アヤソフィア大聖堂を解説 – 場所、内部、モザイク画、礼拝時間など
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イスタンブールトルコのイスタンブールの中でも最も人気がある観光スポットがこの「アヤソフィア イ ケビル ジャーミィ(以前はアヤソフィア博物館)」です。毎年この歴史的にも芸術的にも重要な建造物を見るために、世界中から多くの観光客が訪れます。
アヤソフィアへ訪れる旅行者の来館数は年間で200万人~300万人、1日平均で8,000人〜9,000人にも上ります。アヤソフィアは外観はもちろん、9世紀頃のモザイク画や当時の装飾が残る内部の見学も可能となっています。
本記事では、このイスタンブールの必須訪問スポット「アヤソフィア」への行き方、入場方法、見どころ、礼拝時間の確認方法など、観光に役立つ情報を余す事なくご紹介致します。
アヤソフィアとは
トルコ イスタンブールにある「アヤソフィア」は、聖なる叡智(えいち)、または神の叡智とも呼ばれるビザンティン様式の建造物です。1985年にはユネスコの世界遺産にも登録されています。
近年まで半世紀以上に渡り有料の「博物館」として利用されてきましたが、2020年7月より再び「モスク」に回帰する事が決定しました。施設名も「アヤソフィア イ ケビル ジャーミィ (Ayasofya-i Kebir Camii)」に変更となりました。
これに伴い、アヤソフィアは、本来の役割であるイスラム教徒の礼拝の場「モスク」としての機能を完全に取り戻しました。
現在、非商業施設のモスクとなった「アヤソフィア」ですが、礼拝のない時間帯であれば、一般観光客も無料で内部見学が可能となっています。
聖堂内には、9世紀〜13世紀に描かれた貴重な「モザイク画」をはじめ、直径約30mの「天井ドーム」、聖地メッカの方角を示す「ミフラーブ」など見どころが満載です。
アヤソフィアの基本情報
■営業時間と入場料金
営業時間 | 09:00~17:00 ※1日5回〜6回行われる礼拝中は入場できません。 |
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休館日 | 月曜日、宗教的な祝日、ラマダーン(断食の期間) |
チケット料金 | 無料(2020年より無料化) |
HP | アヤソフィアHP(英語) |
■礼拝時間の確認方法
アヤソフィアの礼拝時間はこちらの「Namaz Vakitleri(英語)」ページにて確認する事ができます。以下より簡単に礼拝時間確認ページの見方をご説明します。サイトにアクセスすると、その日の礼拝スケジュールがイスタンブールの現地時間で表示されています。
最初の礼拝時間である一番左側の「İmsak(イムサック)から、右並びで礼拝開始時間が表示されています。上画像の例だと1回目が「05:51」、2回目が「07:16」、3回目が「13:19」、4回目が「16:35」より礼拝開始となります。
アヤソフィアの営業時間は9時〜17時ですので、営業時間内かつ礼拝と被らない時間に訪問してください。ただし、礼拝の所要時間はだいたい30分〜60分ぐらいなので、礼拝の開始前後1時間ぐらいは間隔を空けて訪問するのが良いと思います。午前中最後の礼拝から、午後最初の礼拝開始時間まではインターバルが長いので、お勧めの訪問タイミングです。
礼拝開始時間ページ閲覧時の注意点としまして、現在時刻を表示している部分「Bilgisayar Saati」は、閲覧しているパソコンやスマートフォンの現在時刻がそのまま表示されますので、日本で見ると日本の現在時刻が表示されます。同様に礼拝開始までの時間も、現在時刻を基準に計算されて表示されていますので、この2箇所は現地で時計を合わせた上で確認する様にしてください。
礼拝確認ページの下方には、当日から7日分の礼拝スケジュールも表示されています。前もって予定を立てたい方は、ここも参考にしてください。
「Miladi Tarih」の列にはトルコ語ですが日付も記載されています。
■場所とアクセス
アヤソフィアはイスタンブールのヨーロッパ側「スルタンアフメット地区(旧市街)」と呼ばれる場所にあり、丁度「ブルーモスク(南側)」と「トプカプ宮殿(北側)」の間に位置しています。
「スルタンアフメット地区(旧市街)」内のホテルに宿泊している場合は、徒歩でアクセスするのが一番ですが、トラムを利用する場合は、最寄りの「Sultanahmet station(スルタン・アフメット)」駅で降りて徒歩4分ほどです。
■入口と入場方法
アヤソフィアの入口と出口は共に建物の南側にあります。上記の地図は少し分かりにくいですが、左側が北になっています。
また、アヤソフィアも他の施設と同様に、入り口付近でセキュリティチェックがあり、セキュリティチェックを通過した後に、見学をスタートする事ができます。施設内にはトランクなどの大きな荷物は持ち込めないので、セキュリティチェック付近で預けて出口で受け取る形になります。
下はアヤソフィアの入口付近の景観です。入場待ちで行列ができています。当日はこの列に並んで入場を待ちます。
以前まで「ミュージアムパス」保有者は、専用のレーンから優先入場できましたが、現在のアヤソフィアは無料入場可能なモスクとなっています。この変更に伴い、優先入場自体廃止されている可能性がありますので、コロナ開けに詳しい情報が分かりましたお伝え致します。
列に並んでいると、現地の非公認ガイドが売り込んできますが、絶対に取り合わない様にしてください。写真ぐらいの行列なら20分ほど待てば入場できます。
入場口を抜けるとセキュリティチェックがあります。
セキュリティチェックを抜けたら「ENTRANCE」標識の方向に進み観光スタートです。
この数10m先の右手側にアヤソフィア聖堂の入場口(画像下)があります。
アヤソフィア内部の見どころ
アヤソフィア内部に入場すると、教会のロビーにあたる「拝廊」に出ます。まずは下の聖堂内図で位置をご確認ください。
アヤソフィアの拝廊には外廊と内廊があり、最初に目にするのが外廊(画像下)になります。
レンガの壁がまるで遺跡の様な外廊では、アヤソフィアの歴史などが写真付きのパネルで紹介されています。
外廊から奥に進むと、長さ60m、幅11mの内廊(画像下)に出ます。アヤソフィアがキリスト教の聖堂だった4世紀~5世紀頃は、洗礼を受けてない者はここまでしか進む事ができませんでした。
天井一面には金のモザイクが施され、壁は豪華な大理石で覆われています。
聖堂内のメインエリアには、内廊にある「皇帝の門」と呼ばれる扉から入場します。6世紀に造られたこの扉はアヤソフィアで最も大きく、7mの高さがあります。
この門はかつて皇帝が祭礼に参加する時にだけ利用されていた事から、この様に名付けられています。扉の上には後ほどご紹介する貴重なモザイク画が描かれています。
天井部分には十字架をモチーフにしたモザイク装飾も見られます。8世紀から9世紀前半頃までは、キリストなどの聖なる存在を絵画やモザイク画で偶像化することは禁止されていました(偶像崇拝禁止)。そのため、この時代のモザイク画には、キリストや聖人ではなく十字架をモチーフとしたシンボルマークなどが数多く描かれています。
皇帝の門から聖堂内に入場すると、奥行き75m、幅70mの広大な空間が広がっています。
オスマン帝国の侵略前夜キリスト教徒たちはここに集まり夜を通して祈りを捧げたと言われています。自然光とシャンデリアの光が見事に調和して神秘的な景観を造りだしています。
アヤソフィアの柱や床、壁に使用されている白い大理石はイスタンブール南西の「マルマラ島」で採掘されたものが、緑の大理石はギリシャのテッサリアで採掘されたものがメインで使用されています。現在のイスタンブールの建造物にも、マルマラ島で採石された大理石は広く使用されており、西洋では「マルマラ」が大理石という言葉の由来になっているそうです。
壁面上部の短い柱が並ぶエリアは「ギャラリー」と呼ばれる回廊になっています。アヤソフィアの建物は大小107本の柱で支えられており、そのうち40本の長い柱が下層階に、残りの67本の短い柱が上層階にあります。
アヤソフィア最大の柱の長さは約20mで太さの半径は1.5mほど、最も重いもので70トンの重さがあります。これらの柱のほとんどがモノリス(一枚岩)から造られており、元々は領土内の古い寺院などで使用されていたものを運び込んで再利用しています。つまり柱の起源はアヤソフィアよりも古いという事になります。
下画像は、聖堂最奥部の「後陣」と呼ばれるエリアで、中央には「ミフラープ」と呼ばれる壁龕(へきがん)がおかれています。
ステンドグラスの窓は、オスマン帝国時代に破壊された窓に変わって取り付けられたものです。向かって右側に見える細長いトンガリ屋根の部分は「ミンバル」と呼ばれる説教壇です。左側で円柱に支えられているのは「スルタン専用の礼拝場」で、スルタンがプライベートな空間で礼拝するためだけでなく、暗殺者に襲われるリスクを下げるという役割もありました。
以下より、アヤソフィア内部の見るべき見学ポイントを詳しく解説していきます。
■ミフラープ
堂内の後陣にあるこの扉の様な壁龕(へきがん)は、聖地メッカの方角を示す「ミフラーブ」と呼ばれるものです。オスマン帝国に侵略された15世紀に「メフメット2世」によって追加されました。
本来、ミフラープは建物全体の中央に置かれますが、元々アヤソフィアはキリスト教の聖堂であったため、建物の中央がイスラム教の聖地「メッカ」を向いていませんでした。そのため、建物全体のやや右寄りに設置する事で調整を行いました。キリスト教の聖地「エルサレム」の方角とイスラム教の聖地「メッカ」の方角は、わずかに数度違う程度でした。
黄金の装飾が美しく輝いています。
■天井ドーム
高さ56mに位置するアヤソフィア後陣の天井ドームは、東西に直径約31m、南北に直径約33mとわずかに楕円形をしています。
中央には太陽のマークが描かれ、それを囲む様に、イスラム教の聖典「コーラン」から抜粋された碑文がアラビア語で記されています。
この天井ドームは558年に地震で一度崩壊した後、563年に再建されたものです。建材にはロードス島で採れた軽石が使用され、メインスペースへの採光と軽量化のため、40もの窓が設置されています。
■六翼の天使
天井ドームの四隅には「六翼の天使」と呼ばれる6枚の翼を持つ天使のモザイク画が描かれています。
この天使は「セラフィム(熾天使)」、もしくは「ケルビム(智天使)」を描いたものであると言われています。
天使の顔はオスマン帝国時代に、星の形をした金属製の蓋で覆われていましたが、2009年の改修中に取り外されて顔が見えるようになりました。
ただし、顔が見える様になったのは1カ所のみで、残りの3カ所の「六翼の天使」の顔は未だに金属製の蓋で覆われています。
この天使のモザイク画は、アヤソフィア建設当時の6世紀に描かれた可能性が高いとされています。
■8つの円盤
聖堂内の丁度2階と同じぐらいの高さに、直径7.5kmほどの円盤が吊されています。この円盤は1847年から49年にかけて、スイス人の兄弟建築家「ガスパル」と「ジュセッペ」がモスク改修と同時に取り付けたものです。
素材にはラクダの皮が使用されており、全8つの円盤にはアラビア語で唯一の神である「アッラー」の名をはじめ、預言者「ムハンマド」とその孫たち、更に「4人のカリフ」の名前が記されています。
■オンファリオン
天井ドームの下に位置する内陣の一角には「オンファリオン」と呼ばれる立ち入り禁止の四角形(約5.6m四方)のエリアがあります。
理由は解明されていませんが、この場所は東ローマ帝国時代に世界の中心と考えられており、その神聖さのために、皇帝の戴冠式などがここで行われていました。
円形の色のついた部分は、儀式などで政治や宗教の代表者が立つ場所を定めていたとされ、恐らく中央の最も大きい円が皇帝の立つ場所であったと言われています。異なる大きさの円は全部で16個あり、全て緑、オレンジ、赤、灰色、黄色など色づけされています。
■沐浴用の壺(ベルガマの壺)
こちらは、16世紀にスルタン「ムラト3世」が古代都市ベルガマで採れたひと塊の大理石から作らせた「沐浴用の壺(ベルガマの壺)」です。もしくは、ベルマガにあった壺をスルタンが運ばせたという説もあります。
かつては外に置かれていたこの壺には、1250リットルもの水を貯蔵することができ、イスラム教徒が祈りの前に体を清める用途で使用されていました。反対側の同じ位置にも同様の壺が置かれています。
この壺には伝説があります。かつて貧しい農夫が金貨の入った3つの壺を掘り当て、スルタン(皇帝)に献上したところ、スルタンは農夫の正直さに感心し、3つのうち1つの壷を褒美に与え、残りの2つをアヤ・ソフィアに運んだとされています。
■湿った柱
聖堂のメインエリア(内陣)の入口側を背にして左奥に、土台近くの部分だけ青銅版に覆われた「湿った柱」と呼ばれる大理石の柱があります。「湿った柱」という名前は、かつてこの下に地下水槽があり、触れると表面に湿気を感じた事に由来しています。
6世紀頃の伝承によれば、ユスティニアヌス1世が割れる様な頭痛を感じて、気分転換にこの柱に額をつけたところ、嘘の様に頭痛が引いたとされています。以来、この柱には治癒効果があると信じられ、多くの人が治癒を求めて、ユスティニアヌス1世が額をつけた場所に指で触れる様になりました。上写真中央の丸い穴がその部分になります。
現在もこの伝承は少しだけ形を変えて受け継がれており、親指を穴の中に入れて回転する様に360度ひねると願いが叶うと言われています。ここは観光客の間でも人気の見学ポイントとなっています。
■2階のギャラリー
1階から2階のギャラリーへ上がるには、拝廊(内廊)の北側から「石畳のスロープ」を登っていきます。
このスロープ」を登り切った先に「2階のギャラリー(トリフォリウム)」があります。
スローブの床は、敵の侵入を防ぐためにデコボコに造られており、やや急勾配です。
2階のギャラリーは聖堂の外壁に沿って設けられた蹄鉄形(せんてつがた)の回廊で、下の聖堂内地図の赤線の範囲(後陣の上部以外)を歩く事できます。
ギャラリーでは、壁面に描かれた貴重なモザイク画や天井の装飾などを間近で見る事ができます。
元々ここは、皇后や女官などのために確保された女性用のエリアでした。後年には、皇帝の家族の祈り場や、高位聖職者たちの会議場などとしても利用されました。
内側の柵越しに1階を見下ろす事もできるので、聖堂全体を撮影したい方には絶好の撮影スポットになります。
2階から1階を見ると下画像の様な感じです。こちらは聖堂の入口側の景観です。
皇后のロッジア
2階の中央付近(西側)に2本の大理石の柱が並ぶエリアがあります。この場所は、かつて皇后と女官が一階で行われる儀式を眺めていた事から「皇后のロッジア」と呼ばれます。
{{PD-US}} - image source by WIKIMEDIA
柱の下の中央には、皇后が立っていた場所を示す緑の円形の斑岩が置かれています。ここは下層階を見渡すには絶好の展望スポットでもあるため、下画像の様に人集りが出来ている事が多いです。
天国と地獄の門
2階ギャラリーの南側には「天国と地獄の門」と呼ばれる大理石の門があります。
かつて、最高位聖職者は厳粛な会議や重要な決議を行う際に、この「天国と地獄の門」を通って、会議の場へ向かったと言われています。中央の門の左右には扉がある様に見えますが、共に彫刻で扉風に見せているだけです。この左右の扉風の壁は、一方は天国を象徴し、もう一方は地獄を象徴していると言われ、これが門名の由来となっています。表面には「魚」や「果物」をモチーフにした彫刻が施されています。
■モザイク画
アヤソフィア内の天井や壁面には、9世紀後期〜13世紀後期にかけて製作されたキリスト教の「モザイク画」が描かれています。
全てのモザイク画は、16世紀頃の「スレイマン1世」統治時代に漆喰で塗りつぶされていましたが、1931年にアメリカの調査団によって発見され再び日の目を見ました。
当時、異教徒のシンボルは破壊するのが常でしたが、上から塗りつぶされただけに留まったのは奇跡でした。これはイスラム教が他宗教に比較的寛容であったためだと言われています。
以下、必見のモザイク画7点になります。
キリストと皇帝
皇帝の門の上、地上から高さ10mぐらいの位置に描かれているのが「キリストと皇帝」のモザイク画です。こちらは9世紀後半から10世紀前半頃に描かれたとされています。
モザイク画に関する銘文は残っていませんが、左手に福音書を持って中央に立つのは「イエス・キリスト」、左右の円の中には「聖母マリア」と「大天使ガブリエル」が描かれているのが分かります。
左手側で跪く人物に関しては諸説ありますが、皇帝「レオーン6世」であるというのが有力です。
男子に恵まれなかったレオーン6世は、4番目の妃「ゾエ・カルボノプシナ」と結婚する際に、キリストに許しを請うたとされています。これは、正教会での結婚が三度までしか許されていなかったためです。
聖母子
本モザイク画では、宝石で飾られた玉座に座る「聖母マリア」が、幼子イエスを膝に抱く姿が描かれています。
イエスの衣服にはテッセラと呼ばれる金色のタイルが使用され、マリアとイエスの頭の後ろの円は、聖なるものの証である光輪を表しています。
「聖母子」のモザイク画は天井に描かれており、後陣アーチの中央あたりで見る事ができます。本作は、9世紀頃に描かれた作品であるとされています。
大天使ガブリエル
「聖母子」のモザイク画に向かって少し右側に描かれているのがこの「大天使ガブリエル」のモザイク画です。制作時期に関しては諸説ありますが、9世紀後半頃の作品だとされています。約5mの高さがある天使の左上半分は、ご覧のとおりほぼ失われてしまっています。
天使は左手に地球儀の様なものを持っていますが、これは世界を表すと考えられています。しかし、本モザイク画が描かれた9世紀には、地球が丸いことはまだ解明されていなかったため、研究者の間でも非常に興味深い題材となっているそうです。
かつてこのモザイク画の反対側には、聖母子を挟んで「大天使ミカエル」も描かれていましたが、現在ほとんど痕跡が残っていません。
聖母子に献上する皇帝
一階の拝廊南側の扉のティンパヌム(扉上の半円部分)にはモザイク画「聖母子に献上する皇帝」が描かれています。モザイク画の中央には、宝石で飾られた玉座に座る聖母マリアと、右手で祝福を与え、左手に巻物を持つイエス・キリストの姿があります。
聖母の顔の両側のメダリオン(円形部分)にはノミナ・サクラで「ΜΗΡ(母)」「ΘΥ(神)」と記されています。参考までに「ノミナ・サクラ」とは、神の名や称号を表すギリシャ語を省略して表記したものです。
聖母子に向かって左側に立つ「ユスティニアヌス帝」は「アヤソフィアの建物」を、右側に立つ「コンスタンティヌス帝」は「コンスタンティノープルの街(現在のイスタンブール)」を聖母マリアに献上しています。
本モザイク画は、ドーム天井に描かれた「聖母子」を模写の上で、10世紀後半ごろに描かれたとされています。
キリストと女帝ゾエ夫妻
2階のギャラリー南側にある「キリストと女帝ゾエ夫妻」は、描かれた人物から11世紀頃の作品だとされています。
作中の右側には、実質的に東ローマ帝国を支配していた女帝「ゾエ」が描かれています。
ゾエは美しい美貌の持ち主としても知られていましたが、作中では明らかに若い頃の姿で描かれています。頭上の文字は、キリストに対する高い忠誠心を示しており「ゾエ、非常に敬虔(けいけん)なアウグスタ」と記されています。アウグスタとは、ローマ帝国の皇帝一門の女性に贈られる称号です。
左側に描かれているのは、11世紀の東ローマ皇帝でゾエの夫である「コンスタンティノス9世モノマコス」です。ゾエは生涯で三度結婚し、その度にモザイク画の夫の顔部分だけを描き直させていました。
頭上の文字は「ローマ王、モノマコス、神であるキリストに敬虔な皇帝」と記されており、ゾエと同じくキリストへの忠誠心を示しています。
中央に座するキリスト両側の文字「IC」と「XC」は「イエス・キリスト」を表すノミナ・サクラ(ギリシャ語の略字)です。
聖母子と皇帝家族
上でご紹介した「キリストと女帝ゾエ夫妻」のモザイク画と共に2階のギャラリー南側にある「聖母子と皇帝家族」は、1122年頃に製作されたとされています。
中央には、イエス・キリストを抱く「聖母マリア」が、ビザンティン美術の伝統的表現である紺色のガウンを着て立っています。向かって左手側では、宝石で装飾された衣服をまとう「皇帝ヨハネス2世コムネノス」が金貨の入った袋を持っています。
右手側は、儀式用の衣服を着て目録を手にする「皇后エイレーネー(イリニ)」です。
ディーシス
「ディーシス」は、2階のギャラリーの壁面に描かれているモザイク画です。ディーシスとは、ギリシャ語で「祈り」または「嘆願」を表す言葉で、審判の日に「キリスト(中央)」に罪の許しを願って懇願する洗礼者ヨハネ(右)と聖母マリア(左)の姿が描かれています。
アヤソフィアのモザイク画の中でも最高傑作と言われる本作は、ローマ・カトリックから東方正教会への復帰を果たした1261紀頃に描かれたとされています。9世紀頃のモザイク画と比較すると、明らかに顔の立体感の表現などが洗練されているのが分かります。
本作は全体的に損傷が激しく、左側の聖母マリアに関しては、顔とわずかに左肩が部分的に残るだけです。中央の「キリスト」は左手には聖書を持ち、右手で祈るものに祝福を与えています。
アヤソフィアの外観の見どころ
ビザンティン建築の最高傑作と言われる「アヤソフィア」は、やや長方形(東西77m,南北71m)のバジリカ式の大聖堂と、ドーム型の天井が合体した世界的にも珍しい構造の建物です。
アヤソフィアのドームの高さは地上から56m、直径の最も長い部分で31m、ドームの円に沿って40の窓が配置されています。
敷地内に複数ある他のドーム(画像下)は、スルタンや王子達の墓です。
大聖堂の元々の建物は360年に建立されましたが、何度か焼失を繰り返し、532年に起きた「ニカの反乱」で崩壊した後に「ユスティニアヌス1世」によって現在の姿に再建されました。設計は「アンテミウス」と「イシドロス」という二人の建築家が担当し、10,000人の労働者達がわずか5年10ヶ月という短期間で建物を完成させました。
ユスティニアヌス帝は、短期間で工事を完成されるため、作業グループを二つに分けて競わせ、より早く完了した方に報奨金を与えていたと言われています。
15世紀に入ると、オスマン帝国の支配を受け、皇帝「メフメト2世」により聖堂(教会)はジャーミィ(モスク)へと変えられてしまいます。イスラム教の礼拝時刻を知らせる「ミナレット(尖塔)」も、この時に最初の一本が木製で追加されましたが、現在は残っておりません。
現在4本あるミナレットのうち南東側(上画像の右手前側)のものだけが赤いのは、素材に赤レンガが使用されているためです。これはメフメト2世の息子「バヤズィト2世」の統治時代に木製に変わって建てられたものです。
残りの白い3本のミナレットには、石灰岩と砂岩などが建材として使用されており、2本目は1本目と同じく「バヤズィト2世」の時代に、残りの2本は「バヤズィト2世」の孫「セリム2世」の時代に建てられました。
所要時間の目安
アヤソフィアは1階のホールを見学できるほか、2階はギャラリーになっておりモザイクの肖像画などを見学する事ができます。比較的ゆっくりとアヤソフィアの1階と2階を色んな角度から写真撮影したり、天井のモザイク画をじっくり眺めながら館内を見学して1時間から1時間30分ほどで見学できると思います。
アヤソフィは見る角度によって見え方が異なるので、外観もじっくりと1周しながら、写真撮影や景観を堪能したい方は、所要2時間ぐらい時間をとってゆっくりと内部と外部を観光するのがおすすめです。
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