ウフィツィ美術館 攻略編 – 見どころ、おすすめ作品、地図、見学ルート

(2019年10月4日 公開) (2019-10-23 最終更新) ウフィツィ美術館

ウフィツィ美術館には、フィレンツェの実質的な支配者であった「メディチ家」の歴代当主が収集した莫大な美術コレクションが展示されています。

展示規模ではパリのルーブルにこそおよびませんが、初期から最盛期のルネサンス絵画を中心に、イタリアとフィレンツェ美術品のコレクションでは世界一の所蔵数を誇ります。

本記事では、この年間来場数200万人を誇る人気美術館「ウフィツィ」のおすすめ作品や見学コースを、フロアマップや豊富な写真を踏まえて詳しく解説致します。

ウフィツィ美術館の地図と見学ルート

ウフィツィ美術館は非常にルートが分かりやすく見学しやすい美術館です。

作品の展示室は、約100室ほどあり、各部屋ごとに番号が割り振られています。そして、その展示室に沿って回廊(写真下)があります。この回廊を進みながら各展示室への出入りを繰り返しつつ作品を見学していく形になります。

ウフィツィ美術館の回廊

▲ 3階の展示室1付近から見たウフィツィ美術館の回廊の景観

下画像は、ウフィツィ美術館 第10-14室 ポッティチェリの展示コーナーの入口付近です。下写真の様な感じで展示室には番号札が貼られているので、この番号と地図を照らし合わせながら、好みの作品を探して行く形になります。

ウフィツィ美術館 第10-14室 ポッティチェリの展示コーナー

3階の地図と展示室の番号

ウフィツィ美術館に入場後、順路に沿って階段を上がると、まずは3階の「第1室」付近に出ます。この地点から、展示室番号の若い方から順番に見学していくのが順路になります。ダヴィンチ、ラファエロ、ポッティチェリなど、ウフィツィ美術館の有名作品はこの3階に集中しています。

まずは以下の3階の地図で見学開始地点を確認ください。

ウフィツィ美術館 3階の地図

3階の見るべき作品

② 荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)② 玉座の聖母子(オニサンティの聖母)③ 受胎告知⑦ サン・ロマーノの戦い⑧ ウルビーノ公夫妻の肖像⑧ 聖母子と二天使⑨ 婦人の肖像⑩~⑭ パラスとケンタウロス⑩~⑭ 春⑩~⑭ ヴィーナスの誕生㉟ 受胎告知(ダヴィンチ)㉟ 東方三博士の礼拝㊶ 聖家族(トンド・ドーニ)㊶ ヒワの聖母

作品の見学は3階の東画廊から南画廊方面に、西画廊からカフェ方面に歩きながら、各展示室への出入りを繰り返して行っていきます。

3階の見学を終えたら、西画廊のカフェ付近の階段から2階に移動します。

2階の地図と展示室の番号

2階は3階に比べると、そこまで有名作品は多くありませんが、「ティツィアーノ」や「カラヴァッジョ」などの見逃せない作品が展示されています。2階は3階とは逆方向に見学して行く形になります。

ウフィツィ美術館 2階の地図

(74) 長い首の聖母(83) ウルビーノのヴィーナス (90) メデューサ、バッカス

本記事ではウフィツィ美術館の順路に沿って見学するコースをご紹介しましたが、もちろん順路を戻って前の部屋を見学する事も、先に2階に降りて見学する事も可能です。基本は自由です。ただし、3階の若い番号の展示室から見学して行った方が、ウフィツィ美術館の構造的には効率が良いです。

次項よりお勧め作品を写真付きで解説していきます。

3階のおすすめ作品

ウフィツィ美術館3階の見るべきおすすめ作品を、展示室番号の若い方からご紹介致します。

荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)

荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)/ チマプーエ(1280~90年頃) チマプーエ作(1280~90年頃)/ 第2室

この「荘厳の聖母」は、かつて、フィレンツェのサンタ・トリニタ教会の大祭壇を飾っていた作品で、13世紀の画家「チマブーエ」によって描かれました。作風には、5世紀から15世紀の東ローマ帝国で発達した「ビザンティン美術」の手法が色濃く残っています。

中央には幼いイエスを抱く聖母子が描かれ、その両脇には8人の天使が対照的に並んでいます。

聖母子の下部のアーチから顔を出している4人の老人のうち両端は預言者「エレミア」と「イザヤ」で、中央の2人は「アブラハム」と「ダヴィデ」です。

聖母子は多くの宗教画に見られる様に、鑑賞者を上から見下ろす様に描かれています。

玉座の聖母子(オニサンティの聖母)

玉座の聖母子 / ジョット作(1310年頃) ジョット作(1310年頃)/ 第2室

「玉座の聖母子」は、ドゥオーモ広場に建つジョットの鐘楼を設計したイタリア画家で建築家の「ジョット」の代表作です。

元々はフィレンツェの「オニサンティ聖堂」に飾るために描かれたものなので「オニサンティの聖母」と呼ばれる事もあります。荘厳の聖母と同様に、中央に聖母と幼子のイエス、その左右には対照的に10人の天使が並んでいます。また、聖母子の足下の白い衣装をきた二人の天使は聖母に花をささげています。

上でご紹介した「荘厳の聖母」と比較すると、絵により立体感と柔らかな肉体の動きが与えられており、ビザンチン美術から脱却したジョットの新しい絵画手法がうかがえる作品です。

受胎告知

受胎告知 / シモーネ・マルティーニ作 シモーネ・マルティーニ作(1333年頃)/ 第3室

1300年代の作品を展示している第3室で絶対に見逃せない作品がシモーネ作の「受胎告知」です。「シモーネ・マルティーニ」はシエナ出身の画家で14世紀に花開いたゴシック芸術の先駆者の一人です。

受胎告知は、ダヴィンチをはじめ、様々な画家がテーマーとしてあつかっており、ウフィツィ美術館にはこれ以外にも様々な画家の受胎告知が展示されています。

元々この「受胎告知」は、シエナ大聖堂の祭壇用に描かれた作品でしたが、大公フェルディナンド3世によってウフィツィ美術館に運ばれました。

受胎告知 シモーネ・マルティーニのサイン

シモーネの受胎告知は、大天使ガブリエルのお告げを受けた「マリア」が、非常に人間らしく驚き戸惑う様で描かれています。これは他の受胎告知とは大きく異なる一つの特徴です。また、この作品には作者のサインも入っており、これはこの頃(14世紀頃)からはじまった習慣だと言われています。

サン・ロマーノの戦い

サン・ロマーノの戦い / パオロ・ウッチェッロ作 パオロ・ウッチェッロ作(1435~38年か1456~1460年頃)/ 第7室

初期ルネサンスの作品を展示している第7室で一際目を引くのがこの「サン・ロマーノの戦い」です。

「サン・ロマーノの戦い」は、フィレンツェの画家「ウッチェッロ」によって描かれた大作です。彼の代表作には、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に描かれた「創世記物語」などがあります。

作中では、現在のイタリア トスカーナ州にある都市「ルッカ」で、フィレンツェ軍がシエナ・神聖ローマ皇帝と同盟した、ミラノ軍に勝利を収めた戦いの場面が描かれています。

元々は、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーと、パリのルーブル美術館に貯蔵されている同名作品「サン・ロマーノの戦い」と、戦いの経過を描く連作でした。メディチ家のロレンツォ豪華王がその所有を切望した作品。

ウルビーノ公夫妻の肖像

ウルビーノ公爵夫妻の肖像 / ピエロ・デッラ・フランチェスカ作 ピエロ・デッラ・フランチェスカ作(1467~72年頃)/ 第8室

イタリア・ルネサンス期のウルビーノ公国の君主で、ルネサンス文化を栄えさせた「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ」と、その妻の肖像を描いた作品。本作に見られる様な、脚色なしの残酷なまでに緻密な描写は、フランドル絵画に見られる大きな特徴です。

作者のピエロはこの作品をウルビーノの宮殿で描き、背景の風景画には大胆な遠近法が用いられています。もともとは留め金で2枚の絵は連結されおり、本のように開く事ができました。

この作品は17世紀頃まで、ヴェネチアのドゥカーレ宮殿に飾られていましたが、第5代トスカーナ大公フェルディナンド2世の妻「ヴィットリア・デッラ・ロヴェレ」の相続品としてフィレンツェに運ばれました。

ウルビーノ公夫妻の肖像

聖母子と二天使

聖母子と二天使 / フィリッポ・リッピ作(1465年頃) フィリッポ・リッピ作(1465年頃)/ 第8室

この「聖母子と二天使」は、ボッティチェリの師でもあり、イタリア、ルネサンス中期の画家「フィリッポ・リッピ」がキャリアの晩年に描いた作品です。 リッピは幼くして孤児になったため、カルメル会の修道院で修道士として成長しました。

作中の聖母子は、作者のリッピが愛してスキャンダルとなった修道女とその子供がモデルだと言う説があります。聖母の清楚な表情とは対象的に、背景の景色にはどこかとなく不気味な雰囲気が漂っています。この様な背景の描き方は、後年あのダヴィンチにも多大な影響を与えたと言われています。

聖母子と二天使

聖母の耳から首付近にかかるヴェールの繊細な描写も素晴らしいの一言に尽きます。

婦人の肖像

婦人の肖像 アントニオ・デル・ポライウォーロ作(1475年頃)/ 第9室

第9室は、フィレンツェで活躍した兄弟画家の兄「ポライウォーロ」の作品のみが展示されている部屋です。

中でもこの「婦人の肖像」は、彼の代表作とも言える作品です。しかし、この絵の作者を巡っては諸説唱えられていた時代もありました。あのレオナルド・ダヴィンチも作者候補の一人として名前が挙がっていたほどです。近年は「ポライウォーロ」が作者であるという結論で着地しました。

作中で見られる、美しく編み込まれた金髪を真珠で飾る独特のヘアスタイルは、15世紀のフィレンツェ女性特有のものです。また、衣装や真珠の首飾りの詳細な描写に関しては素晴らしいの一言につきます。

パラスとケンタウロス

パラスとケンタウロス サンドロ・ポッティチェリ作(1485年頃)/ 第10-14室

「パラスとケンタウロス」は、フィレンツェ生まれの画家「ポッティチェリ」の作品で、メディチ家最盛時の当主「ロレンツォ・デ・メディチ」に捧げた作品です。1922年にウフィツィ美術館に運ばれました。

作中では、ギリシア神話に登場する学問と真実の女神「パラス」が、野生や暴力を象徴する半人半獣のケンタウロスの髪をつかんで支配する姿が描かれています。これよって知恵や理性が暴力を支配するという事を表現しています。

作品にこめられた意味を知らないと、女神がケンタウロスをしばいている様にしか見えない絵です。ウフィツィ美術館を初めて訪問したときにいろんな意味で最も印象に残った作品です。

春 サンドロ・ポッティチェリ作(1482年頃) サンドロ・ポッティチェリ作(1482年頃)/ 第10-14室

大きさ 縦203×横314cm を誇るこの「春」は、ポッティチェリの中でも特に有名な作品の一つです。作中では、愛と美の女神「ヴィーナス」と彼女の庭園が中央に描かれ、ヴィーナスの右手側には軽く微笑む「フローラ」が描かれています。フローラは花と春と豊穣を司る古代ローマの女神です。

春 女神ヴィーナスとフローラ

まるで喜びが画面から満ちあふれてくる様なこの絵は、500以上もの植物と200以上の花で埋め尽くされています。一説には、豪華王と言われたメディチ家の当主「ロレンツォ」の従兄弟の結婚式を祝うために制作された作品だと言われています。

ヴィーナスの誕生

ヴィーナスの誕生 / サンドロ・ポッティチェリ作(1484年頃) サンドロ・ポッティチェリ作(1484年頃)/ 第10-14室

ポッティチェリの「春」と共に「ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ」の別荘に飾られていた作品で、メディチ家のために描かれたものです。しかし15世紀末以降、1815年にウフィツィ美術館に移されるまで、約300年以上も完全に忘れ去られていました。

この「ヴィーナスの誕生」は、神と人間との絶対的な区別を取り除き、神と人間は愛によって結ばれるという「新プラトン主義」の強い影響を受けた作品だと言われています。

絵の中央には、海の泡から生まれた愛の女神「ヴィーナス」が巨大な貝に乗った姿で描かれています。そして、その左手には西風の神「ゼヒュロス」と、花の女神フローラが空中で抱き合いながら、ヴィーナスに祝福の風を吹きかけています。

「ヴィーナスの誕生」ヴィーナスと祝福の風を吹きかけるゼヒュロス

ヴィーナスの右手側には、時の女神「ホーラ」がマントの様な布を広げて、ヴィーナスを迎えようとしています。

「ヴィーナスの誕生」ヴィーナスを迎えいれる女神ホーラ

この「ヴィーナスの誕生」に関しては非常に高い評価を受ける一方で、ビーナスの長すぎる首や不自然な左腕、顔の非対称さなど、厳しい批評もあります。

「ヴィーナスの誕生」のヴィーナス

受胎告知(ダヴィンチ)

受胎告知 / レオナルド・ダヴィンチ作(1475~80年頃) レオナルド・ダヴィンチ作(1475~80年頃)/ 第35室

「受胎告知」は、万能の天才「レオナルド・ダヴィンチ」がヴェロッキオ工房にいた時代の初期の作品です。元々はシエナの「モンテ・オリベート・マッジョーレ修道院」に置かれていましたが、後年にウフィツィ美術館に移されました。

作中では「シモーネ」や「ポッティチェリ」をはじめ多くの有名画家が題材としてあつかっている「受胎告知」が描かれています。受胎告知とは、大天使ガブリエルが降臨し、キリストをみごもった事を伝え、聖母マリアがそれを受け入れる場面の事です。

▼ 大天使ガブリエル

受胎告知 大天使ガブリエル

▼ 聖母マリア

受胎告知 聖母マリア

背景に目を向けてみると、詳細な背景が見事な遠近法で描がかれています。この様な遠近法は、ミラノの最後の晩餐をはじめ、ダヴィンチの作中に多く見られる特徴の一つです。

受胎告知 背景の風景

東方三博士の礼拝

東方三博士の礼拝 / レオナルド・ダヴィンチ作(1481年) レオナルド・ダヴィンチ作(1481年)/ 第35室

東方三博士の礼拝はユダヤの王を探して、東方より導かれし三博士が、聖母に抱えられた幼子イエスに礼拝する姿を描いた作品です。

ダヴィンチが1481年にフィレンツェ郊外の修道院から制作依頼を受けたものの、翌年にミラノに移ってしまったため、未完のまま残されていました。ウフィツィ美術館の所蔵となったのは1670年の事です。

ダヴィンチの絵画に多く見られる「ぼかし画法」によって、人や物、空間が見事に融合しています。完成形が見れないのが非常に残念です。

絵の中央右側には、複数の馬の頭の下絵が描かれており、ダヴィンチがバランスの良い配置を試行錯誤していた事が分かります。このこだわりの強さからも、ダヴィンチの筆が遅いと言われていた事が頷けます。

「東方三博士の礼拝」レオナルド・ダヴィンチ作(1481年)

聖家族(トンド・ドーニ)

聖家族 ミケランジェロ・ブオナローティ作(1506年~08年頃) ミケランジェロ・ブオナローティ作(1506年~08年頃)/ 第41室

「聖家族」は、ミケランジェロがドーニ家に依頼されて描いた事から、トンド・ドーニ(ドーニ家の円形画)とも呼ばれています。壁画を除くと、この「聖家族」はフィレンツェに現存するミケランジェロの唯一の絵画です。

作中では、聖母マリアが、夫でイエスの養父である「ヨセフ」に両膝で体を支えられながら、幼子イエスを受け取る姿が描かれています。

聖家族 イエスをヨゼフから受け取る聖母マリア

13世紀頃からの聖母崇拝により、聖母子像が絵のテーマーとして頻繁に描かれていましたが、通常マリアは両手を組み、目線を下げて子供の寝ている姿を愛おしげに見ているだけです。しかし、ミケランジェロは、聖母マリアの肉体のうねりや筋肉の表現など、敢えて難しい肉体描写をこの作品の中で描きました。

絵画も彫刻と同等に肉体のリアルさを表現しなくてはならないという、本来は彫刻家である「ミケランジェロ」の強いこだわりが見える作品です。

この絵画の中での肉体表現や、円という特殊な画面を見事に使いこなしたミケランジェロの構成力は多くの人間に賞賛されました。

ヒワの聖母

ヒワの聖母 / ラファエッロ作(1505年~06年頃) ラファエッロ作(1505年~06年頃)/ 第41室

聖母崇拝の高まりにより、教会の祭壇だけでなく、一般の邸宅にも聖母子像が飾られる様になりました。そんな時代の中で描かれたのがこの「ヒワの聖母」です。

ヒワの聖母の人物はピラミッド型の美しい構図で描かれ、背景は特別な場所ではなくイタリアの田園風景が描かれているのが特徴的です。

ヒワの聖母の構図

三角形の構図の中に人物を収めて、全体に安定感を与える手法や、柔らかな光の使用法などは、レオナルド・ダヴィンチの強い影響があると言われています。

また、聖母の膝の中で体をひねったポーズを取る幼子イエスの表現は、ミケランジェロの作品にインスピレーションを受けたものです。

天才たちの影響を強く受けながらも、それらを見事に自身の芸術として昇華している点に、ラファエロの非凡さがうかがえます。作中では、マリアは非常に穏やかな表情で描かれており、緊迫感や荒々しさを嫌った「ラファエロ」らしい作品と言えます。

ヒワの聖母は一度は事故によって、ばらばらに破壊され、その破片のピースをつなぎ合わせる形で展示されていました。そのため、絵の中央に大きなヒビが入っていましたが、2008年に完了した修復によって現在そのヒビはなくなっています。

2階のおすすめ作品

ウフィツィ美術館2階の見るべきおすすめ作品を、展示室番号の若い方からご紹介致します。

長い首の聖母

長い首の聖母 / パルミジャニーノ作(1534~39年頃)パルミジャニーノ作(1534~39年頃)/ 第74室

この「長い首の聖母」は、ルネサンス後期の美術様式「マニエリスム」を代表する画家「パルミジャニーノ」の未完の作品です。

パルミジャニーノは、1534年から1540年にこの世を去るまで、この作品に従事していました。

長く伸びたフォームや極端な比率で人物を描くのは「マニエリスム」の大きな特長で、作品のタイトルでもある聖母の首や、その腕に抱かれる幼子イエスの体は、現実とは異なる身体を引き伸した形で描かれています。

作中の右下で、巻紙を手にしているのは西方教会の四大博士の一人で、その右下には書きかけの足が残っており、この作品が未完である事が分かります。

「長い首の聖母」書きかけの足

ウルビーノのヴィーナス 

ウルビーノのヴィーナス / ティツィアーノ作(15387年頃)ティツィアーノ作(1538年頃)/ 第83室

ウルビーノのヴィーナスは、ヴェネチア派を代表する画家「ティツィアーノ」の代表作の一つで、ウルビーノ公「グイドバルド2世」が自身の婚礼のために制作を依頼したものだと言われています。

作中では、愛と美の女神「ヴィーナス」が、永遠の愛の象徴「バラ」を手にした姿が官能的に描かれています。奥の窓辺にはヴィーナスが愛した花「ギンバイカ」の鉢植えが置かれ、その横では2人の召使いが衣装を取り出しています。ヴィーナスの足下で眠る犬は忠誠を表しています。

メデューサ

メデューサ / カラヴァッジオ作(1596~97年頃)カラヴァッジオ作(1596~97年頃)/ 第90室

見るものを石に変える蛇の髪を持った女性「メデューサー」の首が、ペルセウスによって切り落とされた場面を描いた作品。カラヴァッジオの代表作の一つです。

イタリア出身のローマ・カトリック教会の枢機卿「フランチェスコ・マリア・デル・モンテ」が「カラヴァッジオ」に依頼して、メディチ家の大公「フェルディナンド1世」に贈ったものです。

バッカス

バッカス / カラヴァッジオ作(1596~1600年頃)カラヴァッジオ作(1596~97年頃)/ 第90室

「バッカス」は、カラヴァッジオがローマに来てすぐに手掛けた初期の作品で、ローマ神話のワインの神である「バッカス」を題材にしたものです。

ローマ美術やイタリア・ルネサンス美術に多く見られる「自然主義」から脱却し、日常的で現実的な絵を描く「写実主義」で描かれています。

バッカスのモデルに関しては諸説ありますが、カラヴァッジオと同居していた友人、または鏡を見て自分自身を描いたとも言われています。

同時期に描かれた「メデューサ」と同様に、枢機卿からの依頼で「フェルディナンド1世」に寄贈するため、カラヴァッジオが手掛けました。

トリブーナ

トリブーナ

ウフィツィ美術館の第18室には「トリブーナ」と呼ばれる八角形の特別室があります。部屋内はギリシャ時代の大理石の彫刻や絵画で飾られ、部屋全体が一つの美術作品とも言える場所です。

この部屋は、コジモ1世の息子でトスカーナ大公の「フランチェスコ1世」が自分自身の美術鑑賞室を造りたいと考えた事を機に、フィレンツェの建築家「ベルナルド・ブオンタレンテ」に命じて建設させました。

トリプーナの中央には、部屋の形と同じ「八角のテーブル」が置かれています。これは部屋の建設時に一緒に造られた作品で、ベルナルディーノ・ポッチェッティをはじめとする、複数人の芸術家が制作に携わっています。また、天井のドーム部分には遙か東方の海から運んできた貝が6千個も装飾として用いられています。

まとめ

冒頭でも触れましたが、ウフィツィ美術館は年間200万人もの来客数を誇る人気美術館です。いくら事前に見学ルートや見る作品を決めても、入場そのものに時間を要してしまっては元も子もありません。

以上を踏まえ、ピークシーズンのウフィツィ美術館訪問は事前に予約を行っておくことを強くお勧めします。ウフィツィ美術館の予約方法に関しては以下の記事にて詳細に解説しています。