ドイツ ケルン大聖堂を徹底解説 – 行き方、見どころ、ステンドグラス、歴史

(公開:2018年4月24日)

ドイツ
ケルン大聖堂 北側の景観

本記事では、ドイツの世界遺産「ケルン大聖堂」への行き方や営業時間などの観光情報から、見どころ、歴史まで徹底解説致します。内外の装飾や彫刻はもちろん、ステンドグラス、祭壇などについても豊富な写真を交えて詳しく紹介しております。

ケルン大聖堂とは

ケルン大聖堂内の景観

ドイツ四番目の都市である「ケルン」。この街に一際高くそびえるのが1994年に世界遺産に登録された「ケルン大聖堂」です。このドイツが誇るゴシック建築の巨大建造物を一目見ようと、世界中から年間600万もの人々がこの場所を訪れます。

ケルン大聖堂 西側ファサードケルン大聖堂

中世ゴシックの最高傑作と称される「ケルン大聖堂」は、1248年から1880年まで600年以上の歳月をかけて建設されました。元々は木造の大聖堂でしたが、火災による焼失などを経て現在の石造りの建物となりました。

ドイツ国内の聖堂建築としては「ウルム大聖堂」に次ぐ高さ157mを誇り、世界でも3番目に高いキリスト教の大聖堂となっています。その外観は街の至る所で目にすることができ、ケルンのランドマークとして圧倒的な存在感をはなっています。

一時はこの大聖堂周辺に高層ビルの建設計画が持ち上り、大聖堂周辺の景観が損なわれるという理由から、2004年に危機遺産リストに登録された事がありました。幸いにも都市開発が中止となったため、ケルン大聖堂は世界遺産からの除外を免れ、中世の美しい姿を現在に留めています。

ケルン大聖堂の基本情報
正式名称ザンクト・ペーター・ウント・マリア大聖堂(Hohe Domkirche Sankt Petrus)
建築様式ゴシック 5廊式のギリシャ十字型
設計者ゲルハルト・フォン・ライルなど複数人
建築開始1248年8月15日
完成年度1880年
世界遺産登録年1994年 ユネスコ世界文化遺産
高さ157m
内部面積6,166㎡
公式HP(英語)https://www.koelner-dom.de/en/first-page

現在のケルン大聖堂は内部に無料で入場できるほか、付属の南塔に登って景観を楽しんだり、宝物館で貴重な聖遺物を見学することができます。

観光の基本情報

ケルン大聖堂 北側の景観

ケルン大聖堂には大きく3つの入場可能施設「大聖堂」「南塔」「宝物館」があり、それぞれ営業時間と入場料金が異なっています。

営業時間と入場料金

大聖堂内部

大聖堂内部は朝6時から無料で見学が可能です。

営業時間6:00〜20:00
入場料金無料

南塔

ケルン大聖堂付属の南塔は絶好の展望スポットとなっており、553段の階段を登りきるとケルン市内を一望できます。

営業時間
  • ・09:00-16:00(1月-2月)
  • ・09:00-18:00(5月-9月)
  • ・09:00-16:00(11月-12月)
※日曜と休日は13:00-16:30まで
入場料金4ユーロ

宝物館

大聖堂の北側に隣接する付属施設の「宝物館」では、聖遺物などの大聖堂にまつわる4世紀以降の貴重な品々が展示されています。

営業時間
  • ・10:00-18:00
※日曜と休日は13:00-16:30まで
入場料金6ユーロ

ロケーション

ケルン大聖堂は、ドイツ西側の都市「ケルン」のメインステーション「ケルン中央駅」の南口を出てすぐの場所にあります。

近隣都市からは列車でのアクセスが最もポピュラーです。乗り換えなしの列車を利用した場合、フランクフルト中央駅からなら約60分、デュッセルドルフ駅からなら約30分、ミュンヘン駅からからなら約4時間30分ほどの所要時間でアクセスが可能です。

ケルン大聖堂への詳しい行き方については、本記事後半の「日本からケルン大聖堂への行き方」と「フランクフルトからケルン大聖堂への行き方」の項でで詳細に解説しております。

ケルン大聖堂 外観の見どころ

ケルン大聖堂の外観

ケルン大聖堂は東西南北どの方向から見ても圧倒的な迫力があり、見る方向によって全く別の建物に見えます。恐らく、ケルン大聖堂を訪れた観光者のほとんどが想像以上の大きさと、そのインパクトに圧倒されると思います。奇抜さこそありませんが、大きさのインパクトだけなら、スペインのサグラダファミリア以上です。

ケルン大聖堂 西側のファサード

上画像はケルン大聖堂 西側のファサードで幅は約61,54 m、両側の二つの塔の高さは共に約157mありますが、南側の方がわずかに4ミリだけ高く造られています。

西側の正面扉

西側ファサードの正面扉上部には「旧約聖書」の一場面を描いた浮彫があり、アーチ部分には太陽と天使、地球や天体を表す彫刻が施されています。

ケルン大聖堂 南側の景観

1855年に完成した大聖堂南側の正面扉はネオゴシック期の装飾で鮮やかに飾られています。

ケルン大聖堂 北側の景観

列車を利用してケルン中央駅で降りると、ほとんどの方がこの北側の景観を最初に目にします。

ペーターフックスの彫刻(西側表玄関)

西側表玄関 ペーターフックスの彫刻

ケルン大聖堂の入口がある、西側の表玄関の3つの扉は聖書に登場する様々な聖人の彫刻で飾られています。この西側の彫刻はすべて、ケルンの彫刻家である「ペーター・フックス」が手掛けたものです。

西側表玄関 ペーターフックスの彫刻

ペーター・フックスはこの大聖堂のためだけに700以上の彫刻を手掛けたと言われています。

西側表玄関 ペーターフックスの彫刻

ケルン大聖堂 内部の見どころ

ケルン大聖堂に入場すると、その荘厳な雰囲気と迫力に圧倒的されます。

ケルン大聖堂の内部

大聖堂内部の総面積は6,166㎡、入口から再奥部までは全長144,58mの長さがあります。高さは中央の身廊部分で43mあり、窓のステンドグラスからは眩しいほどの光が差し込んできます。

ケルン大聖堂 ステンドグラスから注ぎ込む光

天井にはアーチ型のフレームが並行に連なる「ヴォールト構造」が、柱にはピアと呼ばれる束ね柱が用いられています。これらはゴシック建築で典型的に用いられるパーツ構造です。

ケルン大聖堂の柱とステンドグラス

ケルン大聖堂は5本の通路が東西に走る「5廊式」の構造で合計幅は45,19mあります。

ケルン大聖堂の構造

メインの中央回廊の左右には2本づつの側廊(画像下)があり、各回廊は柱で区切られています。

ケルン大聖堂の内部

側廊の高さはメインの中央回廊(高さ43m)よりも半分以下の19mほどです。

壁際には複数の祭壇が並び、中世の貴重な彫像や絵画などで飾られています。下画像は内部の西側入口付近にある「キリストの埋葬像」で、巨大な石灰岩を彫り込んで制作されています。

キリスト埋葬の像

柱の上部に目を向けると、様々な聖人像も飾られています。

ケルン大聖堂の聖人像

身廊と翼廊が交差する聖堂の中央部分(十字形の交差部分)には祭壇が設けられています。

大聖堂の中央祭壇

ケルン大聖堂最大の宝である「東方三博士の聖遺物」はこの更に奥の「高祭壇」の後ろ(内陣後方)に安置されています。

下画像は朝一番の6時ごろに訪問した時の聖堂内の景観です。

大聖堂内部の景観

やや薄暗かったですが、朝日が壁際の礼拝堂や祭壇画を照らして非常に神秘的な雰囲気でした。

大聖堂内部の景観

ざっと、大聖堂内の概要をご紹介しましたが、本当の見どころはここからです。まずは以下の聖堂内マップにて、見学ポイントを確認ください。

ケルン大聖堂内 見どころマップ

大聖堂内の見学ポイントは他にもたくさんありますが、全てをご紹介するのは難しいので、上の聖堂内マップに記した見学ポイントのみ、右側側廊から反時計回りでご紹介していきます。マップ上に水色の丸で記したステンドグラスに関しては次項で詳しくご紹介致します。

聖アジルルフスの多翼祭壇画

聖アジルルフスの多翼祭壇画

「聖アジルルフス」の多翼祭壇画は、1520年に制作されたもので、キリストの受難の場面などが描かれています。元々はケルンの東側にあったマリアアドグラドゥス教会(Church of Maria ad Gradus)の高祭壇を飾っていましたが、1817年頃に現在の場所であるケルン大聖堂に移されました。祭壇画名である「聖アジルルフス」は、ケルンの司教で750年に亡くなり殉教者となった人物です。

聖クリストフォロスの像

聖クリストフォロスの像

大聖堂中央付近の柱上部には、旅人の守護聖人である「聖クリストフォロスの像」が飾られています。高さ3.73m程のこの像は、後期ゴシック美術を代表するドイツの彫刻家「ティルマン・ファンデルバーチ」が、トウファ(石灰岩の一種)を材料に1470年頃に製作したものです。

クリストフォロスとは「キリストを運ぶ者」を意味する言葉で、杖で体重を支えながら川を渡る彼の右肩には幼いキリストが乗っています。

聖クリストフォロスの像

キリストの膝上には地球儀が置かれ、正に世界の重責を背負うクリストフォロスの姿が表現されています。かつて、クリストフォロスの像や画を昼に一目見れば、突然死を避ける事ができるという言い伝えもありました。

像の土台の下に視線を向けると、2体の天使像が紋章のない無地の盾を持っています。

聖クリストフォロスの像の土台

ミラノのマリア像

ミラノのマリア像

ミラノのマリア像は1164年に、ダッセルのライナルド大司教が、東方三博士の聖遺物と共にミラノからケルンに持ち込んだとされる彫刻像です。ゴシック様式のマリア像としては最古参の作品で、同聖堂内の「東方三博士の遺骸」と「ゲロ大司教の十字架」と共に大いに崇拝されてきました。

残念ながらオリジナルは、1248年の火災で焼失したため、現在の像は1290年に復元されたものです。像の製作者に関しては、聖堂内陣の装飾も手がけた彫刻家と言う事だけがわかっています。

像は等身大で作られており、高さは約1.61メートル程、素材にはクルミが使用されています。色鮮やかな衣服が目を引きますが、これらの彩色は19世紀にほどこされたものです。現在の場所に置かれたのは19世紀以降の事で、それ以前はマリア礼拝堂の祭壇の上に置かれていました。

市の守護聖人の祭壇画

「市の守護聖人の祭壇画」は大聖堂内で最も有名な祭壇です。元々は、かつてドイツにあったケルン市議会の礼拝堂「エルサレムの聖マリア」に飾られていましたが、1810年に現在の場所に移されました。

町の守護聖人の祭壇

祭壇を飾る「三連祭壇画」は、ゴシック後期に活躍したケルンの画家「シュテファン・ロッホナー」によって制作された作品です。

大きさ260 x 285 cmの中央のパネルには、台座に座る聖母マリアを中心に、従者と共にキリストの誕生を祝う「東方三博士」が姿が描かれています。

シュテファン・ロッホナーの祭壇画の中央パネル

作中では聖母マリアやキリストをはじめ、聖なる人物の頭の後ろには金色の光輪が描かれています。中世の宗教画の多くは、この様に光輪の有無で通常の人と聖人を区別しています。

両翼のパネルの大きさは各260 x 142cmほどあり、この祭壇画の由来にもなっている2人のケルンの守護聖人が描かれています。

シュテファン・ロッホナーの祭壇画の両翼パネル

向かって右側のパネルには、4世紀初頭に斬首によりケルンで殉教した聖人「聖ゲレオン」がテーベ軍団と共に描かれ、左側にはブリタニア出身のキリスト教徒の聖女「ウルスラ」が描かれています。聖ウルスラは4世紀頃に恐らく存在したであろうとされる伝説の人物で、未来の夫と婚姻を結ぶために1万1千人の処女を伴って船出したとされています。彼女の周りには同行した処女の姿も描かれています。

この祭壇画は、クリスマスとイースター前に両翼が閉じられ、受胎告知の絵(画像下)が出現します。

市の守護聖人の祭壇画 {{PD-US}} - This Image is public domain source by WIKIMEDIA

受胎告知とは、聖母マリアがキリストを身ごもった事を大天使ガブリエルに知らされるという聖書の一場面です。このシーンは多くの芸術家達が絵画の題材として扱っていますが、中でも「レオナルド・ダ・ヴィンチ」が描いた「受胎告知」が最も有名です。

東方三博士の聖棺

大聖堂の高祭壇の後ろには、1948年以降「東方三博士の聖棺」が置かれています。

東方三博士の聖棺

この金色の棺は、当時最も著名な金細工師達によって1190年から1220年にかけて製作されものです。棺の中にはケルン大聖堂最大の宝である「東方三博士の遺骨」が納められています。

聖遺物であるこの遺骨は「ダイナルド大司教」によって、ミラノからケルンに1164年に運ばれたもので、それ以来、多くの巡礼者がこの聖遺物を求めてケルン大聖堂を訪れる様になりました。

棺の箱自体はオーク材(木材)をベースに作られていますが、表面には金細工を施した銅や銀板が張られ、1000以上の宝石と真珠、細線細工、エナメルなどで豪華に装飾されています。棺の大きさは、高さ1.53m、幅1.10m、長さ2.20mほどで、棺全体が聖堂をかたどっています。

東方三博士の聖棺 側面の彫像

棺の側面にある上下14のアーチ部分には金や銀素材から作られた彫像がはめ込まれています。側面の上段の彫像は「キリストの使徒」を、下段は旧約聖書に由来する「預言者」や「賢者」を象っています。

棺の正面部分には、幼子イエスを抱く聖母マリアや祈りを捧げる賢者などが象られています。

東方三博士の聖棺" Cologne Cathedral, Germany." by Beckstet is licensed underCC BY 3.0

中段の台形部分(彫像がない部分)は取り外しが可能で、この部分を取り外すと格子越しに三博士の頭蓋骨が見える構造になっています。かつて巡礼者達は、この格子越しに遺骨の頭蓋骨を直接目にする事ができました。更に、三博士の図柄が記された専用の紙を介して遺体に触れる事ができ、この場所での巡礼の証として、その紙を手渡されたそうです。現在は1月6日の聖三博士の祝日にのみ、格子の部分から三博士の頭蓋骨が公開されます。もちろん触れる事はできません。

東方三博士の祭壇

東方三博士の祭壇

大聖堂の一番東奥にある祭壇。中央の像は「フュッセンのマドンナ」と呼ばれる聖母子像で、13世紀末に製作された当時のものです。

フュッセンのマドンナ像

ゲロ大司教の十字架

ゲロ大司教の十字架

「ゲロ大司教の十字架」は、10世紀後半に神聖ローマ皇帝のオットー1世の友人であったゲロ大司教(976年没)によって寄贈されたものです。像の高さは約187cmほど、広げた両腕の指先から指先までの長さは約165cmほどあります。中央のキリストの頭は前に傾き、目は閉じた状態で正に死ぬ間際の瞬間が表現されています。

ゲロ大司教の十字架

素材にはオーク材が使用され、部分的に金メッキがほどこされています。大理石製のバロック様式の祭壇と背後の輝く太陽は、後年の1683年に司教座教会参事会会員の「ハインリッヒ・メーリング」により寄贈されたものです。

この像は、実物大の木彫り磔刑像としてはヨーロッパで最古の作品であるとされ、その後のキリスト像の原型になったと言われています。

エンゲルベルト1世大司教の臨床象

エンゲルベルト1世大司教の臨床象

十字架礼拝堂の北側にあるドイツ ベルグの13世紀の貴族「エンゲルベルト1世大司教」の臨床像は、人望の厚かったエンゲルベルト大司教が、人々の心に残る様にと制作されました。この像が制作されたのは17世紀ですが、ケルン大聖堂に置かれたのは19世紀に入ってからになります。大司教の横には大司教の復活を願うかの様に小さな天使が置かれています。

聖クララの祭壇

聖クララの祭壇

聖堂内北側の翼廊と身廊が交差する角のあたりに、幅約6mの「聖クララの祭壇」があります。この祭壇は、1360年頃にケルンのフランシスコ会修道女「聖クララ」のために作られもので、ケルン大聖堂に運び込まれたのは1811年になってからです。14世紀当時としては、ケルンでは最大の祭壇でした。

祭壇の中央上部にはキリストの彫刻が置かれ、両翼の上段に見えるのは「キリストの12使徒の彫刻」、下段に見えるのは「聖骨箱の胸像」です。これらの彫刻は製作初期の14世紀と19世紀に追加されたものが混合しています。

聖クララの祭壇裏側

この祭壇の両翼は2重構造になっており、両翼を開閉する事で上画像の開いた状態を含めて3パターンの変形が可能です。下画像はそのうちのもう1パターンで、キリストの生涯が24の場面で表現されています。

聖クララの祭壇{{PD-US}} - image is public domain source by WIKIMEDIA

祭壇の裏側(画像下)に回ると、祭壇の両翼を閉じた際に露出する部分「12人の聖人(男性6人と女性6人)」を見る事ができます。教会が閉館すると両翼部分が閉じられ表側に露出します。

聖クララの祭壇裏側

両翼のうち、向かって右側の下段で聖体顕示台(せいたいけんじだい)と聖餐(せいさん)を手にしているのが「聖クララ」です。

聖クララの祭壇両翼 {{PD-US}} - Image on the left is public domain {{PD-US}} - Image on the right is public domain

中央の「三位一体(神、キリスト、聖霊)」とそれを囲む、4人の福音史家「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」の絵画は、比較的近年の1905年に、オランダのユトレヒトを拠点とする芸術家「ヴィルヘルム・メンゲルベルク」が手がけた部分です。

聖クララの祭壇裏側

ケルン大聖堂のステンドグラス

大聖堂内のステンドグラス

ケルン大聖堂のステンドグラスは13世紀から16世紀、さらに19世紀や21世紀のものまで、異なる年代の作品が混在しています。一つ一つのステンドグラスを見ているだけで、欧州におけるステンドグラス技術の進化を知ることができます。以下の堂内図の水色の丸で記してあるのがステンドグラスの見学ポイントです。

ケルン大聖堂内 見どころマップ

以下より制作年の古いステンドグラスから順にいくつかピックアップしてご紹介致します。

聖書の窓(1260年)

聖書の窓 - ケルン大聖堂のステンドグラス

聖堂内の最奥部である後陣には東方三博士の礼拝堂が置かれています。そして、その上を飾るのがを飾るのがこの「聖書の窓」で、ケルン大聖堂内で最古のステンドグラスになります。

3つのランセット窓の中央部分には、旧約聖書と新約聖書の物語が描かれています。参考までにランセット窓とは、やや先の尖った細長い窓の事です。

中央ステンドグラスの向かって左手側には「シバの女王の訪問」「ノアの方舟」などの旧約聖書の物語が、右手側には「受胎告知」や「最後の晩餐」「キリストの磔刑」などの新約聖書の物語が描かれています。敢えて聖書の新旧の物語の類似的出来事を対比的に左右に並べています。

聖書の窓 - ケルン大聖堂のステンドグラス

最上部に描かれているのはキリストと聖母マリアです。

聖書の窓 - ケルン大聖堂のステンドグラス

東方三博士の窓(1507〜1508年)

東方三博士 - ケルン大聖堂のステンドグラス

「東方三博士」のステンドグラスは、16世紀初期のケルンの大司教「ヘルマン4世」によって寄贈されたものです。最下段の8パネルには、その大司教一族の16の紋章が描かれています。紋章上部の4人の聖人は向かって左から「聖ペテロ」「聖母マリア」「聖エルジェーベト(ハンガリー王女)」「聖クリストフォロス」です。

東方三博士 - ケルン大聖堂のステンドグラス

そして、このステンドグラスのメインは上部に描かれている「東方三博士の礼拝」の場面です。聖書によれば三博士は黄金、乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)を幼子イエスに捧げたと言われています。左手側のパネルにはソロモン王とシバの女王の姿もあります。

東方三博士 - ケルン大聖堂のステンドグラス

聖ペトロとエッサイの窓(1509年)

聖ペトロとエッサイ - ケルン大聖堂のステンドグラス

16世紀初めに大聖堂北側の側廊に追加された5つのステンドグラスの一つで、1508年から1515年までケルンの大司教を務めた「フィリップ2世」により1509年に寄贈されました。

このステンドグラスは当時のガラス絵の最先端技術を駆使した作品で、色鮮やかで非常に美しい仕上がりとなっています。

画面左上には、逆さ十字形にされ、バチカン市国サンピエトロ大聖堂に眠る「聖ペテロ」の招へいから磔(はりつけ)までの場面が、右上にはダヴィデの父「エッサイ」から伸びるエッサイの樹が描かれています。

聖ペトロとエッサイ - ケルン大聖堂のステンドグラス

エッサイの樹はキリストの家系を表しており、枝先には、キリストの祖先が描かれています。

画面下部の向かって左側で鮮やかな衣装をまとっているのは聖ペテロ、その前でひざまづいているのが本ステンドグラスの寄贈者である「フィリップ大司教」です。右手側にはキリストの聖人「聖セバスティアヌス」の姿もあります。

聖ペトロとエッサイ - ケルン大聖堂のステンドグラス

聖母マリア戴冠の窓(1509年)

聖母マリアの戴冠式 - ケルン大聖堂のステンドグラス

本ステンドグラス「聖母マリアの戴冠式」の最上段では、キリスト、父なる神、精霊の鳩と共に聖母マリアの戴冠の様子が描かれています。

聖母マリアの戴冠式 - ケルン大聖堂のステンドグラス

中央部の4枚のパネルに大きく描かれているのは「福音記者ヨハネ」「聖ペテロ」「マグダラのマリア」「聖ゲオルギウス」です。

聖母マリアの戴冠式 - ケルン大聖堂のステンドグラス

最下段には寄贈者「フィリップ2世」と、亡くなった彼の最初の妻と2番目の妻が描かれています。

聖母マリアの戴冠式 - ケルン大聖堂のステンドグラス

バイエルン窓(1846〜1848年)

ルードヴィヒ1世の肖像画ルードヴィヒ1世の肖像画

ケルン大聖堂のステンドグラスのうち、入口を背にして右手側の側廊の壁面には、バイエルン王「ルードヴィヒ1世」によって19世紀に寄贈された5枚のステンドグラスが並んでいます。

これらのステンドグラスは寄贈者に因んで「バイエルン窓」と呼ばれ、「東方三博士」「聖霊降臨」「ピエタ」など、キリストの人生をテーマーにした美しい絵が描かれています。以下よりそのうちの4点をご紹介致します。

東方三博士の礼拝(The Adoration)- 1846年

東方三博士 - ケルン大聖堂のステンドグラス

本ステンドグラス「東方三博士の礼拝」ではキリストの生誕にまつわる重要な2つの画面が表現されています。中央部分では、東方よりベツレヘムの星に導かれてやってきた三博士(ガスパール、メルキオール、バルタザール)が、聖母マリアが抱く幼子イエスに礼拝する場面が描かれ、最上部では聖母マリアがイエスを身ごもった事を告げられる「受胎告知」の場面が描かれています。

東方三博士(マギ) - ケルン大聖堂のステンドグラス

ステンドグラスの最下部に描かれているのは、救い主イエスの到来を予告した4人の主要な預言者「イザヤ」「エレミヤ」「エゼキエル」「ダニエル」です。

東方三博士(マギ) - ケルン大聖堂のステンドグラス

エレミヤの哀歌(The Lamentation) - 1847年

エレミヤの哀歌(The Lamentation) - ケルン大聖堂のステンドグラス

ルートヴィヒ1世により寄贈されたステンドグラス「エレミヤの哀歌(The Lamentation)」は、大聖堂の建築工事開始から6周年を迎える1848年の祝賀会に間に合うように設置されました。ステンドグラスの中央には、十字架から降ろされたイエス・キリストをひざの上に抱いて悲しむ聖母マリアの姿を描いた「ピエタ」と呼ばれるシーンが、最上部にはダヴィンチの絵画で有名な「最後の晩餐」のシーンか描かれています。

エレミヤの哀歌(The Lamentation) - ケルン大聖堂のステンドグラス

また、ステンドグラス中央の両側には、バイエルンの紋章とルートヴィヒ1世の(1847年)寄付である事を示す碑文も見られ、最下部には、福音書記者の4人「マルコ」「マタイ」「ルカ」「ヨハネ」の姿もあります。

エレミヤの哀歌(The Lamentation) - ケルン大聖堂のステンドグラス

聖霊降臨(The Pentecost)- 1848年

ペンテコス(聖霊降臨) - ケルン大聖堂のステンドグラス

本ステンドグラス「聖霊降臨(ペンテコス)」の中央に描かれているのは、旧約聖書のエピソードの一つで教会の創設日を祝うイベント「ペンテコステ(聖霊降臨)」の場面です。

ペンテコス(聖霊降臨) - ケルン大聖堂のステンドグラス

窓の最上部には、聖ペテロがキリストから天国の鍵を授かる場面が描かれ、その下の白いアーケード部分には、4つの基本的な美徳である正義、知恵、節制、勇気が擬人化した像で示されています。

最下部に描かれているのは、四大ラテン教父の「アンブロジウス」「ヒエロニムス」「アウグスティヌス」「グレゴリウス1世」です。

ペンテコス(聖霊降臨) - ケルン大聖堂のステンドグラス

聖ステファノ(The Stephen)- 1848年

聖ステファノ - ケルン大聖堂のステンドグラス

本ステンドグラスの中央部分では、新約聖書に登場するユダヤ人のキリスト教徒「聖ステファノ」が石で殴打されて殉教する姿が描かれています。また、上部の2箇所の円枠部分に描かれているのも聖ステファノの生涯の場面です。

聖ステファノ - ケルン大聖堂のステンドグラス

ステンドグラス最下部の上段と中段には、ケルンでも特に崇拝されていた聖人4人「聖グレゴリー」「聖アポリナレス」「シルウェステル1世」「聖マテルヌス」が、下段には、バイエルンの紋章とルードヴィヒ1世の寄贈である事を示す碑文が描かれています。

聖ステファノ - ケルン大聖堂のステンドグラス

ゲルハルト・リヒターのステンドグラス(2007年)

ゲルハルト・リヒターのステンドグラス

こちらは、ケルンの画家でアーティストの「ゲルハルト・リヒター」が手掛けたステンドグラスで、第二次世界大戦で破壊されてしまったステンドグラスの変わりに制作されました。このステンドグラスが2007年に完成するまでは簡素な無色のガラスがはめ込まれていたそうです。

ステンドグラスのガラス色の選定にはパソコンで綿密な色彩分析が行われており、ランダムに算出された72色が11263枚のアンティークガラスに散りばめられています。一見、違和感ありそうなこの現代風ステンドグラスですが、意外にも聖堂内に溶け込んでいるから不思議です。

参考までに、バルセロナにあるサグラダファミリアのステンドグラス(画像下)にもコンピューターグラフィックが用いられています。

サグラダファミリアのステンドグラス

南塔と宝物館

ケルン大聖堂は聖堂内を無料で見学できるほか、大聖堂隣接の「南塔」と「宝物館」も有料で見学する事ができます。

南塔

ケルン大聖堂の南塔

ケルン大聖堂の南塔には有料で登る事ができます。南塔の高さは約100mほどで、553段の階段を登りきった展望階からは、ケルンの町並みやライン川などを眼下に望む事ができます。天気の良い日などは、ケルンから約40km南にある自然保護地域「ジーベンゲビルゲ」までも視界に捉える事ができます。階段を登る途中には、一息つける様な場所もあるほか、重さ24トンの巨大な鐘も途中で見る事ができます。

【南塔の営業時間と入場料金】

営業時間:09:00-16:00(1月-2月)、09:00-17:00(3月-4月)、09:00-18:00(5月-9月)、09:00-17:00(10月)、09:00-16:00(11月-12月)

入場料金:4ユーロ

【南塔の入口】

南塔の入口は大聖堂の西側ファサードに向かって右手側にあります。

ケルン大聖堂北側 南塔の入口

宝物館(SCHATZKAMMER)

宝物館の入口
" Domschatzkammer Cologne, at Kölner Dom, entrance" by Elya is licensed underCC BY 3.0

2000年10月21日に創設された宝物館には、4世紀から20世紀までの貴重な聖骨箱、典礼道具、写本、祭服、記章などが収められています。

展示面積500㎡を誇る館内には6つの部屋があり、その中でも必見なのが「聖ペテロの杖」と「聖ペテロの鎖」と呼ばれる聖遺物です。これらは東方三博士の遺物が1164年にケルンに運び込まれるまでは大聖堂内最大の宝でした。残念ながら館内での撮影は禁止となりますが、煌びやかに輝くお宝の数々には一見の価値があります。

【宝物館の営業時間と入場料金】

営業時間:10:00-18:00

入場料金:6ユーロ

【宝物館の入口】

宝物館の入口は大聖堂の北側にあります。

ケルン大聖堂北側 宝物館の入口

大聖堂内部への入り口とは全く異なるのでご注意ください。別施設と考えた方が混乱しないと思います。以下のグーグルマップも参考にしてください。

参考までに、ドイツの宝物館の表記は「SCHATZKAMMER」、英語だと「Dom Treasury」です。

観光所要時間

ケルン大聖堂 外側のゴシック装飾

ケルン大聖堂の見学だけなら所要30分〜45分ほどです。大聖堂をグルリと一週して、色んな角度からケルン大聖堂を眺めて30分ほど、大聖堂内部の見学で15分ほどだと思います。

南塔と宝物館も観光する場合は、プラス60分(各30分)ほど見ておけば良いと思います。

日本からケルン大聖堂への行き方

ケルン中央駅の外観

残念ながら、日本からケルンへの直行便はなく、「フランクフルト」もしくは、「デュッセルドルフ」のいずれかの空港から、電車でアクセスする形になります。

日本からデュッセルドルフ空港へ

日本からデュッセルドルフ空港への直行便を運航しているのはANAの成田空港発のみで、所要は12時間ほどになります。

日本からフランクフルト空港へ

日本からフランクフルト空港への直行便は、羽田空港からは「ANA」や「ルフトハンザ航空」、成田空港からは「JAL」「ブリティッシュエアウェイズ」「フィンエア」などが運航しています。いずれも所要12時間ほどになります。

デュッセルドルフ空港からケルン大聖堂への行き方

デュッセルドルフ空港からケルン大聖堂までの行き方は以下の2つの方法があります。

(1)空港駅から行く

1つ目の行き方は、空港到着後に空港直結の無料の「Skytrain(スカイトレイン)」に乗って「Düsseldorf-Flughafen(デュッセルドルフ空港駅)」まで行き、そこでICEかREに乗り換えて「Köln Hbf(ケルン中央駅)」まで行く方法です。

所要時間は、空港から「Düsseldorf-Flughafen(デュッセルドルフ空港駅)」までが5分ほど、ICEで「Köln Hbf(ケルン中央駅)」までは直通で所要40分〜50分ほどです。デュッセルドルフ空港からトータルで所要50分〜60分ほど見ておけば良いと思います。

(2)空港ターミナル駅から行く

2つ目の行き方は、空港到着後に空港直結の「Düsseldorf Flughafen Terminal(空港ターミナル駅)」から、S-Bahn 11(S11)に乗って「Düsseldorf Hbf(デュッセルドルフ中央駅)」で下車後、そこからIC、もしくはREに乗って「Köln Hbf(ケルン中央駅)」まで行く方法です。※本数は少ないですが、「Düsseldorf Flughafen Terminal(空港ターミナル駅)」から直通で「Köln Hbf(ケルン中央駅)」まで行ける場合もあります。

所要時間は、空港ターミナル駅から「Düsseldorf Hbf(デュッセルドルフ中央駅)」までが15分ほど、ICEかS-Bahnで「Köln Hbf(ケルン中央駅)」までは直通で所要35分〜55分ほどです。デュッセルドルフ空港からトータルで所要120分〜140分ほど見ておけば良いと思います。

(1)でも(2)の行き方でも最終的には「Köln Hbf(ケルン中央駅)」に到着します。「Köln Hbf(ケルン中央駅)」で降りると、ケルン大聖堂は目の前です。

フランクフルト空港からケルン大聖堂への行き方

フランクフルト空港の列車駅「Frankfurt(M) Flughafen Fernbahnhof」からICE(ドイツの新幹線)に乗って「Köln Hbf(ケルン中央駅)」まで直通で所要50分〜70分ほどです。ケルン中央駅で降りると、ケルン大聖堂は目の前です。ICEの運賃は、おおよそですが、1等車で 99 ユーロ、2等車で 61 ユーロほどです。

注意点としては、フランクフルト空港直結の駅は2つあり、前述した長距離列車が発着する「Frankfurt(M) Flughafen Fernbahnhof」駅とローカル列車が発着する「Frankfurt(M) Flughafen Regionalbahnhof」駅です。ケルン大聖堂へのアクセスは前者の「Frankfurt(M) Flughafen Fernbahnhof」駅から乗るのが一番早いのでご注意ください。

ケルン大聖堂への直通列車がある「Frankfurt(M) Flughafen Fernbahnhof」駅は、フランクフルト空港のターミナル1のレベル2(2階)と直結しています。ターンテーブルで荷物を受け取り、そのまま真っ直ぐ進むとインフォメーションがあり、長距離列車駅の連絡通路は更にその先にあります。

フランクフルトからケルン大聖堂への行き方

ケルン大聖堂は、日本人にも人気の都市「フランクフルト」から電車で1時間20分〜2時間ほどでアクセスする事ができます。

運行本数も非常に多く、時間帯によってはフランクフルト中央駅からケルン中央駅までの直通のICEも運行しているので、手軽に日帰り観光する事ができます。

フランクフルトからケルン大聖堂行き方の流れ

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フランクフルト中央駅

フランクフルト中央駅

フランクフルト中央駅からは、ケルン中央駅行きをはじめ、様々な長距離列車が発着しています。

ケルン中央駅行きの列車は、駅構内の電光掲示板、もしくは駅内に貼られている黄色い運行スケジュール表で乗車ホームを確認します。ドイツに改札はありませんので、直接列車の乗車ホームに行って電車に乗車するだけです。電車内でチケットの検札があるので、その際に乗車チケットを提示します。

電車のチケットは当日に駅構内の「チケットオフィス(Reise-zentrum)」で購入する事ができます。下の写真はフランクフルト中央駅のチケットオフィスの外観です。

DB フランクフルト中央駅のチケットオフィス(Reise-zentrum)

チケットオフィスに入ったら、整理券発券機で整理券を発券します。

DB フランクフルト中央駅のチケットオフィスDBのチケットオフィス 整理券発券機

2等席のチケットを購入する場合は向かって左上の「Verkauf beratung(販売に関するアドバイス)」のボタンを、1等席のチケットを購入する場合は右上の「Bahn Comfort 1 krasse(1等クラス)」のボタンをタッチして整理券を発券します。ボタンをタッチすると整理券が発券されます(写真下)。

DBチケットオフィスの整理券

整理券が発券されたら記載されている番号がモニターに表示されるのを待ちます。モニターにご自身の番号が表示されたら、該当の窓口に行ってチケットを購入します。

DBのチケットオフィスの窓口

乗車チケットは、チケットオフィス以外でも現地にある自動券売機(写真下)でも購入可能です。

DB フランクフルト中央駅のチケット券売機

ただし、個人的に一番お勧めの乗車チケット購入方法は、事前のオンライン購入です。オンライン購入はドイツ鉄道のHP「DB(英語)」から数ヶ月前から可能です。また、チケットは事前に購入した方が安くなるので、予定が決まっているのであれば日時指定の上で、乗車チケットを購入してしまうのが一番です。ドイツ国鉄DBのオンラインチケット購入や、当日の乗車の流れについては別記事の「ドイツ国鉄 DBチケット予約や当日券の購入方法、乗車の流れまで徹底解説」にて詳しく解説しております。

また、複数のドイツ都市を電車で周遊する場合は、ドイツの列車が乗り放題になる「ジャーマンレイルパス」の購入もお勧めです。ジャーマンレイルパスに関しては「ジャーマンレイルパス オンライン購入、利用方法まで徹底解説」にて詳しく解説しております。

電車で1時間20分〜2時間ほど

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ケルン中央駅

DB ケルン中央駅の外観

フランクフルト中央駅から直通のICEを利用した場合は、乗り換えなしで1時間25分ほどでケルン中央駅に到着します。ICを利用すると、乗換があったり、2時間以上を要してしまうので、フランクフルト中央駅からケルン中央駅に行く場合は直通のICEの利用がお勧めです。

ICE(写真下)は、ドイツ鉄道の最上位に位置する高速列車です。日本で言えば「のぞみ」や「ひかり」などに相当し、最高速度 300km/hを誇ります。

ICE

徒歩1分〜2分

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ケルン大聖堂

ケルン大聖堂の景観

ケルン大聖堂は、ケルン中央駅の南口から出てすぐの場所にあります。駅を出て目の前がケルン大聖堂の北側ファサードなので一目瞭然です。大聖堂内部へはこの北側か西側の入口から入場できます。北側の入口は閉まっている事も多いので、その場合は建物を常に左手側にして進んで行けば、西側の正面入り口(写真下)に到着する事ができます。

ケルン大聖堂西側の正面入り口

ケルン大聖堂の歴史

現在のケルン大聖堂が建っている場所は、この地におけるキリスト教の中心地として、入れ替わり立ち替わりで教会が建設され、その都度、建物は壮大になっていきました。現在のケルン大聖堂は大きく分けると3代目の建物にあたり、初代となる建物は4世紀頃に建設されたと伝わっています。

9世紀後半に入り、初代の建物が火災で大きな被害を受けると、当時ヨーロッパでも最大級となる木造の大聖堂(二代目ケルン大聖堂)が新たに建設されます。これが現在のケルン大聖堂の前身(一つ前)となる建物で、当時のケルン大司教の権威を示す大規模なものでした。

1164年には、ローマの大司教「ライナルト・フォン・ダッセル」が当時の支配国であったミラノから「東方三博士の聖遺物」を持ち帰り、この大聖堂に安置します。

それ以来、この大聖堂には多くの巡礼者が訪れる様になり、ケルン大聖堂はヨーロッパの中で最も重要な大聖堂の一つとなります。そして、寄付金などにより資金も潤沢となり、大聖堂に更なる大改修の気運が高まっていきます。

しかし、木造から壮大な石造りの大聖堂へ改築が決定した矢先の1248年4月、ケルン大聖堂は火災により建物の大部分を焼失してしまいます。

幸いにも大聖堂の宝である「東方三博士」の聖遺物が火災の被害を免れると、火災からわずか4ヶ月後の8月15日に、新たな大聖堂の建設工事が早々にスタートします。これが三代目となる現在のケルン大聖堂の起源です。

そして、聖母被昇天記念日に合わせ礎石が置かれ、実に完成まで600年以上の歳月を費やす事になる「ケルン大聖堂」の大工事がここに幕を開けました。

工事は石工職人の頭領である「ゲルハルト・フォン・ライル」の指揮の下で行われ、1265年頃までには、教会後部の屋根組みと聖堂内陣の建設を中心に工事は格段に進みました。1320年には、聖職者専用の空間である「内陣」が完成を迎えます。

【資金不足による工事の中断】

14世紀初頭の内陣完成までは順調に進行したケルン大聖堂の工事でしたが、それ以降は資金難により何度も中断を余儀なくされます。16世紀初頭に入ると、長引けど一向に完成しない大聖堂の建設に対して市民の関心も薄れていきます。更に建築費用も不足した事で、再び大聖堂の建築工事が再開される1812年まで、実に250年間も建築工事は完全に中断します。

【工事の再開と完成】

ケルン大聖堂の工事は数百年に渡り中断し、建物はほぼ廃墟の様な状態でした。しかし、1814年にケルン大聖堂の西正面を描いた11世紀当時の図面が発見された事を機に、大聖堂の工事は再び再開にむけて動き出します。

そして、1842年には左右の翼廊が建つ場所に礎石が置かれ、盛大な式典と共に建設工事は再開されます。

1854年には、プロイセン国王「ヴィルヘルム4世」を迎えて「大聖堂建築祭」が行われると、1863年には「ヴィルヘルム4世」とケルン市民の支援によって教会の内装が出来上がり、それから17年後の1880年、ケルン大聖堂はついに完成を迎えました。ケルン大聖堂の工事は実に632年にも及びました。

【第二次大戦による被害】

ケルン大聖堂は第二次世界大戦中に戦争の被害によって深刻なダメージを受けます。その後、19世紀に入り修復作業が開始され、聖堂内部の東端部は1945年から1948年にかけて修復され、東端部も1956年には修復が完了しました。

聖堂の外観の修復は1952年からスタートし、21世紀の現在もなお続いています。また、戦火を浴びて、応急処置的として使用されたレンガ部分は、二度と戦争の悲劇を繰り返さない戒めとして現在も当時のまま残されています。

まとめ

ケルンにはこの「ケルン大聖堂」以外に然したる見所は一切ありません。しかし、この壮大で歴史ある世界遺産の教会を見るためだけにでも、ケルンを訪れる価値は十分にあります。ドイツ旅行の際は、半日もしくは1日かけてでも、是非、ケルン大聖堂に足を運んでみてください。