムステルダムの「アルフォンソ・ロペス」と言う個人の所有でしたが、1793年にウフィツィ美術館の所蔵となりました。1993年には修復も行われています。

エステルとアハシュエロス王

エステルとアハシュエロス王 - パオロ・ヴェロネーゼ作(1555年)

第83室ヴェロネーゼ作 1555年

16世紀にヴェネチアで活躍した画家ベロネーゼの作品。ユダヤの娘エステルがペルシア王アハシュエロスにとりなして同胞を救ったと言う旧約聖書のエステル記が題材になっています。ヴェロネーゼの作品では、ルーブル美術館に展示されている「カナの婚礼」が最も有名です。

第90室 - カラヴァッジォ

第90室では、劇的な写実主義で、伝統的なイタリア絵画に革命を起こした「カラヴァッジョ」の作品がメインに展示されています。

カラバッジョの作品は、神話や聖書のエピソードを非常にリアルな描写で表現しているのが特徴です。

メデューサ

メデューサ / カラヴァッジオ作(1596~97年頃)

第90室カラヴァッジオ作1596~1597年頃

見るものを石に変える蛇の髪を持った女性「メデューサー」の首が、ペルセウスによって切り落とされた場面を描いた作品。カラヴァッジオの代表作の一つです。

イタリア出身のローマ・カトリック教会の枢機卿「フランチェスコ・マリア・デル・モンテ」が「カラヴァッジオ」に依頼して、メディチ家の大公「フェルディナンド1世」に贈ったものです。

バッカス

バッカス / カラヴァッジオ作(1596~1600年頃)

第90室カラヴァッジオ作1596~1597年頃

「バッカス」は、カラヴァッジオがローマに来てすぐに手掛けた初期の作品で、ローマ神話のワインの神である「バッカス」を題材にしたものです。

ローマ美術やイタリア・ルネサンス美術に多く見られる「自然主義」から脱却し、日常的で現実的な絵を描く「写実主義」で描かれています。

バッカスのモデルに関しては諸説ありますが、カラヴァッジオと同居していた友人、または鏡を見て自分自身を描いたとも言われています。

同時期に描かれた「メデューサ」と同様に、枢機卿からの依頼で「フェルディナンド1世」に寄贈するため、カラヴァッジオが手掛けました。

イサクの犠牲

イサクの犠牲 / カラヴァッジオ作(1603年)

第90室カラヴァッジオ作1603年

バロック時代のローマ教皇ウルバヌス8世の依頼を受けて、カラヴッジオがローマで描いた作品。作中では、神のお告げに従い、息子イサクを犠牲に捧げるアブラハムと、それを止める天使の姿が描かれています。

右端には生け贄として神から送られた牡羊も描かれています。息子イサクの泣き叫ぶ様な表情も非常にリアルです。本作は、旧約聖書の『創世記』のエピソードを題材になっています。

ウフィツィ美術館の回り方

ウフィツィ美術館の回り方について解説致します。美術館内には、ウフィツィ美術館広場に面する入口から入場します。

ウフィツィ美術館入口周辺の拡大マップ

入口は、チケット予約の有無に応じて「①予約者用入口」か「②当日券購入者用の入口」のいずれかより入場します。ウフィツィ美術館のチケット予約方法や入場の流れに関しては以下の記事にて詳しく解説しております。

館内入場後、最初のチケット検札を抜けたら、上階へと続く階段の前に出ます。まずは一気にこの階段で最上階の3階まで上がります。これが正しい見学順路です。

ウフィツィ美術館 見学エリアへ続く階段

3階まで上がったら、順路に沿って進んで行きます。進める方向は一方向です。

ウフィツィ美術館3階 見学エリアへの順路

見学エリアの廊下に出る前に最後のチケット確認があります。ここを抜けた先が見学エリアになります。下写真は見学エリア側から撮影したものです。

ウフィツィ美術館3階のチケット確認

ウフィツィ美術館の見学は3階東側の第1回廊(画像下)からスタートする形になります。

ウフィツィ美術館 東側の第1回廊

館内地図の左上側に記した赤丸が見学開始地点になりますのでご確認ください。

ウフィツィ美術館 3階の地図

ウフィツィ美術館の構造は非常にシンプルで、展示室番号の若い方から順に、3階から2階へと見学して行くのが、館内構造的に最も効率の良い回り方です。先に2階から見学する事も可能ですが、有名作品は3階に集中しているので、2階から見学するメリットはないと思います。

展示室は全部で約100室ほどあり、その展示室に沿って長い回廊が走っています。基本的にはこの回廊を進みながらご自身の見学したい展示室に出入りして行く形になります。展示室によっては回廊からは直接入れず、隣の展示室を経由する必要がある場合もあります。どちらにせよ迷うほどの複雑さはありません。

順路に沿って平均的なペースで3階と2階を見学すると、見学所要時間は、1時間半〜2時間ぐらいが目安ですが、ダ・ヴィンチ作品などの人気展示室には行列ができる場合もあります。見学時間には十分な余裕持って訪問ください。

下画像は、ウフィツィ美術館 第10-14室 ボッティチェッリの展示コーナーの入口付近です。下写真の様な感じで展示室には番号札が貼られているので、この番号と地図を照らし合わせながら、好みの作品を探して行く形になります。

ウフィツィ美術館 第10-14室 ボッティチェッリの展示コーナー

作品は展示室番号が若い部屋にあるものほど年代が古くなっています。つまり、展示室の番号に沿って見学すれば、イタリア絵画の歴史を年代順にたどって行くことができます。

見学終了後、出口は2階の最後のエリア「第100室」付近にあります。

ウフィツィ美術館 2階の部分地図

退館する場合は「第100室」の奥にある階段から1階に下ります。

ウフィツィ美術館2階 1階出口への階段

一度下るとこの階段から逆走して3階に戻る事はできませんので、見逃した作品がないか確認の上で階段を下りる様にしてください。

ウフィツィ美術館2階 1階出口への階段

出口の案内板「USCITA(EXIT)」に従って行くとギフトショップの入口にたどりつきます。出口はギフトショップを通過した奥にあります。

ウフィツィ美術館 出口付近にあるギフトショップの入口

ギフトショップは定番の書籍やポストカード、マグネットなど、展示作品に関連した各種グッズが販売されています。

ウフィツィ美術館のギフトショップ

ギフトショップを出ると、入館時に通過したセキュリティゲートを横手に外に出る事ができます。もちろん退館時にセキュリティチェックはありませんのでご安心ください。

まとめ

冒頭でも触れましたが、ウフィツィ美術館は年間200万人もの来客数を誇る人気美術館です。いくら事前に見学ルートや見る作品を決めても、入場そのものに時間を要してしまっては元も子もありません。

以上を踏まえ、ピークシーズンのウフィツィ美術館訪問は事前に予約を行っておくことを強くお勧めします。ウフィツィ美術館の予約方法に関しては以下の記事にて詳細に解説しています。