ジョンレノンの壁 歴史と観光情報

プラハ
ジョンレノンの壁で演奏する音楽家

カレル橋欄干の並びにある階段を降りて、カンパ島の方に向かって歩いて行くと、一際目を引くカラフルな壁が現れます。この壁は「ジョンレノンの壁」と呼ばれる人気の観光スポットです。

元々、ジョンレノンの壁は何の変哲もない普通の壁でした。しかし、1980年にジョンレノンが亡くなって以来、彼の思想や音楽にインスピレーションを受けた人々が、ジョンレノンの肖像画をはじめ、次々と落書きやメッセージを壁に書き込んでいった事で「ジョンレノンの壁」と呼ばれる様になりました。

ジョンレノン自身はプラハを訪れたことは一度もありませんでした。しかし「ジョンレノンの壁」は、彼が如何に、プラハ市民に愛されていたかを物語っています。

自由の象徴としての「ジョンレノンの壁」

ジョンレノンの壁

ジョンレノンの壁は、ジョンレノンへの哀悼を示すと共に、チェコ国民の自由の象徴でもあります。

1960年代、共産党体制により自由を規制されていたプラハ市民は、抵抗意志を示す手段として、この壁にメッセージや心の叫びを書き込んでいました。

市民のメッセージで埋め尽くされた壁は、すぐに政府や警察によって真っ白に塗り替えられました。しかし、翌日には再び新しいメッセージで壁は埋め尽くされました。このやり取りは1989年の「ビロード革命」によって、共産党体制が崩壊するまで、幾度となく繰り替えされました。

ジョンレノンの壁は、この様な歴史的背景から、チェコ国民の自由の象徴となりました。

アクセス・ロケーション

ジョンレノンの壁はマラーストラナ地区のフランス大使館の側にあります。カレル橋の橋塔(マラーストラナ側)近くの階段を降りて徒歩2〜3分程です。