カレル橋 30人の聖人像 写真付き完全ガイド

(2017年9月13日)

14世紀から設置されていたブロンズ像「キリストの磔刑像」が1657年に修復されたのを機に、カレル橋の左右の欄干には次々と彫像が置かれるようになりました。

そして、1706年~1714年までの間に26体もの彫像が設置され、現在は橋の左右に15体づつ、合計30体の聖人像が置かれています。その中でも最も美しく神秘的とされている像が、1710年にブロコフによって制作された「聖ルトガルド」です。

像を制作した彫刻家では「J・ブロコフ」とその息子たちや、「M・ブラウン」「E・マックス」などが有名です。

■特に注目の4聖人像

  • 聖フランシスコ・ザビエル

    聖フランシスコ・ザビエル(1711年ブロコフ作)日本人にもお馴染みのフランシスコ・ザビエル。イエズス会創設者の一人で、近代最大の宣教師。インドや日本などのアジアを中心に布教活動を行った。

  • 聖ルトガルド

    聖ルトガルド(1710年ブロコフ作)13世紀の聖人でシトー派の修道女。カレル橋の彫像の中で最も美しく意味深い作品だと言われいてる。キリストの傷口に接吻する聖女のために身をかがめたキリストの姿を表現している。

  • 聖ヤン・ネポムツキー

    聖ヤン・ネポムツキー(1683年ブロコフ作)ボヘミアで最も人気のある聖人。カレル橋の代表的な聖人像の一つ。元々は司祭でヴァーツラフ王の宮廷説教師だったが、投獄された後にカレル橋の上から川に投げ込まれて亡くなった。カレル橋で一番最初に制作された彫像。

  • 聖アンナと聖母子

    聖アンナと聖母子(1707年イェッケル作)聖母マリアの母。妊婦の守護聖人で、「安産」「丈夫な子供」「母乳」の育児に関する願いをかなえてくれると言われているので、女性の方は触れて祈っておくとよいかもしれません。

■残りの26体の聖人像も完全解説

  • 聖コスマスと聖ダミアヌスの像

    聖コスマスと聖ダミアヌスの像(1709年マイヤー作)アラビア出身の双子の医者で、シリアで多くの患者を救ったが、287年に拷問で殉教した。現在は奇跡を起こす聖人としてまつられている。

  • 聖ヴァーツラフ像

    聖ヴァーツラフ像(1858年ベーム作)チェコの守護聖人。10世紀にボヘミア王となり国中にキリスト教を広めたが、935年に暗殺される。現在、聖ヴァーツラフの遺骸は聖ヴィート大聖堂に納められている。

  • 聖ヴィート像

    聖ヴィート像(1714年ブロコフ作)シチリアに生まれ、異教徒だった父親によって投獄され303年に殉教。彼の名前を唱えると痙攣が治ると言われている。

  • マタの聖ヨハネ像と聖フェリックスと聖イワン象

    マタの聖ヨハネ像と聖フェリックスと聖イワン象(1714年ブロコフ作)三位一体会を創設した聖人たちをまつった像。ムーア人に捕らえられたキリスト教徒を解放した。

  • 聖ベニーツィ

    聖ベニーツィ(1714年マントル作)イタリア出身のカトリック司祭。聖母マリアのしもべ会に所属していた。1285年の彼の死後に聖母マリア崇拝が始まった。カレル橋の象の中で唯一の大理石像。

  • 聖アダルベルト像

    聖アダルベルト像(1709年ブロコフ作)10世紀頃に生を受けたプラハの司教。プロイセンの異教徒改宗の時期に殺害される。ボヘミアの守護聖人。

  • 聖カイエタヌス象

    聖カイエタヌス象(1709年ブロコフ作)1480年、イタリアのヴィチェンツァ生まれ。後にローマ教皇となるパウルス4世と共に聖職者の生活の中にキリスト教時代のルールを再現させ、テアティノ修道会を発足させた。死後の1671年にクレメンス10世によって聖人の地位を与えられた。

  • 聖アウグスティヌス

    聖アウグスティヌス(1708年J・Bコール作)ヒッポ・レギウスの司祭であった「アウグスティヌス」は哲学者、神学者でもあった。元々はマニ教を信仰していたが、後にキリスト教に改宗した。

  • 聖ニコラス

    聖ニコラス(1708年コール作)アウグスティヌス修道会の修道士で、1275年にイタリアのトレンティーノに移り布教を行った。亡くなるまでの30年間ほぼ毎日説教活動を行っていた。

  • 聖アントニウス

    "聖アントニウス(1707年メイヤー作)最初はコインブラのアウグスティノ会の修道士だったが、その後はフランシスコ会に移り、ポルトガルとイタリアで活躍。1231年イタリアのパドヴアで亡くなり、その後聖人の地位を与えられた。

  • 聖ユダ・タダエウス

    聖ユダ・タダエウス(1708年メイヤー作)イエスキリストの12使徒のひとり。キリストを裏切った有名な「ユダ」とは別人とされている。しかし混同する人も多く、像の中では軽視されてきた存在である。新約聖書の中で「ユダの手紙』の筆者であるともされている。

  • 聖ウィンケンティウスと聖プロコプ

    聖ウィンケンティウスと聖プロコプ(1712年ブロコフ作)ウインケンティウスはドミニコ派の司祭。また、聖プロコプはベネディクト派の修道院を創設した人物で1053年に亡くなったとされている。

  • 聖フランチェスコ

    聖フランチェスコ(1855年マックス作)フランチェスコ派修道会の創設者。イタリアのアッシジで生まれ1226年に亡くなった。以来、毎年数万という多くの巡礼者が彼の墓を訪れ、アシッジの街は平和の象徴とされている。

  • 聖ルドミラと聖ヴァーツラフ

    聖ルドミラと聖ヴァーツラフ(1720年ブラウン作)ボヘミアにキリスト教を布教した聖女。しかし、汚名を着せられ921年に絞殺された。

  • 聖ヴァーラフ、聖ノルベルト、聖シギスムント

    聖ヴァーラフ、聖ノルベルト、聖シギスムント(1857年マックス作)聖ノルベルトは1121年にプレモントレ修道会を設立、ブルグント族の王であったシギスムントは、キリスト教を信仰した後、国民にもキリスト教を布教した。

  • 聖ボルジア・フランシスコ

    聖ボルジア・フランシスコ(1710年ブロコフ作)イエズス会の代表で、ラテン・アメリカにおけるイエズス会の活動の創設者。謙遜と聖母崇拝が特徴の聖人。

  • 洗礼者聖ヨハネ

    洗礼者聖ヨハネ(1857年マックス作)エリザベトと司祭ザカリアの息子。イエス・キリストに洗礼をほどこした人物であるとされている。彼の説教を疎んだヘロデ大王によって斬首された。

  • 聖クリストフォル

    聖クリストフォル(1857年マックス作)中世時代に多く信者に崇拝された。信者が危機の時にその名を呼ぶと難から救ってくれるという十四救難聖人の一人。その名は「キリストを背負うもの」を意味している。

  • 聖キュリロスと聖メトディウス

    聖キュリロスと聖メトディウス(1938年ドヴォジャーク作)9世紀にパンノニアとモラヴィア王国にキリスト教を布教した兄弟で、キリル文字を発明して聖書やカトリック典礼書のスラブ語訳を行った。

  • 聖ヨセフ

    聖ヨセフ(1854年マックス作)イエス・キリストの父。イエスの誕生後にヘロデ大王の迫害の迫害から逃れるためエジプトに逃亡し、大王の死後に帰国。ボヘミアの守護聖人の一人

  • ブロンズの十字架

    ブロンズの十字架(1628年ヒルガー及びマックス作)キリストの十字架の土台の左右には聖母と聖ヨハネ像が立っている。制作当初はキリスト磔刑像は木製だったが、後にブロンズ製となった。

  • ピエタ

    ピエタ(1859年マックス作)死後に十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアを表現している。

  • 聖母と聖ドミニク、トマス・アクゥナス

    聖母と聖ドミニク、トマス・アクゥナス(1708年イェッケル作)ドミニコ会と聖母のつながりを表現した像。アクゥナスはドミニコ派所属の教会博士の一人として知られている。

  • 聖バルバタ、聖マルガレータ、聖エリザベート

    聖バルバタ、聖マルガレータ、聖エリザベート(1707年ブロコフ作)バルバタとマルガレータの二人の聖女は共に斬首刑にされ亡くなった。エリザベートは夫のルードヴィッヒの死後にフランシスコ会に入り障害をかけて病人の介護にあたった。

  • 聖母と聖ベルナルド

    聖母と聖ベルナルド(1709年イェッケル作)ベルナルドはフランス人の神学者で教会博士の一人でもあった。また、クレルヴォー大修道院の創設者としても知られている。

  • 聖イヴォ

    聖イヴォ(1711年ブラウン作)1253年にブルターニュ地方に生まれ、パリで神学と法を学ぶ。人生の全てを貧民の救済に捧げた守護聖人

恐らくほとんどの方が、カレル橋で30体全ての像に目を向ける事はないと思いますが、ある程度だけでも歴史的な背景を知っていると見え方や楽しみ方、撮影ポイントなども変わってくると思います。

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