フェルメールの全37作品を完全解説 – 作品数、一覧、所蔵美術館
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画家・彫刻家・建築家本記事では、フェルメールの全37作品を画像付きで詳しく解説致します。

作品数、制作年、絵画サイズ、所蔵美術館など、フェルメール作品を鑑賞する上で基本となる情報が満載です。
- 1 フェルメールの作品数は何点?
- 2 フェルメールの全作品一覧 - 制作年・所蔵美術館
- 3 ① ディアナとニンフたち
- 4 ② マルタとマリア家のキリスト
- 5 ③ 聖女プラクセデス
- 6 ④ 取り持ち女
- 7 ⑤ 眠る女
- 8 ⑥ 小路
- 9 ⑦ 窓辺で手紙を読む女
- 10 ⑧ 士官と笑う女
- 11 ⑨ 牛乳を注ぐ女
- 12 ⑩ 紳士とワインを飲む女(ワイングラス)
- 13 ⑪ ワイングラスを持つ娘
- 14 ⑫ 中断された音楽の稽古(稽古の中断)
- 15 ⑬ デルフトの眺望
- 16 ⑭ リュートを調弦する女
- 17 ⑮ 天秤を持つ女
- 18 ⑯ 音楽の稽古
- 19 ⑰ 青衣の女
- 20 ⑱ 水差しを持つ女
- 21 ⑲ 真珠の首飾りの女
- 22 ⑳ 真珠の耳飾りの少女
- 23 ㉑ 手紙を書く女
- 24 ㉒ 絵画芸術
- 25 ㉓ 合奏
- 26 ㉔ 赤い帽子の女
- 27 ㉕ フルートを持つ女
- 28 ㉖ 婦人と召使い
- 29 ㉗ 少女
- 30 ㉘ 天文学者
- 31 ㉙ 地理学者
- 32 ㉚ レースを編む女
- 33 ㉛ 恋文
- 34 ㉜ ヴァージナルの前に座る若い女
- 35 ㉝ ヴァージナルの前に立つ女
- 36 ㉞手紙を書く婦人と召使い
- 37 ㉟ ギターを弾く女
- 38 ㊱ 信仰の寓意
- 39 ㊲ ヴァージナルの前に座る女
フェルメールの作品数は何点?

フェルメールの現存作品は非常に少なく、現在確認されているのは約35〜37点です。
作品数に幅があるのは、フェルメール作としての帰属について、研究者や美術館によって見解が異なる作品が存在するためです。かつては「37作品」と紹介されることも多く、2023年にアムステルダム国立美術館で開催された大規模なフェルメール展でも、37点を現存作品として扱っていました。
しかし、近年の科学調査によって作品の帰属が見直されるケースもあります。その代表例が「フルートを持つ女」です。長年フェルメール作品として紹介されてきましたが、所蔵するワシントン・ナショナル・ギャラリーは2022年、顔料や下地、筆遣いなどを詳細に分析した結果、フェルメール本人ではなく、彼の制作方法を熟知した工房関係者による作品と結論付けました。
興味深いのは、作者がフェルメール特有の顔料や制作工程まで理解していたことです。この発見によって、それまで孤独に制作していたと考えられることの多かったフェルメールの周囲に、弟子や助手、家族など制作方法を間近で学んだ人物がいた可能性まで浮上しています。ただし、その人物が誰だったのかは現在も分かっていません。
一方、同じく真作性について議論されてきた「赤い帽子の女」は、最新の科学調査を経た現在もワシントン・ナショナル・ギャラリーがフェルメールの真作として認定しています。「フルートを持つ女」とは構図や大きさがよく似ていますが、絵具の扱いや筆遣いには明確な技量の差が確認されています。
また、初期の宗教画「聖女プラクセデス」についても、フェルメールへの帰属をめぐって研究者の意見が分かれてきました。この作品をフェルメール作品に含めるかどうかなどによっても、現存作品の総数は変わってきます。
このため、「フェルメールの作品は全部で何点か」という問いに、世界共通の完全に確定した答えがあるわけではありません。本記事では、フェルメール作品として長く紹介されてきた作品や、現在も帰属について議論が続く作品を含めて紹介しています。
なお、作品の帰属は今後も変わる可能性があります。近年はX線や赤外線撮影だけでなく、顔料の成分分析や絵具の層を調べる高度な科学調査が進んでおり、数百年前の作品でも新たな制作過程や作者の手がかりが発見されています。作品数そのものが研究対象になっている点も、フェルメールの面白さの一つです。
フェルメールの全作品一覧 - 制作年・所蔵美術館
フェルメールの各作品については、次項より詳しく解説していきますが、まずは一覧表で作品名や制作年、サイズ、現在の所蔵先などをご覧ください。本記事では、フェルメール作品として広く紹介されてきた37作品を、推定される制作年の古い順に掲載しています。
なお、フェルメールの現存作品数については、研究者や美術館によって見解が異なります。特に「フルートを持つ女」は、2022年に所蔵元のワシントン・ナショナル・ギャラリーが科学調査の結果、フェルメール本人ではなく、彼の制作方法を熟知した工房関係者による作品と判断しています。そのため、現在ではフェルメールの真作に含めない数え方も一般的です。
以下、画像をクリック(タップ)すると拡大し、作品名をクリックすると同ページ内の作品解説部分に移動します。
| 作品名 | 制作年 | サイズ | 種類 | 所蔵 |
|---|---|---|---|---|
ディアナとニンフたち | 1653-54年頃 | 97.8 × 104.6cm | カンヴァス、油彩 | マウリッツハイス美術館 |
マルタとマリア家のキリスト | 1654-55年頃 | 158.5 × 141.5cm | カンヴァス、油彩 | スコットランド国立美術館 |
聖女プラクセデス | 1655年 | 101.6 × 82.6cm | カンヴァス、油彩 | くふうカンパニー所蔵(国立西洋美術館に寄託) |
取り持ち女 | 1656年 | 143 × 130cm | カンヴァス、油彩 | アルテ・マイスター絵画館 |
眠る女 | 1656-57年頃 | 87.6 × 76.5cm | カンヴァス、油彩 | メトロポリタン美術館 |
士官と笑う女 | 1657年頃 | 50.5 × 46cm | カンヴァス、油彩 | フリック・コレクション |
窓辺で手紙を読む女 | 1657-59年頃 | 83 × 64.5cm | カンヴァス、油彩 | アルテ・マイスター絵画館 |
小路 | 1658年頃 | 54.3 × 44cm | カンヴァス、油彩 | アムステルダム国立美術館 |
中断された音楽の稽古 | 1658-59年頃 | 39.3 × 44.4cm | カンヴァス、油彩 | フリック・コレクション |
ワイングラス(紳士とワインを飲む女) | 1658-60年頃 | 67.7 × 79.6cm | カンヴァス、油彩 | ベルリン絵画館 |
ワイングラスを持つ娘 | 1659-60年頃 | 77.5 × 66.7cm | カンヴァス、油彩 | アントン・ウルリッヒ公爵美術館 |
牛乳を注ぐ女 | 1660年頃 | 45.5 × 41cm | カンヴァス、油彩 | アムステルダム国立美術館 |
デルフトの眺望 | 1660-61年頃 | 96.5 × 115.7cm | カンヴァス、油彩 | マウリッツハイス美術館 |
水差しを持つ女 | 1662年頃 | 45.7 × 40.6cm | カンヴァス、油彩 | メトロポリタン美術館 |
リュートを調弦する女 | 1662-63年頃 | 51.4 × 45.7cm | カンヴァス、油彩 | メトロポリタン美術館 |
音楽の稽古 | 1662-65年頃 | 73.3 × 64.5cm | カンヴァス、油彩 | ロイヤル・コレクション |
青衣の女 | 1663年頃 | 46.5 × 39cm | カンヴァス、油彩 | アムステルダム国立美術館 |
真珠の首飾りの女 | 1663-65年頃 | 56.1 × 47.4cm | カンヴァス、油彩 | ベルリン絵画館 |
天秤を持つ女 | 1664年頃 | 42.5 × 38cm | カンヴァス、油彩 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
婦人と召使い | 1664-67年頃 | 90.2 × 78.7cm | カンヴァス、油彩 | フリック・コレクション |
真珠の耳飾りの少女 | 1665年頃 | 44.5 × 39cm | カンヴァス、油彩 | マウリッツハイス美術館 |
手紙を書く女 | 1665年頃 | 45 × 39.9cm | カンヴァス、油彩 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
合奏 | 1665-66年頃 | 72.5 × 64.7cm | カンヴァス、油彩 | イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館 ※1990年に盗難、現在も所在不明 |
少女 | 1665-67年頃 | 44.5 × 40cm | カンヴァス、油彩 | メトロポリタン美術館 |
絵画芸術 | 1666-68年頃 | 120 × 100cm | カンヴァス、油彩 | ウィーン美術史美術館 |
天文学者 | 1668年 | 51 × 45cm | カンヴァス、油彩 | ルーブル美術館 |
地理学者 | 1669年 | 51.6 × 45.4cm | カンヴァス、油彩 | シュテーデル美術館 |
赤い帽子の女 | 1669年頃 | 23.2 × 18.1cm | 板、油彩 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
レースを編む女 | 1669-70年頃 | 24 × 21cm | カンヴァス、油彩 | ルーブル美術館 |
恋文 | 1669-70年頃 | 44 × 38.5cm | カンヴァス、油彩 | アムステルダム国立美術館 |
フルートを持つ女 | 1669-75年頃 | 20 × 17.8cm | 板、油彩 ※現在はフェルメール工房作とされる | ワシントン・ナショナル・ギャラリー |
手紙を書く婦人と召使い | 1670年頃 | 71.1 × 60.5cm | カンヴァス、油彩 | アイルランド国立美術館 |
ヴァージナルの前に立つ女 | 1670-72年頃 | 51.7 × 45.2cm | カンヴァス、油彩 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー |
ヴァージナルの前に座る女 | 1670-72年頃 | 51.5 × 45.5cm | カンヴァス、油彩 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー |
信仰の寓意 | 1670-72年頃 | 114.3 × 88.9cm | カンヴァス、油彩 | メトロポリタン美術館 |
ギターを弾く女 | 1670-72年頃 | 51.4 × 45.1cm | カンヴァス、油彩 | ケンウッド・ハウス |
ヴァージナルの前に座る若い女 | 1670-75年頃 | 25.5 × 20.1cm | カンヴァス、油彩 | ライデン・コレクション(個人蔵) |
フェルメール自身が絵画内に制作年を記した作品はごくわずかです。そのため、多くの作品の制作年は、作風や使用された画材、他作品との関連性などから推定されており、美術館や研究者によって数年前後の違いがあります。
また、近年はX線や赤外線撮影、顔料分析などの科学調査によって、制作年代や作者の帰属が見直されるケースもあります。例えば「赤い帽子の女」は近年の研究を受けて制作年が1669年頃とされる一方、「フルートを持つ女」は、現在ではフェルメール本人ではなく工房関係者による作品と判断されています。
このため、本記事では各作品を所蔵する美術館や研究機関の最新情報を優先して制作年・サイズ・帰属を掲載していますが、今後の研究によって年代や作品数が変更される可能性があります。
① ディアナとニンフたち
{{PD-US}} - image source by WIKIMEDIA
「ディアナとニンフたち」は、フェルメールが画家としての活動初期に描いた数少ない神話を題材とする作品です。後年のフェルメールを代表する室内画とは異なり、大きな人物像を中心に描いている点も特徴です。
画面中央に座るのは、ローマ神話に登場する月と狩りの女神「ディアナ」です。頭に付けた三日月がディアナを示す象徴で、その周囲には4人のニンフが描かれています。手前では1人のニンフがひざまずき、ディアナの足を洗っています。
本作はかつて、レンブラントの弟子「ニコラース・マース」の作品と考えられていました。しかし1885年の修復で、マースを示す「N.M.」のモノグラムが偽造されたものと判明し、その下からフェルメールの署名「J VMeer」が発見されました。
さらに1999〜2000年の修復・調査では、画面右上に描かれていた青空に、フェルメールの時代には存在しなかった顔料が使用されていることが判明。青空は後世に加筆されたものと判断されました。
その下に残る本来の暗い絵具層は復元できなかったため、修復では青空の上を薄い暗褐色の絵具で覆っています。これによって現在は、月明かりの中でディアナとニンフたちが静かに休息する、本来の意図に近い雰囲気を鑑賞できます。
② マルタとマリア家のキリスト
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フェルメールが初期に手掛けた「マルタとマリア家のキリスト」は、縦158.5cm × 横141.5cmの大作で、現存するフェルメール作品の中で最も大きな絵画です。また、フェルメールの現存作品では唯一、聖書の物語を題材としています。
本作の題材は、新約聖書「ルカによる福音書」に記されたイエス・キリストと姉妹マルタ、マリアの物語です。画面右側に腰掛ける「イエス・キリスト」、中央に「マルタ」、左下に座ってイエスの話に耳を傾ける「マリア」が描かれています。
家事やもてなしに追われるマルタは、イエスの話を聞いている妹マリアが手伝わないことへの不満を口にします。しかしイエスは、自分の教えに耳を傾けるマリアの選択を評価し、物質的な営みよりも精神的なものの大切さを説いています。
後年のフェルメールを代表する静かな室内画とは作風が大きく異なり、人物を大きく描いた構図や強い光と影、幅広い筆遣いが特徴です。こうした表現には、カラヴァッジョの影響を受けたユトレヒトの画家たちからの影響が指摘されています。
なお、本作がフェルメールの作品であることが広く認識されるようになったのは20世紀初頭のことです。1901年の洗浄によってフェルメールの署名が発見され、初期作品の一つとして研究されるようになりました。
③ 聖女プラクセデス

「聖女プラクセデス」は、古代ローマのキリスト教聖女を描いた宗教画で、フェルメールの最初期の作品と考えられている一作です。17世紀イタリアの画家「フェリーチェ・フィケレッリ」が描いた同主題の作品をもとに制作されたとされています。
画面には、殉教したキリスト教徒の血を集める聖女プラクセデスの姿が描かれています。聖女は血を含んだスポンジを絞り、その血を器へと流し込んでいます。
本作には「Meer 1655」と読める署名と年記があり、1980年代以降、フェルメール作品である可能性が本格的に研究されるようになりました。また絵具の科学調査では、オランダで制作された可能性を支持する結果も得られています。
一方で、典型的なフェルメール作品とは作風が大きく異なることなどから、作者については現在も議論が残っています。国立西洋美術館でも「ヨハネス・フェルメールに帰属」という表記で紹介されています。
本作は2014年にロンドンのクリスティーズで競売にかけられ、現在はKufu Company Inc.が所蔵。国立西洋美術館に寄託され、常設展示作品の一つとして公開されています。
④ 取り持ち女
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「取り持ち女」は、それまで宗教画や神話画などを描いていたフェルメールが、後に代表的なジャンルとなる風俗画へと向かう転機となった作品です。
後年の作品につながる鮮やかな色彩や、人物や物を巧みに配置した構図なども見られ、フェルメールが独自の画風を確立していく過程を知る上でも重要な一作です。
画面では、黄色い服を着た若い女性に赤い服の男性が硬貨を手渡し、その背後から黒い服の女性が取引の様子を見守っています。この女性が、作品名にもなっている「取り持ち女」です。
左端には、酒の入ったグラスを手にしてこちらを向く男性が描かれています。この人物については、フェルメール自身を描いた自画像ではないかという説がありますが、確定はしていません。
⑤ 眠る女
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「眠る女」は、「取り持ち女」に続くフェルメール初期の風俗画の一つです。後年の作品ほど洗練された画風には至っていないものの、光や色彩、室内空間の表現に対するフェルメールの関心がすでに表れています。
画面には、テーブルに頬杖をついて眠る若い女性が描かれています。そばにはワインの入ったグラスやデキャンターが置かれており、女性が酒を飲んだ後に眠り込んだ場面とも解釈されています。
X線調査によって、フェルメールは当初、奥の戸口に男性の姿を描いていたことが判明しています。しかし制作途中でこの人物を塗りつぶし、現在のように誰もいない奥の部屋へと変更しました。
男性像を残していれば、女性とその人物との関係を想像させる物語性の強い作品になっていた可能性があります。一方で人物を消したことで、女性がなぜ眠っているのかは曖昧になり、見る者に解釈を委ねる構成となりました。
こうした変更からも、物語を直接説明する表現から、静かな室内の光や空間、人物の心理を想像させるフェルメール独自の作風へ移っていく過程を感じ取れる作品です。
⑥ 小路
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「小路」は、「デルフトの眺望」と並ぶフェルメールに現存するわずか2点の屋外風景画の一つです。華やかな名所ではなく、ごく普通の住宅とそこで暮らす人々の日常を静かに描いています。
かつては描かれた場所についてさまざまな説がありましたが、現在アムステルダム国立美術館では、デルフトのフラーミング通り40〜42番地を描いたものとしています。右側の家には、フェルメールの叔母「アリアエントヘン・クラース」が1645年頃から1670年まで暮らしていました。
画面右の開いた戸口には裁縫をする女性、中央の細い路地には洗濯桶にかがむ女性が描かれています。さらに家の前では2人の子供が遊んでおり、人物を小さく配置することで静かな街並みに生活感と奥行きを与えています。
レンガの壁やひび割れ、白い漆喰などは細部まで丁寧に表現されており、古びた建物の質感が伝わってきます。一方で、明るい空と暗い家屋を対比させることで、落ち着いた街角に独特の光と空間の広がりを生み出しています。
近年の科学調査では、フェルメールが当初、右側の家の扉を閉じた状態で描いていたことも判明しています。その後、扉を開き、人物や玄関前で遊ぶ子供たちなどを加えることで、より生活の気配を感じさせる構図へと変更したと考えられています。
⑦ 窓辺で手紙を読む女
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「窓辺で手紙を読む女」は、窓から差し込む柔らかな光や室内で手紙を読む女性など、後のフェルメールを象徴する画風が確立されていく時期の傑作です。
画面では、開かれた窓のそばに立つ女性が、両手で手紙を持って読みふけっています。女性の横顔は窓ガラスにも映り込み、手前には鑑賞者と女性を隔てるようにカーテンが描かれています。まるでカーテン越しに静かな私生活の一場面を覗いているような構図も本作の見どころです。
そして現在の作品で強烈な存在感を放っているのが、女性の背後に描かれた「キューピッド(愛の神)」の画中画です。キューピッドの存在によって、女性が読んでいる手紙が恋愛に関係する内容であることを強く暗示しています。
このキューピッドは長い間、白い壁の下に隠されていました。1979年のX線調査によって存在が確認されましたが、当初はフェルメール自身が制作途中で塗りつぶしたものと考えられていました。
ところが、その後の調査によって上塗りと元の絵具層の間に汚れの層が存在することが判明。フェルメールの死後、別の人物によってキューピッドが塗りつぶされたことが明らかになり、2019年にこの研究結果が発表されました。
大規模な修復を経てキューピッドは再び姿を現し、2021年から本来の構図に近い状態で公開されています。以前の「何もない白い壁」の状態と現在の姿では作品の印象が大きく異なり、修復前後の画像を見比べてから鑑賞すると、作品の変化をより楽しめます。
⑧ 士官と笑う女
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「士官と笑う女」は、窓から差し込む光の中に人物を配置した、フェルメールの成熟した画風が形づくられていく時期の代表作です。向かい合って会話を楽しむ男女という、17世紀オランダ絵画で人気のあった題材が描かれています。
画面奥では、明るい光を浴びた若い女性がワイングラスを手に笑顔を見せています。その一方で、手前の士官は背中を向けたまま大きく描かれており、2人の人物のサイズには驚くほど大きな差があります。
これは実際に士官が巨大なのではなく、手前の人物を大きく描くことで遠近感を強調したものです。暗い士官のシルエットと、光に照らされた女性を対比させることで、小さな室内に強い奥行きが生まれています。
女性の屈託のない笑顔も本作の大きな見どころです。フェルメール作品では人物が静かな表情を見せることが多いため、これほどはっきりと笑顔を見せる人物は印象的です。2人が恋人なのか、求愛の最中なのかについては明確に示されておらず、見る側の想像に委ねられています。
鑑賞する際は、2人の表情だけでなく、背後に描かれた「オランダと西フリースラントの地図」にも注目です。この地図や椅子はフェルメールの別作品にも登場し、彼が同じ室内のモチーフを繰り返し利用していたことが分かります。
特に面白いのは、作品自体は約50cm四方とそれほど大きくないのに、士官を大胆に手前へ配置することで実際以上に広い室内空間を感じさせる点です。フェルメールの巧みな遠近表現が分かりやすい作品の一つです。
⑨ 牛乳を注ぐ女

「牛乳を注ぐ女」は、フェルメールを代表する作品の一つです。2018年から2019年に東京と大阪で開催された「フェルメール展」にも出品され、日本でも高い知名度を誇ります。
画面には、窓から柔らかな光が差し込む室内で、若い女性が器へ静かに牛乳を注ぐ姿が描かれています。日常の何気ない作業を描いた作品ですが、女性の堂々とした存在感と、時間が止まったような静けさが印象的です。
鑑賞する際にぜひ注目したいのが、テーブルの上に置かれたパンです。表面には細かな光の点が重ねられ、窓から入った光がパンや籠に反射する様子が表現されています。また、女性の黄色い衣服と鮮やかな青いエプロンの対比も、本作を印象づける大きなポイントです。
さらに面白いのが、女性の右腕付近に残されている小さな「ピンの跡」です。フェルメールはここを消失点として遠近法を組み立てており、鑑賞者が女性をわずかに見上げるような構図にすることで、画面の中で女性を実際以上に堂々と見せています。
近年の科学調査では、現在のシンプルな白い壁が当初からこの姿だったわけではないことも判明しています。フェルメールは最初、女性の背後に複数の水差しを掛ける棚を描こうとしており、右下には「火籠」も配置していました。
しかし制作途中でこれらを自ら消し、壁を何もない空間に変更。右下の火籠も消して、現在見られるデルフト焼のタイルや足温器などに置き換えました。余計な要素を取り除いたことで視線が女性と牛乳を注ぐ動作に集中し、現在の静かで完成度の高い構図が生まれています。
テーブルに置かれた大量のパンから、女性が作っているのは固くなったパンを牛乳に浸して作る「ブレッドプディング」ではないかとも考えられています。作品を見る際は、流れ落ちる牛乳だけでなく、パンに反射する光、壁の余白、女性の存在感まで意識すると、フェルメールの構図の巧みさがより分かりやすくなります。
⑩ 紳士とワインを飲む女(ワイングラス)
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「ワイングラス(紳士とワインを飲む女)」は、窓から差し込む光の中で、若い女性がワインを飲み、その傍らに男性が立つ場面を描いた作品です。一見すると優雅な男女のひとときですが、恋愛と「節制への警告」という二つの意味が巧みに盛り込まれています。
女性はグラスを傾けてワインを飲み干そうとしており、男性はワインの水差しを手に、すぐにでも次の一杯を注げるよう待っています。興味深いのは、男性自身のグラスが描かれていないこと。女性だけに酒を勧めているようにも見え、男性の目的を想像させる少し危うい場面になっています。
テーブルと椅子には楽譜と弦楽器「シターン」が置かれています。17世紀のオランダ絵画では、男女が共に音楽を奏でる場面は恋愛や調和と結びつけて表現されることが多く、本作でも2人の親密な関係を暗示するモチーフと考えられています。
鑑賞する際にぜひ注目したいのが、左側のステンドグラスです。そこには「馬具の手綱」と「直角定規」を持つ女性の寓意像が描かれており、これは自らの感情や欲望を抑える「節制」を象徴しています。
つまり画面では、男性が女性にワインを勧めているすぐ隣で、ステンドグラスが「節度を保て」と警告していることになります。男女の楽しげな時間を描いているだけに見えて、背景の小さなモチーフによって正反対のメッセージを忍ばせている点が本作の面白さです。
さらに、女性が飲み干そうとしているワイングラス越しに顔がほとんど見えない点にも注目です。男性の表情もはっきりとは読み取れないため、2人が恋人なのか、男性が女性を誘惑しているのか、酒を飲んだ先に何が起こるのかは明確にされていません。物語の結末を描かず、見る側に想像させるのもフェルメールらしいところです。
また、窓、テーブル、人物、奥の壁へと視線を移していくと、小さな室内にもかかわらず意外なほど奥行きを感じられます。作品を見る際は男女だけでなく、「ワイン」「音楽」「節制」の3つのモチーフを探しながら見ると、本作に込められた意味がぐっと分かりやすくなります。
⑪ ワイングラスを持つ娘
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「ワイングラスを持つ娘」は、鮮やかな赤い衣服を着た若い女性を中心に、2人の男性を描いた風俗画です。一見すると男女がワインを楽しむ華やかな場面ですが、3人の関係をはっきりと説明しない謎めいた構成が、本作の大きな魅力となっています。
中央の女性はワイングラスを手にしながら、こちらへ笑顔を向けています。その隣では男性が女性の手を取るような仕草を見せる一方、奥には頬杖をつき、物思いに沈むようなもう1人の男性が描かれています。
3人はどのような関係なのか。女性に近づく男性と、それを離れた場所から眺める男性という配置からは、恋愛をめぐる駆け引きや三角関係まで想像できます。しかしフェルメールは物語の答えを示しておらず、鑑賞者自身が人物の関係を想像できる余白を残しています。
ここでぜひ注目したいのが、左側のステンドグラスです。そこには馬具の「手綱」を持つ女性の寓意像が描かれており、これは自らの欲望を抑える「節制」を象徴しています。
つまり、ワインを手にした女性と彼女に近づく男性のすぐそばで、「節度を保つように」と警告する存在が見守っていることになります。華やかな男女の場面と道徳的なメッセージを同じ画面に置くことで、単純な恋愛場面では終わらない奥行きを生み出しています。
本作は、少し前に描かれた「ワイングラス(紳士とワインを飲む女)」と、ステンドグラスやワイン、男女の組み合わせなど多くのモチーフが共通しています。一方、本作では女性が画面の中ではなく、こちら側の鑑賞者へ視線を向けている点が大きく異なります。
実際に鑑賞するなら、まず女性の視線を見た後に、隣の男性、奥で頬杖をつく男性、最後にステンドグラスへと視線を移してみると面白い作品です。3人の表情と「節制」の寓意を結びつけることで、フェルメールが答えを描かなかった物語を自分なりに想像できます。
⑫ 中断された音楽の稽古(稽古の中断)
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「中断された音楽の稽古」は、音楽を楽しんでいた男女がふと手を止めた瞬間を描いた作品です。男性は楽譜を手に女性へ身を寄せる一方、女性はこちら側へ視線を向けており、まるで鑑賞者の存在に気づいて音楽を中断したようにも見える構図になっています。
17世紀のオランダ絵画において、男女が一緒に音楽を奏でる場面は恋愛や求愛と深く結びついたテーマでした。本作でも、2人の距離の近さや男性が女性へ差し出す楽譜などから、単なる音楽のレッスン以上の関係を想像させます。
その意味を読み解く大きなヒントが、2人の背後にぼんやりと見える「キューピッド」の画中画です。このキューピッドは片腕を上げた姿で描かれ、一人の恋人への誠実さを象徴する図像とされています。
つまり、音楽という恋愛を連想させるテーマに加えて、背後のキューピッドによって男女の親密な関係がさらに強く暗示されているわけです。ただし、フェルメールは2人が恋人であるとは明示しておらず、音楽が止まった理由も、2人の関係も鑑賞者の想像に委ねています。
鑑賞する際は、女性の視線にも注目です。男性ではなく画面の外へ向けられた視線によって、私たち自身が突然この部屋へ入り込み、2人の時間を邪魔してしまったような感覚が生まれます。作品名の「中断された」という言葉を意識して見ると、この構図の面白さがより分かりやすくなります。
さらに背後のキューピッドは非常に薄く、意識して探さなければ見落としてしまうほどです。女性の視線 → 男女の距離 → 楽譜 → 背後のキューピッドの順に見ていくと、何気ない室内画の中に恋愛を示唆するモチーフが重ねられていることに気づきます。
⑬ デルフトの眺望
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デルフトの眺望は、室内画が中心であるフェルメールが2作だけ描いた風景画の一つです。
本作は、ゴッホをはじめ多くの画家たちに強い影響を与えており、数あるオランダ風景画の中でも傑作に数えられています。描かれている景色は、作者自身の故郷である オランダ南西部の小都市「デルフト」です。
⑭ リュートを調弦する女
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「リュートを調弦する女」は、窓辺に座る若い女性がリュートを手にしながら、何かを待つように窓の外へ視線を向ける作品です。フェルメールらしい静かな室内画ですが、これから誰かがやって来ることを予感させるような構成になっています。
女性の手元にあるリュートだけでなく、テーブルには開かれた楽譜、床にはもう一つの弦楽器「ヴィオラ・ダ・ガンバ」が置かれています。メトロポリタン美術館では、これらのモチーフから、女性がこれから誰かと二重奏をする準備をしている場面と解釈しています。
17世紀のオランダでは、裕福な若者が教養として音楽を学び、男女が一緒に演奏することは交流や恋愛のきっかけにもなりました。そのため本作も、単に楽器を調整する女性ではなく、これから訪れる相手を待つ恋愛的な場面として見ることができます。
さらに「楽器を調弦する」という行為自体も見逃せません。当時の絵画では、楽器の音を正しく整える行為が「調和」や「節制」を連想させるモチーフとして使われることがあり、本作にもそうした意味が込められている可能性があります。
女性の背後を大きく占めるヨーロッパ地図も印象的です。これは必ずしも「航海に出た恋人」を意味するものではなく、当時のオランダ家庭で見られた室内装飾の一つ。海洋貿易や地図製作で繁栄していた17世紀オランダの社会を感じさせるモチーフでもあります。
本作は現在、手前部分を中心に絵具の摩耗や経年による暗色化が進んでいます。そのため、床に置かれたヴィオラ・ダ・ガンバなどは少し判別しにくくなっていますが、制作当時は現在よりも空間の奥行きや細部が明瞭に見えていたと考えられます。
鑑賞する際は、女性だけを見るのではなく、「女性の視線 → リュート → 開かれた楽譜 → 床のヴィオラ・ダ・ガンバ」と追ってみるのがおすすめです。女性の視線の先にこれから訪れる演奏相手がいると想像すると、静止した室内に「この後、何かが始まる」という時間の流れが感じられます。
また、窓・女性・地図という四角形が重なる構図にも注目です。同時期の「水差しを持つ女」などにも見られる構成で、フェルメールが人物と室内空間の配置を洗練させていった時期の作品であることが分かります。
⑮ 天秤を持つ女
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「天秤を持つ女」は、フェルメールの作品の中でも特に象徴的な意味が込められた傑作です。一見すると女性が静かに天秤を手にしているだけですが、テーブルに置かれた宝飾品、背後の「最後の審判」、壁に掛けられた鏡などを読み解いていくと、作品の奥にあるテーマが見えてきます。
まず注目したいのが、女性の手にした天秤です。テーブルには真珠や金の鎖などが置かれているため、それらを量っているように見えますが、実際には天秤の皿には何も載っていません。かつて本作が「真珠を量る女」「金を量る女」などと呼ばれていたのも、このためです。
その意味を考える大きな手がかりが、女性の背後に掛けられた「最後の審判」の画中画です。キリストが人間を裁き、救済される者と地獄へ落ちる者が分けられる場面が描かれており、「裁くこと」と「量ること」が画面の中で重ね合わされています。
さらに絶妙なのが女性の立ち位置です。女性の頭部は、背後の「最後の審判」において魂を量る大天使ミカエルが伝統的に描かれる位置と重なるよう配置されています。偶然ではなく、フェルメールが女性と「審判」を視覚的に結びつけた構図と考えられています。
ただし、女性自身が人間の魂を量っていると単純に解釈する必要はありません。現在では、背後にある永遠の「最後の審判」と、手前に置かれた真珠や金などの「現世の富」の間に女性を立たせることで、自らの行いや人生を見つめ、節度と均衡を保つことの大切さを表現した作品とも解釈されています。
ここでもう一つ、見落としやすいのが画面左側の壁に掛けられた「鏡」です。当時の寓意表現において鏡は「自己認識」と結びつくモチーフでもあり、自分自身を見つめるという意味でも、天秤や「最後の審判」とつながっています。
鑑賞する際は、「真珠と金 → 空の天秤 → 女性 → 最後の審判 → 鏡」の順番で見ていくと面白い作品です。現世の富、人生の均衡、死後の審判、そして自分自身を見つめること。それぞれのモチーフが静かな室内でつながっていることに気づきます。
また、女性の右手付近は、この作品の遠近法における消失点にもなっています。フェルメールは天秤を持つ小さな手の動きを構図の中心に据え、周囲の人物や画中画を巧みに配置しました。天秤そのものだけでなく、画面全体が絶妙な「バランス」で成立しているところも、本作ならではの見どころです。
⑯ 音楽の稽古
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「音楽の稽古」は、鍵盤楽器「ヴァージナル」を演奏する女性と、そのそばに立つ男性を描いた作品です。フェルメールが得意とした室内画の中でも、遠近法を駆使した奥行きのある空間と、男女の関係を想像させる仕掛けが印象的な一作です。
女性はこちらに背を向けてヴァージナルの前に立っていますが、正面の鏡を見ると、その顔だけがこちら側に見えています。視線の先には男性がいるようにも見え、楽器を演奏しながら鏡越しに男性を意識しているとも解釈できます。
17世紀のオランダ絵画では、男女が一緒に音楽を楽しむ場面は恋愛や調和と結びつくことが多く、本作も単なる音楽のレッスンを描いた作品とは限りません。フェルメールは2人の関係を明示せず、見る側にその物語を想像させています。
さらにヴァージナルには、ラテン語で「音楽は喜びの伴侶、悲しみの薬」という意味の言葉が記されています。単なる楽器ではなく、音楽そのものが作品の重要なテーマであることを示す、小さいながらも見逃せないポイントです。
本作で特に注目したいのが、フェルメールの緻密な遠近表現です。床に並ぶ白黒のタイル、テーブル、椅子、ヴァージナルなどの線を奥へたどっていくと、自然と女性のいる場所へ視線が導かれます。小さな室内とは思えないほど深い空間を感じられるのは、この計算された構図によるものです。
しかも床のタイルは、実際の部屋をそのまま再現したとは限りません。フェルメールは奥行きを強調するため、こうした幾何学的な床を作品の中で効果的に利用しており、鑑賞者から女性までの距離を視覚的に感じさせています。
右側に一部だけ見えている画中画も見どころです。描かれているのは、古代ローマの逸話を題材とする「キモンとペロ」と考えられています。この主題の絵画は、フェルメールが暮らしていた家の財産目録にも記録されており、実際に身近にあった絵画を作品へ取り入れた可能性があります。
鑑賞する際は、まず男女を見るだけでなく、「床のタイル → 女性 → 鏡に映った顔 → 男性 → ヴァージナルの文字」という順番で追ってみるのがおすすめです。遠近法によって女性へ導かれた視線が、鏡を介して再び男性との関係へ向かうという、フェルメールらしい仕掛けを楽しめます。
一見すると静かな音楽のレッスンですが、実際には遠近法、鏡、音楽、男女の視線などが緻密に組み合わされています。「何を演奏しているのか」よりも「2人の間に何があるのか」を想像しながら見ると、本作の面白さがより伝わってきます。
⑰ 青衣の女
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「青衣の女」は、静かな室内で一人の女性が手紙を読む姿を描いた、フェルメールを代表する作品の一つです。窓そのものは描かれていませんが、左側から差し込む朝の光によって、誰にも邪魔されず手紙を読む女性の私的な時間が表現されています。
まず目を引くのが、女性が身につけている鮮やかな青い上着です。この青には、現在のアフガニスタンなどで産出された鉱物「ラピスラズリ」を原料とする高価な顔料「ウルトラマリン」が使われています。
しかし、青いのは女性の衣服だけではありません。よく見ると、壁に落ちる影や地図を支える棒、椅子などにも微妙に異なる青が使われています。作品全体に青を散りばめることで、画面に統一感を生み出しているのがフェルメールの巧みなところです。
2010年〜2011年に行われた大規模な修復では、古く変色したニスなどが取り除かれ、本来の色彩や構図の明瞭さが取り戻されました。現在見られる鮮やかな青と落ち着いた黄土色の美しい組み合わせも、この修復によって再び際立つようになっています。
そして本作最大の謎が、女性が読んでいる手紙の内容です。フェルメールは何が書かれているのかを明らかにしていませんが、17世紀のオランダ絵画では手紙は恋愛と結びつくことが多く、離れた場所にいる恋人から届いた手紙を読んでいるとも解釈されています。
その想像を膨らませるのが、女性の背後に大きく描かれた「オランダと西フリースラントの地図」です。これは1620年に出版された地図をもとにしたもので、フェルメールは「士官と笑う女」でも同じ地図を描いています。
地図は単なる室内装飾であると同時に、閉ざされた部屋の中へ「外の世界」を持ち込む役割も果たしています。手紙もまた遠く離れた人物と女性をつなぐ存在であり、「地図」と「手紙」という2つのモチーフが、画面の外にいる誰かを想像させます。
鑑賞する際は、女性の青い服だけでなく、壁の影に使われた淡い青にも注目してみてください。通常なら灰色や茶色で描きそうな影にも青を使うことで、室内全体が柔らかな光に包まれているように見えます。
また、女性のお腹がふっくらして見えることから「妊婦を描いた作品」と紹介されることもありますが、これは確定していません。当時の衣服の形やフェルメールの人物表現による可能性もあり、手紙の相手や女性の状況について答えを決めつけずに想像できるのも、本作の面白さです。
実際に見るなら、最初に鮮やかな青い上着へ目が行った後、壁の青い影、地図、そして女性が手にする小さな手紙へと視線を移してみるのがおすすめです。「青」「手紙」「地図」という3つの要素を意識すると、静かな室内と画面の外に広がる世界との対比がより分かりやすくなります。
⑱ 水差しを持つ女
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「水差しを持つ女」は、窓辺に立つ女性が右手を窓へ伸ばし、左手で水差しを持つ日常の一瞬を描いた作品です。大きな出来事は何も起きていませんが、室内を満たす柔らかな光そのものが主役とも言える、フェルメール成熟期の代表的な一作です。
女性の前には銀色に輝く水差しと水盤が置かれています。水差しと水盤は17世紀の絵画において「純潔」を象徴する伝統的なモチーフでもあり、白い頭巾を身につけた女性の清楚な姿とともに、作品全体に穏やかで清らかな印象を与えています。
また、女性が頭と肩にまとっている白い布は、朝の身支度の際に衣服や髪を守るために使われたものです。つまり本作は、女性が外へ出る前に朝の身支度をしている私的な時間を切り取った場面とも考えられています。
鑑賞する際にぜひ注目したいのが、白い頭巾です。一見すると単純な白色に見えますが、窓から入る光を受けた部分、影になる部分、周囲の色を反射する部分が微妙に描き分けられています。特に窓側には青みを帯びた光が入り、白い布だけでも光の変化を感じ取れるほど繊細です。
水差しにも同じような仕掛けがあります。表面を細かく描き込むのではなく、光が当たる場所に小さな白い点やハイライトを置くことで、金属が一瞬きらめいたように見せています。少し離れて見ると、それらの小さな絵具の跡が自然な光へ変わって見えるのが面白いところです。
さらに壁にはヨーロッパの地図、テーブルには当時高価だったトルコ産の絨毯が描かれています。静かな室内で朝の身支度をする女性とは対照的に、地図や輸入品は部屋の外に広がる大きな世界を感じさせます。
構図にもフェルメールらしい工夫があります。手前を家具で大きく塞がず、椅子やテーブルを少し奥へ配置することで、鑑賞者の視線が自然と室内へ入り込み、女性のいる場所まで届くようになっています。
実際に鑑賞するなら、まず女性の表情を見るよりも、「窓 → 白い頭巾 → 水差し → 壁に広がる淡い光」と視線を動かしてみるのがおすすめです。同じ窓から入った光が、布、金属、壁という異なる素材の上でまったく違って見えることに気づきます。
フェルメール作品の中でも物語性は控えめですが、その分、光や色、素材の質感を純粋に楽しめる作品です。「何をしている女性なのか」より「光がどのように部屋を変えているのか」に注目すると、本作の魅力がより分かりやすくなります。
⑲ 真珠の首飾りの女
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「真珠の首飾りの女」は、窓辺に立つ若い女性が鏡を見ながら、真珠の首飾りを身につけようとする瞬間を描いた作品です。大きな動きのない静かな場面ですが、窓から差し込む光、女性、鏡、真珠という限られた要素だけで、一瞬の美しさを際立たせています。
女性は黄色いリボンの両端を持ち、真珠の首飾りを首元へ合わせながら、正面の壁に掛けられた小さな鏡を見つめています。窓から入る冷たい光を受けて、白い頭巾や黄色い上着、真珠が柔らかく浮かび上がっています。
特に面白いのが「鏡」の使い方です。鏡に映っているはずの女性の顔は、私たち鑑賞者からは見ることができません。つまりフェルメールは、女性本人だけが見ることのできるもう一つの表情を、あえて画面の外側に隠しています。
一方、テーブルの上には化粧や身支度に使われるパウダーパフなどが置かれています。真珠、鏡、身支度というモチーフから、女性の美しさだけでなく「虚栄」への戒めを読み取る解釈もあります。ただしフェルメールは明確な答えを示しておらず、美しく装う女性への賛美なのか、それとも美への執着を戒めているのかは見る側の解釈に委ねられています。
そして近年の科学調査によって、この作品が最初から現在のようなシンプルな構図だったわけではないことも分かっています。フェルメールは当初、女性の背後の壁に大きな地図を描いていました。
しかし制作途中で地図を自ら塗りつぶし、現在見られる何もない明るい壁へと変更しました。地図という大きな情報を消したことで、視線を奪うものがなくなり、女性と鏡、真珠、そして窓から差し込む光へ自然と目が向かう構図になっています。
これは「牛乳を注ぐ女」で、背後に描こうとしていた水差しの棚などをフェルメール自身が消したこととも共通しています。描き足すのではなく、不要なものを消すことで画面を洗練させていくという、フェルメールの制作過程を知ることができる興味深い作品です。
鑑賞する際は、女性が見ている鏡そのものにも注目してみてください。私たちには鏡像が見えないため、「女性はいま鏡の中でどんな表情をしているのか」を想像することになります。何も描かれていない白い壁も、実はフェルメールが意図的に作り出した「余白」だと知ってから見ると、作品の印象がかなり変わります。
また、2026年に大阪中之島美術館で公開される「真珠の耳飾りの少女」と本作「真珠の首飾りの女」は、名前が似ていますが別の作品です。「真珠の耳飾りの少女」はマウリッツハイス美術館、「真珠の首飾りの女」はベルリン絵画館が所蔵しています。「真珠の首飾りの女」が2026年の大阪展に来日するわけではありません。
⑳ 真珠の耳飾りの少女

「真珠の耳飾りの少女」は、フェルメールの代名詞とも言える世界的な名画です。暗い背景の中からこちらへ振り向く少女、鮮やかな青と黄色のターバン、光を反射する大きな耳飾りが強烈な印象を残します。
一見すると少女の肖像画に見えますが、実在する特定の人物を描いた肖像画ではありません。当時「トローニー」と呼ばれた、特徴的な衣装や表情、人物のタイプなどを研究するために描かれた作品です。実際のモデルがいた可能性はありますが、少女が誰だったのかは現在も分かっていません。
少女がこちらを振り向いた瞬間を切り取ったような構図も本作の大きな魅力です。わずかに開いた唇には光が反射し、何かを話そうとしているようにも、こちらから声をかけられて振り返ったようにも見えます。物語を具体的に描かないことで、見る人それぞれが少女との一瞬の出会いを想像できるようになっています。
そして最大の見どころが、作品名にもなっている「真珠の耳飾り」です。しかし近年の研究では、これほど大きな天然真珠だった可能性は低いと考えられています。ガラスなどで作られた模造真珠だった可能性のほか、フェルメールが想像上の宝石として描いた可能性も指摘されています。
さらに近くで見ると、この「真珠」は驚くほど少ない絵具で表現されています。上部に置かれた明るいハイライトと、下部に白い襟が反射した柔らかな光。わずかな白い絵具だけで、丸く輝く巨大な真珠が存在するように見せているのです。しかも耳から真珠を吊り下げるフックは描かれていません。
少女の目にも、近年の科学調査によって興味深い発見がありました。肉眼ではほとんど確認できませんが、フェルメールは少女の両目の周囲に細かな「まつ毛」を描いていたことが判明しています。長い年月による絵具や背景の変化によって、現在は非常に見えにくくなっています。
また、現在はほぼ黒一色に見える背景も、制作当時はまったく違う印象でした。科学調査によって、フェルメールは背景に複数の緑色系顔料を使用し、少女の背後に緑色のカーテンのような表現を描いていたことが分かっています。長い年月で顔料が変色・退色した結果、現在の暗い背景になりました。
青いターバンにもフェルメールらしい贅沢な色使いが見られます。鮮やかな青には、当時非常に高価だったラピスラズリ由来の天然ウルトラマリンが使用されています。黄色い布との強いコントラストによって、暗い背景から少女の頭部が浮かび上がるように見えます。
鑑賞する際は、まず少女の目を見るだけでなく、「目 → わずかに開いた唇 → 真珠 → 再び目」と視線を動かしてみるのがおすすめです。2024年にはマウリッツハイス美術館が神経科学を用いた研究を行い、本作を見る人の視線が目・口・真珠の間を繰り返し移動する「持続的注意ループ」と呼ばれる現象が報告されました。
つまり、なぜ「真珠の耳飾りの少女」から目を離しにくいのかという感覚についても、科学的な研究が進められているわけです。フェルメールが意図的にこの視線の循環を設計したのかは分かりませんが、実物を前にしたら、自分の視線が「目・口・真珠」のどこへ動くのか意識してみるのも面白い鑑賞方法です。
なお「真珠の耳飾りの少女」は、2026年8月21日から9月27日まで大阪中之島美術館で開催される「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」で来日展示されます。本作がマウリッツハイス美術館以外で公開されるのは極めて珍しく、今回の展覧会は大阪のみで、東京など他地域への巡回予定はありません。
日本での公開は、2012〜2013年に東京と神戸で開催された「マウリッツハイス美術館展」以来となります。2026年にフェルメール作品を日本で鑑賞するなら、特に注目度の高い一作です。
㉑ 手紙を書く女
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「手紙を書く女」は、机に向かって手紙を書いていた女性がふと手を止め、こちらへ視線を向けた瞬間を描いた作品です。フェルメールが得意とした手紙をテーマにした作品の中でも、鑑賞者と女性が直接視線を交わすような構図が強い印象を残します。
女性の右手には羽根ペン、左手の下には書きかけの手紙があります。しかし女性の意識は手紙から離れ、こちらへ向けられているように見えます。なぜ筆を止めたのか、誰に手紙を書いているのか、フェルメールはその答えを描いていません。
近年の科学調査によって、この「筆を止めた瞬間」がフェルメール自身による制作途中の変更だったことも分かっています。当初は羽根ペンをより垂直に立て、女性が実際に文字を書いている姿として描いていました。
ところがフェルメールは途中で羽根ペンの角度を変更し、現在のように女性の手から力が抜けたような姿に描き直しました。単に「手紙を書く女性」ではなく、何かに気づいて書くことを止めた一瞬へ変更したわけです。
女性が身につけている黄色い上着も見どころです。フェルメールの死後に作成された財産目録には、黄色いサテン地に白い毛皮の縁取りを施した上着が記載されており、本作をはじめ複数の作品に登場する衣装とほぼ同じものと考えられています。
しかも近年の科学調査では、この黄色い上着の袖だけでも最大4種類もの黄色系顔料が使われていることが判明しました。一見すると単純な黄色に見えますが、異なる顔料を巧みに使い分けることで、光を受けた布や毛皮の立体感を表現しています。
女性の背後には、チェロに似た低音弦楽器などを描いた画中画が掛けられています。17世紀のオランダ絵画では音楽が恋愛と結びつけて表現されることが多かったため、女性が書いているのも離れた場所にいる恋人への手紙ではないかという解釈があります。
ただし、それを裏付ける決定的なモチーフはありません。フェルメールはあえて物語を説明する要素を減らし、女性の表情や視線から「誰に、何を書いていたのか」を鑑賞者に想像させています。
鑑賞する際は、まず女性の顔を見たあと、「視線 → 羽根ペン → 書きかけの手紙 → 背後の画中画」と追ってみるのがおすすめです。特に羽根ペンの角度が制作途中で変更されたことを知っていると、女性がこちらに気づいて一瞬動きを止めたような感覚がより強くなります。
さらに女性の顔と背景を見比べると、顔は比較的くっきり描かれている一方、背後はわずかにぼやけています。ワシントン・ナショナル・ギャラリーもこの表現に注目しており、実際に目で人物へ焦点を合わせたときのような視覚効果を生み出しています。
「何を書いているのか」ではなく、「なぜ彼女はいま書くのを止めて、こちらを見たのか」と考えてみると、本作の静かな緊張感をより楽しめます。
㉒ 絵画芸術

「絵画芸術」は、アトリエで制作する画家とモデルの女性を描いた、フェルメール最大級の作品であり、彼の芸術観そのものを表現したとも考えられる重要作です。単なる制作風景ではなく、「絵画とは何か」を様々なモチーフによって表現した寓意画となっています。
画面では、こちらに背を向けた画家がキャンバスに向かい、その奥で青い衣装を身につけた女性がモデルを務めています。女性は頭に月桂冠をかぶり、右手に本、左手にトランペットを持っています。
この3つの持ち物から、女性は歴史を司るミューズ「クリオ」であることが分かります。月桂冠は名誉、トランペットは名声、本は歴史を象徴し、画家は単に女性の肖像を描いているのではなく、「歴史」を絵画として記録していることになります。
その意味をさらに強調しているのが、画面奥を大きく占める地図です。描かれているのは、北部と南部へ分裂する以前のネーデルラント17州。画面右上のシャンデリアには、ハプスブルク家を象徴する双頭の鷲も確認できます。
つまり「歴史」の女神クリオが画家へインスピレーションを与え、その画家がネーデルラントの歴史や名声を絵画として後世へ残していくという構造です。フェルメールは何気ないアトリエの一場面を利用して、画家という職業と絵画芸術そのものを称える作品を作り上げました。
室内にはこのほかにも、彫刻の石膏模型やスケッチブック、制作途中の絵などが配置されています。一つ一つはアトリエにありそうな物ですが、絵画、彫刻、素描など異なる芸術を同じ空間に集めることで、「芸術」そのものを象徴する構成にもなっています。
実際にウィーン美術史美術館で本作を鑑賞しましたが、まず印象に残ったのは作品の大きさと、画面の奥へ続いていくような空間の広がりです。フェルメールには40〜50cmほどの比較的小さな作品も多いため、120cm × 100cmある本作は実物を前にするとかなり存在感があります。
特に画面左側の大きなカーテンが、作品を見る側とアトリエの間を隔てる「幕」のように感じられます。カーテンの向こうに画家の仕事場が広がり、こちらが偶然アトリエを覗き込んでいるような感覚になるのが、実物を見て印象に残ったポイントです。
さらに面白いのが、画家本人はこちらに背を向けていることです。この男性がフェルメール自身なのかは分かっていませんが、顔を描かずに「画家」という存在そのものを主人公にしているようにも見えます。
その画家が制作している小さなキャンバスにも注目です。モデルとなっているクリオの全身を描くのではなく、まず月桂冠の部分から描き始めています。巨大な完成作品の中に、「これから完成していく絵」を描いている画家が存在するという、少し不思議な入れ子構造になっています。
実物を鑑賞するなら、最初から細部だけを見るよりも、まず少し離れて作品全体を眺めるのがおすすめです。その後、「カーテン → 画家 → 制作中のキャンバス → クリオ → 背後の地図」と視線を移していくと、単なるアトリエ風景ではなく、画家が「歴史」を「絵画」へ変えていく場面として構成されていることが分かりやすくなります。
また、実際に見ると背後の大きな地図やシャンデリアなど細かなモチーフも意外と目に入り、写真で作品だけを見るよりも情報量の多さを感じます。一方で、画面全体は不思議なほどまとまっており、多くのモチーフを配置しながら散漫に見せないフェルメールの構図の巧さも、本作の大きな見どころです。
現在「絵画芸術」は、ウィーン美術史美術館を代表する作品の一つとして展示されています。フェルメール作品を実際に見た中でも、一般的な小型の室内画とはかなり印象が異なる一作なので、美術史美術館を訪れるならぜひ実物で大きさや空間表現まで確認してみてください。
㉓ 合奏
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「合奏」は、室内で音楽を楽しむ3人の男女を描いたフェルメールの代表的な音楽作品です。画面左では女性がチェンバロを演奏し、中央の男性はリュートを手にし、右側の女性は歌を歌っているように描かれています。
一見すると優雅な音楽の集まりですが、17世紀のオランダ絵画において音楽は男女の調和や恋愛、求愛を連想させる代表的なモチーフでした。本作でもフェルメールは3人の具体的な関係を説明せず、音楽を通じてその間にある親密さを想像させています。
鑑賞する際に見落としやすいのが、画面手前の暗い場所に横たわる「ヴィオラ・ダ・ガンバ」です。すでに3人が演奏しているにもかかわらず、さらにもう一つ楽器が置かれていることで、鑑賞者自身もこの音楽の集まりへ招かれているように感じられるとも解釈できます。
背景には2点の画中画が掛けられています。左側には風景画、右側には女性と男性のやり取りを描いた「取り持ち女」が見えます。この「取り持ち女」はフェルメール自身の同名作品ではなく、彼の義母マリア・ティンスが所有していたと考えられる別の絵画です。
「取り持ち女」は売春や男女の誘惑を連想させる主題であるため、音楽という恋愛のモチーフと組み合わせることで、目の前の合奏にも単なる演奏以上の意味があるのではないかと想像させます。ただしフェルメールは答えを明示しておらず、3人の関係は最後まで謎のままです。
実際に作品を見ることができたなら、まず3人だけでなく、「演奏する3人 → 床のヴィオラ・ダ・ガンバ → 背後の取り持ち女」と視線を移すと面白い作品です。音楽、恋愛、誘惑というモチーフが画面の中で少しずつつながっていることに気づきます。
しかし残念ながら、現在この方法で実物を鑑賞することはできません。1990年3月18日、警察官を装った2人組がボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館へ侵入し、本作を含む13点の美術品を盗み出しました。
犯人は警備員を拘束した後、約81分間にわたって館内から作品を持ち出しました。本作のほか、レンブラントの「ガリラヤの海の嵐」なども盗まれ、盗難美術品の総額は5億ドルを超えるとされる世界最大級の美術品盗難事件となりました。
事件から36年以上が経過した2026年現在も「合奏」は発見されておらず、FBIによる捜査が続いています。美術館は盗まれた作品がいつか戻ってくることを願い、作品が展示されていた場所に現在も空の額縁を残しています。
さらにガードナー美術館は現在も、盗まれた作品を無事に取り戻すための情報に対して最大1,000万ドルの懸賞金を提示しています。フェルメールの現存作品自体が極めて少ない中、その1点が36年以上も所在不明という異例の状態が続いています。
「合奏」は、美術史的な価値だけでなく、いま実物を見ることのできないフェルメールという点でも特別な一作です。写真を見る際には、作品そのものだけでなく、現在ガードナー美術館に残された空の額縁まで含めて、その数奇な歴史を想像してみると印象が大きく変わります。
㉔ 赤い帽子の女
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「赤い帽子の女」は、フェルメールの現存作品の中で最も小さく、唯一板に描かれた作品です。わずか23cmほどの小品ですが、鮮やかな赤い帽子と強い光を受けた女性の顔が、画面から飛び出してくるような存在感を放っています。
特に印象的なのが、羽毛でできた赤い帽子です。輪郭を細かく描き込むのではなく、赤い絵具を大胆な筆触で重ねることで、光を受けた羽毛の柔らかな質感を表現しています。
女性の顔も、一般的なフェルメール作品とは少し印象が異なります。明るい部分と暗い部分のコントラストが強く、鼻や頬などの細部を滑らかに描くのではなく、光そのものを大きな色面として捉えたような表現になっています。
近年の科学調査では、この大胆な描き方が偶然ではなく、フェルメールが後期の様式へ向かう過程で行った重要な実験だった可能性が指摘されています。それまで下塗りで使っていた強い明暗差や大胆な筆遣いを、完成画の表面にもあえて残すようになった時期の作品と考えられています。
さらに驚くのが、この作品が描かれている板です。X線や赤外線による調査によって、現在の女性像の下に、幅広の帽子をかぶった男性の肖像が隠れていることが分かっています。
フェルメールは新しい板を用意したのではなく、すでに男性像が描かれていた板を180度回転させ、その上から「赤い帽子の女」を描きました。なぜ古い板を再利用したのか、下の男性像を誰が描いたのかについては、現在も完全には分かっていません。
この「板」という支持体自体も非常に重要です。フェルメールの現存作品はほぼすべてカンヴァスに描かれているため、板の滑らかな表面を利用して光やぼかしの効果を試した実験作だった可能性もあります。
鑑賞する際は、まず赤い帽子に目を奪われたあと、女性の顔、白い襟、そして椅子のライオン装飾へと視線を移してみるのがおすすめです。特に顔を近くで見ると、細部を緻密に描くというより、少ない筆致と強い光のコントラストで人物を成立させていることが分かります。
また、本作とよく似た「フルートを持つ女」は長年フェルメール作品と考えられていましたが、2022年にワシントン・ナショナル・ギャラリーがフェルメール本人ではなく、工房の関係者による作品と判断しました。一方、「赤い帽子の女」は科学調査によってフェルメール特有の制作技法が確認され、現在も真作として位置づけられています。
実物を見るなら、単に「赤い帽子が鮮やかな少女像」として見るだけでなく、「大胆な筆遣い」「唯一の板絵」「下に隠された男性肖像」という3点を意識すると、本作がフェルメールにとってかなり実験的な一枚だったことが見えてきます。
㉕ フルートを持つ女
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「フルートを持つ女」は、長年フェルメールの作品として紹介されてきましたが、現在、所蔵するワシントン・ナショナル・ギャラリーはフェルメール本人の作品とはしていません。2022年に発表された科学調査の結果などから、フェルメールの制作方法を間近で知る「工房関係者」が描いた可能性が高いと判断されています。
描かれているのは、特徴的な帽子をかぶり、こちらへ視線を向ける若い女性です。作品名では「フルート」と呼ばれていますが、女性が手にしている金色の楽器は、厳密には縦笛の「リコーダー」とされています。
本作がフェルメールと深い関係を持つこと自体は間違いありません。特に「赤い帽子の女」と非常によく似ており、どちらも小さな板に描かれ、印象的な帽子をかぶった女性、青い衣服、獅子頭の飾りが付いた椅子、背景のタペストリーなど、多くの要素が共通しています。
ところが科学調査で絵具の層まで詳しく比較すると、「使っている材料や制作手順はフェルメールに近いのに、実際の描き方は明らかに違う」という興味深い事実が見えてきました。
例えばフェルメールは、制作初期の下塗りでは顔料を粗く、完成に近づくにつれて細かく調整することで滑らかな表面を作っていました。一方、本作を描いた人物はその使い方をうまく再現できず、完成部分でも粗く砕いた顔料を使用しています。
下塗りにも違いがあります。フェルメールは大胆な筆遣いを使いながら光と影を的確に組み立てていきましたが、本作では筆遣いがぎこちなく、女性の腕や衣服、顔などにも立体感の弱さが見られます。フェルメールの「やり方」は知っていても、それを同じレベルでは使いこなせていないというわけです。
一方で、使用された顔料を分析すると、天然ウルトラマリンや鉛白、鉛錫黄など、フェルメールが使用したものと一致する特徴が確認されています。さらに顔の影に緑色系顔料を使うという、フェルメールに特徴的な技法まで取り入れられていました。
こうした結果から、単に後世の画家がフェルメール風に描いた模倣作品ではなく、フェルメールの仕事を非常に近い場所で見ていた人物が描いた可能性が浮上しました。弟子や助手、家族、あるいは制作を共にした別の画家などが候補として考えられていますが、作者が誰なのかは現在も分かっていません。
これはフェルメール研究にとってかなり重要な発見です。フェルメールは長い間、弟子を持たず一人で制作していた孤高の画家というイメージがありました。しかし本作の存在によって、実際には誰かに制作方法を教えていた、あるいは工房で別の人物と制作していた可能性まで考えられるようになりました。
また「赤い帽子の女」と本作は、かつて対となる作品とも考えられていましたが、現在は2点を結びつける当時の記録は確認されていません。むしろ「フルートを持つ女」の作者が、フェルメールの「赤い帽子の女」を参考にして制作した可能性が指摘されています。
実際に2作品の画像を見比べると違いが分かりやすく、「顔」「衣服」「獅子頭の椅子」「帽子」などに注目すると、本作の方がやや硬く平面的に見えます。フェルメール本人と、その技法を学んだ人物との差を比較するという、ほかの作品にはない楽しみ方ができる一作です。
なお、現在も本作はワシントン・ナショナル・ギャラリーの所蔵作品で、フェルメール作品から外されたからといって価値がなくなったわけではありません。むしろ「フェルメールではないと判明したことで、フェルメールの工房の存在という新たな謎が生まれた作品」として、美術史的には非常に興味深い存在となっています。
㉖ 婦人と召使い
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「婦人と召使い」は、机に向かっていた婦人のもとへ召使いが一通の手紙を届ける、その一瞬を描いた作品です。フェルメールが繰り返し描いた「手紙」をテーマとする作品の中でも大型で、手紙を受け取った婦人の反応と、2人の間に漂う緊張感が大きな見どころとなっています。
婦人は黄色い上着と大きな真珠の耳飾りを身につけ、机の上には羽根ペンや書きかけの手紙があります。そこへ召使いが別の手紙を差し出したことで、婦人は書く手を止め、右手を顎へ近づけながら召使いを見つめています。
気になるのは、婦人がどこか不安そうにも見えることです。召使いが届けた手紙には何が書かれているのか。そして婦人自身は誰に手紙を書いていたのか。フェルメールはその内容を一切明らかにせず、一枚の手紙が届いた前後の物語を鑑賞者に想像させています。
また、婦人の顔や手は輪郭が柔らかく、かつては本作を「未完成」とする見方もありました。しかし現在では、こうした表現はフェルメールの作風の変化によるものと考えられており、単純に描きかけの作品とは考えられていません。
さらに近年の科学調査によって、現在ほとんど黒一色に見える背景が、制作当時は緑色のカーテンだったことが判明しました。フェルメールが使用した銅を含む緑色顔料が長い年月をかけて変色したことで、現在の暗い茶褐色に近い姿になっています。
つまり、フェルメールが完成させた当時の「婦人と召使い」は、現在私たちが見る作品とはかなり印象が違っていました。暗闇から2人だけが浮かび上がる現在の姿ではなく、緑色のカーテンを背景に2人の女性が立体的に浮かび上がる、より色彩豊かな画面だったと考えられます。
しかも驚くべきことに、そのカーテンのさらに下には別の絵が隠されています。X線や赤外線などを使った科学調査によって、フェルメールが当初、背景に少なくとも4人の人物を含む大きな画中画、またはタペストリーを描こうとしていたことが分かりました。
しかしフェルメールは制作途中でこの複雑な背景をすべて覆い隠し、よりシンプルな緑色のカーテンへ変更しました。背景から人物や物語を取り除くことで、鑑賞者の視線を「手紙を渡す召使い」と「それを受け取る婦人」の心理的なやり取りだけに集中させたわけです。
さらに現在青く見えるテーブルクロスも、制作当時は「緑色」でした。黄色系の色材が年月とともに失われたことで青く変化しており、背景のカーテンと合わせると、現在よりもはるかに「緑」が印象的な作品だったことになります。
鑑賞する際は、まず手紙そのものを見るよりも、「召使いの表情 → 手紙 → 婦人の表情 → 顎へ向かう右手」と視線を移してみるのがおすすめです。召使いは手紙を差し出しただけなのに、その一枚を境に何かが起こりそうな緊張感が生まれていることに気づきます。
そして現在の黒い背景を見ながら、そこが本来は緑色のカーテンだったことも想像してみてください。さらにその下には、フェルメール自身が消した4人以上の人物が眠っています。「何を描いたか」だけでなく「何を消したか」まで知ることで、フェルメールが2人の心理描写をどれほど重視したのかが見えてくる作品です。
㉗ 少女
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「少女」は、若い女性がこちらへ顔を向ける姿を描いたフェルメール作品です。構図や人物のポーズは「真珠の耳飾りの少女」とよく似ており、特定人物の肖像画ではなく「トローニー」として制作された作品と考えられています。
「トローニー」とは17世紀のオランダ絵画で多く制作された人物像の一種で、特定人物の容姿を記録する一般的な肖像画とは異なり、特徴的な顔つきや表情、衣装などを研究・表現する目的で描かれました。
本作の少女も、当時としては異国的な印象を与える衣装を身につけ、こちらへ視線を向けています。暗い背景から人物だけを浮かび上がらせる構成も「真珠の耳飾りの少女」と共通しています。
しかし2作品を見比べると、受ける印象はかなり違います。「真珠の耳飾りの少女」が鮮やかな青と黄色、大きな耳飾り、わずかに開いた唇によって強烈な印象を残すのに対し、本作は色彩を抑え、より素朴で現実的な少女の顔立ちが前面に出ています。
特に注目したいのが少女の顔です。左右の目の位置や口元、鼻などを理想的な美しさへ整えるのではなく、かなり個性的な特徴をそのまま残しています。そのため、実在する人物をモデルにした可能性も指摘されてきました。
フェルメールの妻カタリーナや娘を描いたという説もありますが、モデルが誰だったのかを特定できる確かな証拠は現在もありません。トローニーであっても実際の人物をモデルに描くことはあるため、「トローニー=完全な架空人物」という意味でもありません。
また、本作の女性は一見すると静かにこちらを見ているだけですが、顔の輪郭や頬、鼻などには非常に柔らかな光の変化が使われています。フェルメールは細かな線で顔を描き込むのではなく、光と色のわずかな変化によって顔の立体感を作り出しています。
鑑賞するなら、ぜひ「真珠の耳飾りの少女」と頭の中で比較してみてください。構図は驚くほど似ているのに、こちらの「少女」は華やかな装飾が少なく、人物そのものへ視線が向かいます。同じような構図から、まったく違う人物の存在感を作り出しているところが面白い作品です。
なお、本作を所蔵するメトロポリタン美術館には、フェルメールの作品が複数所蔵されています。フェルメール作品をまとめて鑑賞できる世界でも貴重な美術館の一つなので、ニューヨークを訪れる際はあわせてチェックしてみてください。
㉘ 天文学者

「天文学者」は、書斎で研究に没頭する学者の姿を描いたフェルメール作品です。窓から差し込む柔らかな光の中、男性は机に身を乗り出し、右手を天球儀へ伸ばしています。フェルメール作品としては珍しく男性1人を主役にした作品で、画面右奥には「IVMeer 1668」という署名と制作年も残されています。
実際に描かれている道具もかなり具体的です。男性が手を伸ばしているのは、オランダの地図製作者ヨドクス・ホンディウスが1600年に制作した天球儀。机の上には1621年に刊行されたアドリアーン・メティウスの天文学書が開かれ、コンパスやアストロラーベなども置かれています。
特に面白いのが、天文学者が天球儀を「見る」のではなく、指先で触れていることです。机の本から顔を上げ、天球儀へ手を伸ばした瞬間が描かれているため、何かを調べているというより、ひらめいた瞬間を切り取ったようにも見えます。
実際にルーブル美術館で本作を鑑賞しましたが、写真で見る以上に印象に残ったのが、窓から差し込む光と天文学者の集中した表情です。51cm × 45cmと決して大きな作品ではありませんが、人物、天球儀、机、本へと光がつながっていくため、自然と学者の手元へ視線が引き込まれます。
また、実物を見る際は天球儀だけでなく、その奥の壁にも注目です。画中画として描かれているのは、旧約聖書の「モーセの発見」を題材にした作品です。ルーブル美術館では、この画中画について神の摂理を暗示し、人間が宇宙を理解しようとする天文学者の活動と対置された可能性を指摘しています。
つまり本作は、単に「天文学者が研究している場面」を描いただけではありません。天球儀や天文学書といった科学的な道具の背後に宗教的な画中画を置くことで、人間の知識と神の摂理という二つの世界を同じ画面に描いたとも解釈できます。
モデルについては、同じデルフトに暮らしていた科学者「アントニ・ファン・レーウェンフック」ではないかという説が古くからあります。レーウェンフックは後に顕微鏡を使った微生物研究で知られる人物となり、フェルメールの死後には遺産管財人も務めました。
ただし、この男性がレーウェンフックだったことを示す確かな証拠はありません。ルーブル美術館もモデルをレーウェンフックとする説を紹介しながら、1668〜1669年当時の彼はまだそれほど知られた存在ではなかったとして、慎重な見解を示しています。
さらに本作と非常に関係が深いのが、翌1669年頃に描かれた「地理学者」です。現在はドイツ・フランクフルトのシュテーデル美術館が所蔵していますが、かつて2作品は同じコレクションにあり、18世紀には一対の作品として売買されていました。
「天文学者」が天球儀を通して空や宇宙へ意識を向けるのに対し、「地理学者」は地図やコンパスを使って地上の世界を研究しています。「天」と「地」をそれぞれ探究する2人の学者として見比べると非常に面白い組み合わせです。ただし、ルーブル美術館は現在、厳密な意味で最初から対作品として制作されたと断定することには慎重です。
現在「天文学者」は、ルーブル美術館のリシュリュー翼2階・837室に展示されています。同じ837室にはフェルメールの「レースを編む女」も展示されているため、2作品を続けて鑑賞できます。
実際に見るなら、まず少し離れて全体を見たあと、「窓からの光 → 天文学者の顔 → 指先 → 天球儀 → 机上の本 → 背後の画中画」と追ってみるのがおすすめです。単なる静かな室内画から、「人間が世界を理解しようとしている瞬間」を描いた作品へと印象が変わってきます。
㉙ 地理学者
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「地理学者」は、書斎で地図を広げ、コンパスを手に何かを考える学者の姿を描いた作品です。前年の1668年に制作された「天文学者」と共に、フェルメール作品では珍しく男性の学者を主役にした一作として知られています。
地理学者は机に身を乗り出し、右手にコンパスを持ったまま窓の外へ視線を向けています。地図を測っている最中というよりも、一度作業を止め、何か新しい考えが浮かんだ瞬間を捉えたようにも見えます。
室内には地理学者の仕事を示す道具が数多く描かれています。机の上には大きな海図、壁にはヨーロッパ沿岸部を描いた地図、棚の上には地球儀が置かれています。
棚の上に置かれた地球儀は、当時の著名な地図製作者ヨドクス・ホンディウスが1600年頃に制作した実在の地球儀をモデルにしたものです。フェルメールは「天文学者」にも同じホンディウスによる天球儀を描いており、「天文学者=天空」「地理学者=地上」という対照的な関係を見ることができます。
本作が描かれた17世紀のオランダは、海外貿易や航海によって世界各地との結びつきを急速に広げていた時代です。正確な地図や海図は学術的な道具であるだけでなく、航海や貿易を支える非常に重要な情報でもありました。
そのため本作に描かれた地図や地球儀、コンパスは単なる室内装飾ではありません。世界を測り、記録し、未知の場所を理解しようとする17世紀オランダの知的好奇心を象徴するモチーフとも見ることができます。
モデルについては、デルフト出身の科学者「アントニ・ファン・レーウェンフック」ではないかという説が古くからあります。レーウェンフックはフェルメールと同じ1632年にデルフトで生まれ、後に顕微鏡を用いた観察で大きな功績を残した人物です。
さらにフェルメールの死後、レーウェンフックが遺産管財人を務めたことも分かっています。しかし、2人が生前に親しく交流していたことや、本作のモデルがレーウェンフックだったことを示す確かな証拠はありません。顔立ちの類似などから現在も語られる興味深い説の一つです。
そして本作を理解するうえで欠かせないのが、ルーブル美術館所蔵の「天文学者」です。2作品はサイズや構図がよく似ているだけでなく、かつて同じ所有者のもとにあり、18世紀には一緒に売買された記録も残っています。
ただし、最初から正式な「対作品」として制作されたのかについては結論が出ていません。それでも、天球儀へ手を伸ばして天空を研究する「天文学者」と、地図や地球儀を使って地上を研究する「地理学者」を並べて考えると、非常に美しい組み合わせになっています。
また本作は、画面内に制作年「1669」が記されている点でも貴重です。フェルメールの現存作品で制作年が画面に記されているのは、「取り持ち女」「天文学者」「地理学者」の3作品だけです。
鑑賞する際は、「手元のコンパス → 海図 → 地理学者の顔 → 窓 → 地球儀」と視線を動かしてみるのがおすすめです。机の上で世界を測っていた人物が、ふと作業を止め、頭の中でその世界を組み立てているような瞬間が見えてきます。
「天文学者」をルーブル美術館で見た方なら、ぜひ本作の画像とも見比べてみてください。窓の位置や机、人物の配置などはよく似ていますが、「天」と「地」という研究対象の違いによって、2作品の意味がきれいに対照を成しています。
㉚ レースを編む女

「レースを編む女」は、若い女性が手元のレース編みに集中する姿を描いた、フェルメール作品の中でも特に小さな一作です。わずか24cm × 21cmほどの画面に、女性の表情や指先、色鮮やかな糸などが凝縮されています。
描かれている女性は職業としてレースを作る職人ではなく、裕福な家庭の女性と考えられています。17世紀のオランダ絵画では、家の中で裁縫やレース編みに励む女性は、勤勉さや家庭的な美徳を表すモチーフとして描かれることがありました。
その意味を補強している可能性があるのが、女性の右側に置かれた本です。ルーブル美術館では、小型の聖書または祈祷書だった可能性を指摘しており、レース編みという日常的な仕事に宗教的・道徳的な意味が重ねられていたとも考えられます。
一方で、この作品を実際に見ると、そうした寓意以上に女性が目の前の細かな作業だけに集中している姿が強く印象に残ります。視線は完全に手元へ向けられ、鑑賞者の存在にはまったく気づいていないようです。
私がルーブル美術館で実物を見た際にまず感じたのも、その小ささでした。写真では作品だけが大きく表示されるためサイズ感が分かりにくいですが、実物は想像以上にコンパクトです。そのため自然と作品へ近づき、女性と同じように細かな手元を覗き込むような鑑賞になります。
そこでぜひ注目したいのが、画面左下に流れ出している赤と白の糸です。女性の手元や顔は比較的緻密に描かれている一方、この糸は輪郭を細かく描き分けるのではなく、赤や白の絵具を流したような大胆なタッチで表現されています。
近くから見るとかなり抽象的なのに、少し離れると糸の束として見えてくるのが面白いところです。フェルメールというと細部まで緻密に描く画家という印象がありますが、本作ではあえて「ぼかす部分」と「焦点を合わせる部分」を使い分けています。
ルーブル美術館も、手前の裁縫用クッションとそこから流れ出す色糸について、近接部分をあえてぼかすことで、その奥にある女性の作業部分の精密さを強調していると解説しています。
もう一つ珍しいのが「光の方向」です。フェルメールの室内画では画面左側の窓から光が入る構図が多いのに対し、本作では右側から光が差し込んでいます。背景を極端にシンプルにし、右からの光を女性の顔や黄色い衣服へ当てることで、小さな画面の中でも人物がはっきり浮かび上がっています。
実物を鑑賞するなら、最初に少し離れて作品全体を見てから近づき、「女性の顔 → 指先 → レース → 赤と白の糸」と視線を移してみるのがおすすめです。精密に見える部分と、意外なほど大胆に描かれた部分が混在していることに気づきます。
現在「レースを編む女」は、ルーブル美術館のリシュリュー翼2階・837室に展示されています。同じ部屋にはフェルメールの「天文学者」も展示されており、私も今回の見学では2作品を続けて鑑賞しました。
51cm × 45cmの「天文学者」と並べて見ると、本作の小ささがさらに際立ちます。一方で、実際に作品へ近づいて見ると、わずか24cmほどの画面とは思えないほど視線が女性の手元へ引き込まれるのが印象的でした。ルーブルでフェルメールを見るなら、このサイズ感もぜひ実物で体感してみてください。
㉛ 恋文
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「恋文」は、召使いから一通の手紙を受け取った婦人が、演奏の手を止めて相手を見上げる瞬間を描いた作品です。フェルメールが得意とした「手紙」と「音楽」という恋愛を連想させるモチーフが組み合わされ、手紙に何が書かれているのかを想像させる謎めいた場面となっています。
婦人の膝には、リュートに似た小型の弦楽器「シターン」が置かれています。召使いが手紙を届けたことで演奏を中断したようで、婦人は少し戸惑ったような表情を浮かべながら召使いを見上げています。
一方の召使いは婦人を見下ろし、わずかに笑みを浮かべているようにも見えます。手紙の内容を知っているのか、それとも婦人の反応を楽しんでいるのか。2人の表情だけでも、手紙をめぐる様々な物語を想像できるのが本作の面白さです。
手紙が「恋文」であることを示す大きなヒントが、2人の背後に掛けられた海景画です。17世紀には「愛は海、恋人はそこを航海する船」にたとえられることがあり、穏やかな航海もあれば、嵐に翻弄される航海もあるという恋愛の不安定さを連想させました。
さらに婦人が手にするシターンも、当時の絵画では男女の調和や求愛と結びつくことが多かったモチーフです。「手紙」「音楽」「船」という3つの要素が重なることで、フェルメールは直接恋人を描かずに、画面の外にいる恋人の存在を感じさせています。
そして本作最大の見どころが、鑑賞者の立っている位置です。私たちは2人と同じ部屋にいるのではなく、暗い隣室から開いた扉越しに明るい部屋を覗き込んでいます。
画面左右を暗い壁や扉が大きく占め、その奥だけが舞台のように明るく照らされています。そのため、本来は見るはずではなかった女性たちの私的な会話を、こちらがこっそり覗いているような感覚が生まれます。
しかも暗い手前の空間には、脱ぎ捨てられたスリッパや箒、椅子などが置かれています。これらが鑑賞者と2人の女性との距離をさらに広げ、奥の部屋へ簡単には入れないような心理的な境界を作っています。
フェルメールの初期の手紙を題材にした作品では、一人の女性を比較的近くから描くことが多かったのに対し、本作では人物をかなり奥へ配置しています。手紙の内容だけでなく、その場面を「誰がどこから見ているのか」まで作品の一部にした点が、円熟期のフェルメールらしいところです。
鑑賞する際は、最初から女性2人だけを見るのではなく、「手前の暗い部屋 → 開いた扉 → 婦人の表情 → 手紙 → 召使い → 背後の海景画」と視線を進めてみるのがおすすめです。自分自身が隣の部屋から徐々に秘密の場面へ近づいていくような構図になっていることが分かります。
現在「恋文」は、アムステルダム国立美術館の名誉の間(Gallery of Honour)に展示されています。「牛乳を注ぐ女」など同館を代表するフェルメール作品とあわせて鑑賞できるため、訪問時にはぜひ構図の違いも見比べてみてください。
㉜ ヴァージナルの前に座る若い女
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「ヴァージナルの前に座る若い女」は、鍵盤楽器「ヴァージナル」を演奏しながら、こちらへ穏やかな視線を向ける女性を描いた作品です。わずか25.5cm × 20.1cmという小さな画面ですが、人物との距離が非常に近く、フェルメール作品の中でも特に親密な印象を与える一作です。
女性はヴァージナルのすぐ前に座り、演奏しながらこちらを見ています。大きな室内や複雑な背景は描かれず、明るい壁と楽器、椅子、女性だけに要素を絞っているため、鑑賞者の視線は自然と女性の表情へ集中します。
ライデン・コレクションでは、女性が単に演奏しているのではなく、鑑賞者に向けて音楽を奏でているような親密さが本作の大きな魅力だと解説しています。静かなヴァージナルの音が、すぐ目の前から聞こえてくるような構成です。
本作は長い間、フェルメールの真作かどうか議論されてきた作品でもあります。20世紀前半にはフェルメール作品として扱われていましたが、その後は疑問視され、長期間にわたって評価が定まりませんでした。
転機となったのが1990年代以降の再調査です。修復家や研究者による技法・顔料・カンヴァスなどの詳細な分析が進み、2004年にはフェルメールの真作としてロンドンのサザビーズに出品されました。その後の研究によって、現在ではフェルメール晩年の真作として広く認められています。
真作性を裏付ける重要な発見の一つが、カンヴァスです。調査によって、本作とルーブル美術館所蔵の「レースを編む女」のカンヴァスが同じ布地から切り出された可能性が非常に高いことが判明しています。
つまり現在は世界の別々の場所にある2作品ですが、制作当時は同じ大きなカンヴァスの一部だった可能性があります。「レースを編む女」も非常に小さな作品なので、フェルメールが同じ時期に小型作品を制作していたことを考えるうえでも興味深い発見です。
さらに2024年には本作の新たな修復が行われました。古く変色したニスや後世の加筆を取り除いたことで、白いサテンのドレスの光沢、椅子の青い布、ヴァージナルに映り込む女性の腕など、これまで見えにくかった微妙な色彩や光の表現が再び明瞭になりました。
特に女性の顔は印象が変わっています。唇や眉に施されていた後世の加筆が除去され、フェルメール本来の柔らかく緩やかな口元が現れました。現在は以前よりも穏やかで親しみやすい表情に見えるようになっています。
また、黄色いショールについても長年「後世の別人による加筆ではないか」と疑われていました。しかし近年の技術調査によって、フェルメール自身が制作途中または後に加えたものであることが確認されています。
鑑賞する際は、まず女性の顔を見たあと、「視線 → 手元 → ヴァージナル → 白いドレス → 黄色いショール」と追ってみるのがおすすめです。小さな作品だからこそ、人物との距離が近く、フェルメールの晩年に見られる簡潔な構図と柔らかな光をじっくり確認できます。
2004年にはロンドンのサザビーズで約1,620万ポンドで落札されました。現在はニューヨークを拠点とする「ライデン・コレクション」が所蔵しており、フェルメールの現存作品の中では唯一の個人所蔵作とされています。
ただし、個人所蔵だからといって一般公開されていないわけではありません。2019年にはルーヴル・アブダビ、2023年にはアムステルダム国立美術館で開催された史上最大規模のフェルメール展にも出品されました。個人蔵ながら、近年も重要な展覧会で実物を鑑賞できる機会が設けられている作品です。
㉝ ヴァージナルの前に立つ女
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「ヴァージナルの前に立つ女」は、明るい室内で鍵盤楽器「ヴァージナル」の前に立つ女性を描いた、フェルメール晩年の作品です。女性はこちらへまっすぐ視線を向けており、演奏中にこちらの存在に気づいて手を止めたのか、それとも誰かが来るのを待っているのか、見る側に物語を想像させる構図になっています。
ヴァージナルはチェンバロの仲間にあたる小型の鍵盤楽器で、17世紀のオランダでは裕福な家庭を中心に普及しました。本作のヴァージナルは蓋の内側に風景画が描かれた豪華なもので、ナショナル・ギャラリーによれば、このような装飾によって楽器の価格が大幅に高くなることもあったそうです。
女性も絹やサテンの上質な衣服をまとい、真珠のネックレスを身につけています。大理石を思わせる床や壁の絵画、豪華なヴァージナルなどを含め、かなり裕福な家庭の室内であることが伝わってきます。
そして本作を読み解く最大の手がかりが、女性の背後に掛けられた大きな「キューピッド」の画中画です。このキューピッドは、フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」や「中断された音楽の稽古」にも登場する重要なモチーフです。
図像の元になったのは、オットー・ファン・フェーンが1608年に出版した寓意図集に登場するキューピッドと考えられています。その図像には「恋人はただ一人を愛すべき」という貞節を示す意味があり、フェルメールが本作に恋愛のテーマを重ねた可能性があります。
さらに画面手前には、誰も座っていない青い椅子があります。ナショナル・ギャラリーも、この空席とキューピッドを手がかりに、女性が恋人を待っている場面ではないかという解釈を紹介しています。
ただし、フェルメールは物語の答えを明確には示していません。女性が恋人を待っているのか、それとも鑑賞者自身を見つめているのかは分からず、こうした曖昧さも本作の魅力です。
壁の最下部に並んでいる青と白の小さな絵にも注目です。これはデルフトで作られたタイルで、それぞれに小さな人物が描かれています。キューピッドではありませんが、フェルメールが暮らしたデルフトの住宅文化を感じられる細部として見ると面白いポイントです。
また、フェルメールらしい「光」の表現も見逃せません。左側の窓から入った光が、女性の衣服や真珠、金色の額縁、床、青い椅子など、材質の異なるものにそれぞれ違った反射を作り出しています。
特に女性のスカートを見ると、同じ淡い黄色でも、光が直接当たる部分と影になる部分で細かな階調が付けられています。物の輪郭を描くだけでなく、光の反射によって素材の質感まで描き分けるフェルメールの技術がよく分かる部分です。
本作とぜひ見比べたいのが、同じロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する「ヴァージナルの前に座る女」です。2作品はほぼ同じ大きさで、制作時期も同じ1670〜1672年頃とされています。
「立つ女」が明るい昼の室内で描かれ、背後に貞節を連想させるキューピッドがあるのに対し、「座る女」は暗い室内で、背後には娼婦と客を描いた「取り持ち女」が掛けられています。このため「誠実な愛」と「金銭的・官能的な愛」を対比させた2作品ではないかという説もあります。
ただし、2作品が最初から対作品として制作されたことを示す決定的な証拠はなく、ナショナル・ギャラリーもこの解釈には慎重です。それでも、同じサイズ、同じヴァージナル、こちらを見つめる女性という共通点が非常に多く、見比べる価値は十分にあります。
鑑賞する際は、まず女性の視線を受け止めてから、「ヴァージナル → 空席の青い椅子 → キューピッド → 女性」と視線を一周させてみてください。単なる演奏風景だった作品が、「この女性はいったい誰を待っているのか」という恋愛の物語に見えてきます。
現在「ヴァージナルの前に立つ女」は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの25室に展示されています。同じ25室には「ヴァージナルの前に座る女」も展示されているため、2作品を実際に並べて比較できるのも大きな魅力です。
㉞手紙を書く婦人と召使い
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「手紙を書く婦人と召使い」は、机に向かって夢中で手紙を書く婦人と、その傍らで窓の外を眺める召使いを描いた作品です。フェルメールが繰り返し取り上げた「手紙」をテーマとする作品の中でも、2人の女性の心理的な距離まで感じさせる完成度の高い一作です。
婦人は召使いの存在も忘れてしまったかのように身を乗り出し、一心に手紙を書いています。一方の召使いは婦人から身体を背け、腕を組みながら窓の外へ視線を向けています。
この対照的な姿が非常に面白く、婦人が感情に任せて急いで手紙を書いている一方で、召使いは「また始まった」とでも言いたげに待っているようにも見えます。もちろんフェルメールは2人の感情を明示しておらず、鑑賞者が自由に物語を想像できるようになっています。
そして本作を読み解くうえで見逃せないのが、画面手前の床です。そこには赤い封印、封蝋の棒、紙のようなものが無造作に落ちています。
この紙は、以前受け取った手紙や書き損じた手紙のようにも見えますが、現在のアイルランド国立美術館では、「しわになった包み紙付きの手紙」または「手紙を書く際に使用する指南書」だった可能性を挙げています。
もし指南書だとすれば、婦人は自分の気持ちをどう文章にすればいいのか考えながら、恋人への手紙を書いているのかもしれません。一方、投げ捨てられた手紙だとすれば、床に落ちた封印や封蝋も含め、直前に何らかの出来事があったことを想像させます。
さらに、机の手前に置かれた椅子が大きく引き出されていることにも注目です。つい先ほどまで誰かがそこに座っていたのか、それとも婦人が慌てて席へ移動したのか。フェルメールは答えを描かず、「直前に何が起きたのか」を想像させる手がかりだけを残しています。
背後に大きく描かれている画中画は、旧約聖書の「モーセの発見」です。籠に入れられてナイル川へ流された幼いモーセが、ファラオの娘に発見される場面を題材にしています。
この画中画と手紙を書く女性との関係については様々な解釈があります。かつては物語の結末や救済などと関連づけて説明されることもありましたが、フェルメールがどのような意味を込めたのかは現在も分かっていません。アイルランド国立美術館も「子どもが関係しているのだろうか?」と問いかける形で紹介しており、特定の物語には限定していません。
構図を見ると、婦人の白いブラウスには窓から強い光が当たり、背後の暗い画中画から人物だけが浮かび上がっています。それに対して召使いは窓際に立ちながら比較的落ち着いた光で描かれ、手紙に没頭する婦人の緊張感と、静かに待つ召使いの冷静さが光の表現からも伝わってきます。
鑑賞するなら、最初に婦人と召使いを見るだけでなく、「床に落ちた紙と封蝋 → 引き出された椅子 → 手紙を書く婦人 → 窓を見る召使い → 背後のモーセ」と視線を動かしてみるのがおすすめです。何気ない室内画だったものが、事件の直後を切り取った場面のようにも見えてきます。
また本作は、作品そのものの歴史も非常にドラマチックです。かつてアイルランドの実業家・美術収集家であるアルフレッド・ベイト卿夫妻が所有していましたが、1974年と1986年の2度にわたって盗難に遭っています。
特に2度目の盗難後は長期間行方が分からなくなりましたが、1993年にベルギーで無事に回収されました。ベイト夫妻は1987年に本作を含む重要なコレクションをアイルランド国立美術館へ寄贈しており、現在は同館を代表する作品の一つとなっています。
フェルメール作品としての完成度だけでなく、「床に落ちた謎の紙」「手紙を書く婦人と窓を見る召使い」「意味深な画中画」、さらに2度の盗難と、作品の内外にいくつもの物語を持っている点でも非常に面白い一作です。
㉟ ギターを弾く女
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「ギターを弾く女」は、フェルメール晩年を代表する作品の一つです。若い女性がギターを奏でながら画面の左側へ顔を向け、その先にいる誰かへ笑顔を向けているような瞬間が描かれています。
フェルメールの室内画では、人物を画面中央付近に置き、静かな動作に集中させる作品が多く見られます。一方、本作では女性を大胆に左端へ寄せ、左腕の一部が画面の外へ切れるほどの構図を採用しています。
さらに女性の視線も画面の外へ向いているため、鑑賞者は自然と「彼女はいったい誰を見ているのか」と想像することになります。静かな室内で完結していたそれまでの作品とは異なり、画面の外へ物語が広がっていくような構成です。
そして本作で特に注目したいのが、女性が手にする「ギター」です。フェルメール作品にはリュートやシターン、ヴァージナルなど様々な楽器が登場しますが、当時のギターは17世紀後半に人気が高まりつつあった比較的新しい流行の楽器でした。
女性の右手を見ると、指で弦をはじいた直後のように描かれています。English Heritageでは、弦がまだ振動している瞬間まで表現されていると解説しており、静止画でありながら演奏の音や動きを感じさせるのが本作の大きな魅力です。
また、女性の明るい表情にも注目です。フェルメール作品では物思いにふける人物や静かな表情の女性が多い中、本作では口元を緩め、誰かとの交流を楽しんでいるような生き生きとした姿が描かれています。
音楽は17世紀のオランダ絵画において恋愛や男女の調和を象徴する代表的なテーマでした。そのため、画面には描かれていないものの、女性の視線の先に恋人や親しい相手がいると想像することもできます。ただし、フェルメールはその人物を描かず、物語の続きを見る側に委ねています。
背景に掛けられた風景画も重要なモチーフです。近年の研究では、デルフトの画家ピーテル・ヤンスゾーン・ファン・アッシュによる風景画と関係する可能性が指摘されています。フェルメールの死後に残された財産目録にも、ファン・アッシュの作品が記録されています。
そして2025年に行われた最新の科学調査によって、本作の保存状態が非常に優れていることも改めて確認されました。一般的な古い絵画は、保存のために裏側へ別のカンヴァスを貼る「裏打ち」が施されることがありますが、「ギターを弾く女」は現在まで裏打ちされていない非常に珍しい17世紀絵画です。
そのため、厚く置かれた絵具や真珠のハイライトなど、フェルメールが実際に筆を置いたときの立体的な質感が良好に残っています。写真では分かりにくい部分ですが、実物を鑑賞する機会があれば、平面的な画像では見えない絵具そのものの凹凸にも注目したいところです。
さらに2025年には、フィラデルフィア美術館が所蔵する非常によく似た「ギターを弾く女」と、300年以上ぶりに並べて比較展示・科学調査が行われました。
2作品は一見するとほとんど同じ構図ですが、下地や顔料、絵具の扱い方には複数の違いが確認されています。ケンウッド版には高価な天然ウルトラマリンが使われている一方、フィラデルフィア版の背景の青にはより安価なインディゴが使用されていました。
現在、ケンウッド版はフェルメールの真作であることが確実ですが、フィラデルフィア版を誰が描いたのかはまだ分かっていません。ただし構図が非常によく似ていることから、フェルメールのオリジナル作品を近くで見ることができた人物による可能性も研究されています。
本作には、フェルメール死後の興味深い逸話も残っています。1676年、経済的に苦しい状況にあった妻カタリーナは、デルフトのパン屋「ヘンドリック・ファン・バイテン」に対する617ギルダーを超えるパン代の債務を清算するため、夫の絵画2点を担保として渡しました。
記録にはそのうち1点を「楽器を弾く人物」と記しており、現在では本作「ギターを弾く女」である可能性が高いと考えられています。フェルメール晩年の経済的な苦境を伝える、少し切ない来歴でもあります。
鑑賞する際は、まず女性の顔を見るだけでなく、「視線 → 笑顔 → ギターを弾く指 → 弦 → 背後の風景画」と追ってみるのがおすすめです。女性の視線が画面の外へ向かい、指先には演奏の動きが残ることで、静止した絵の外側に音楽と人物の存在を感じられます。
本作はかつて、晩年のフェルメールは技術的に衰えたという文脈で評価されることもありました。しかし現在の科学調査では、大胆な構図、自由な筆遣い、光と色の表現を試みた晩年ならではの作品として改めて注目されています。「完成度が落ちた作品」というより、従来のスタイルからさらに踏み出した一作として見る方が、現在の研究には合っています。
㊱ 信仰の寓意
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「信仰の寓意」は、フェルメール作品の中でもひときわ異彩を放つ宗教的な寓意画です。日常生活の一場面を描いたように見える多くの室内画とは異なり、画面に登場するほぼすべてのモチーフにカトリック信仰に関係する意味が込められています。
中央に座る女性は実在の人物を描いた肖像ではなく、カトリックの「信仰」あるいは「教会」を擬人化した存在です。白と青のサテンドレスをまとい、右手を胸に当てながら天井から吊るされたガラス球を見上げています。
このガラス球は天国や神を象徴すると考えられています。画面下に置かれた地球儀が「地上の世界」を表すのに対し、頭上に浮かぶ透明な球体は目には見えない天上の世界を表しているわけです。
女性が片足を地球儀の上に置いている姿も重要です。これは単純に「カトリックが世界を支配していた」という意味ではなく、カトリック信仰が地上世界を超越し、その上に立つことを象徴する表現とされています。
さらにテーブルの上を見ると、十字架、聖杯、大きな典礼書、布、茨の冠などが並べられています。大きな本は一般的な聖書ではなく、ミサで使用される「ローマ・ミサ典礼書」と考えられており、テーブルそのものがカトリックのミサで使用する祭壇のように構成されています。
床にも重要なモチーフがあります。女性の前にはリンゴが転がっていますが、これはアダムとイヴによる「原罪」の象徴。その近くでは、邪悪を象徴する蛇が大きな石によって押しつぶされています。
この石は単なる「教会の礎石」ではなく、キリストそのものを象徴しています。つまり「原罪によって生まれた悪を、救世主キリストが打ち破る」というキリスト教の救済思想が、リンゴ・蛇・石という3つのモチーフだけで表現されています。
そして女性の背後に掛けられた大きな画中画にも意味があります。描かれているのは「キリストの磔刑」で、フェルメール自身が所有していたフランドルの画家ヤーコプ・ヨルダーンスによる作品をもとにしたと考えられています。
ここまで見ると、「原罪のリンゴ → 悪の蛇 → キリストを象徴する石 → 磔刑 → ミサの祭壇 → 天国を表すガラス球」と、画面全体が一つの宗教的な物語としてつながっていることが分かります。
さらに本作を理解するうえで重要なのが、当時のオランダにおけるカトリックの立場です。17世紀のオランダ共和国ではプロテスタントが優位にあり、カトリック教徒が公の場でミサを行うことは認められていませんでした。
そのためカトリック教徒は、一般住宅などの内部に設けられた「隠れ教会(Schuilkerk)」で礼拝を行っていました。Metは本作についても、十字架や聖杯、ミサ典礼書が置かれた室内が、こうした個人宅の中の礼拝空間を連想させると解説しています。
これはフェルメール自身とも無関係ではありません。フェルメールは1653年にカタリーナ・ボルネスと結婚する前にカトリックへ改宗したと考えられており、妻の母マリア・ティンスも熱心なカトリック教徒でした。
そのため本作は、単なる依頼仕事として宗教的なモチーフを並べただけではなく、フェルメール自身が身近に接していたカトリック文化を強く反映した作品として見ることもできます。Metでは、フェルメール自身のため、あるいは裕福なカトリックの依頼主のために制作された可能性を指摘しています。
構図そのものは、ウィーン美術史美術館所蔵の「絵画芸術」とよく似ています。画面左側に大きなタペストリーを置き、その奥に明るい室内を見せ、人物を部屋の中央付近に配置するという構成はほぼ共通しています。
しかし2作品を見比べると印象はまったく異なります。「絵画芸術」ではアトリエを覗き込むような自然な空間が広がるのに対し、本作は地球儀、蛇、リンゴ、十字架、聖杯、ガラス球など象徴的なモチーフが次々と登場し、舞台のセットを見るような非日常的な雰囲気があります。
実際、本作はフェルメール作品の中でも評価が分かれやすい一枚です。メトロポリタン美術館の学芸員も、来館者から「フェルメール作品の中で一番好きではない」と言われることがあると紹介しており、いつもの静かで自然な室内画とは明らかに雰囲気が違います。
ただし、これはフェルメールの技術が衰えたという意味ではありません。むしろMetは、フェルメールが通常得意とする自然主義的な表現をあえて抑え、抽象的な宗教思想を一つの室内空間として視覚化した作品として評価しています。
鑑賞する際は、女性だけを見るのではなく、「床のリンゴ → 蛇と石 → 地球儀 → 女性 → 祭壇 → 磔刑図 → ガラス球」と順番に視線を動かしてみるのがおすすめです。それぞれ独立して見えたモチーフが、キリスト教の「原罪・救済・信仰・天国」という流れにつながっていることが見えてきます。
現在「信仰の寓意」は、ニューヨークのメトロポリタン美術館・614室に展示されています。同館はフェルメール作品を5点所蔵しており、本作はその中でも作品の大きさ、テーマ、構図のすべてにおいて異色の存在です。
㊲ ヴァージナルの前に座る女
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「ヴァージナルの前に座る女」は、鍵盤楽器「ヴァージナル」を演奏する女性が手を止め、こちらを見つめる瞬間を描いたフェルメール晩年の作品です。
一見すると、裕福な家庭で女性が楽器を演奏しているだけの穏やかな室内画ですが、背景に描かれた「取り持ち女」の画中画に注目すると、作品の印象が大きく変わります。
この画中画は、17世紀オランダの画家ディルク・ファン・バビューレンが描いた「取り持ち女」をもとにしたものです。娼婦に金を差し出す男性と、その取引を仲介する取り持ち女が描かれており、フェルメールの義母マリア・ティンスが実際に所有していた作品と考えられています。
フェルメールは、この「取り持ち女」を「合奏」の背景にも登場させています。本作ではかなり大きく描かれているため、単なる室内装飾ではなく、目の前でヴァージナルを演奏する女性を読み解く重要な手がかりになっている可能性があります。
17世紀のオランダ絵画では、音楽は男女の調和や恋愛を象徴する一方、娼家や性的な誘惑と結び付けて描かれることもありました。背景の「取り持ち女」を踏まえると、本作の女性も単純に音楽を楽しんでいるだけではなく、恋愛や官能的な意味を含んだ存在として描かれている可能性があります。
女性の表情も印象的です。ヴァージナルに向かって演奏を続けるのではなく、顔だけをこちらへ向けています。鑑賞者自身が部屋へ入ってきた人物であるかのような構図で、女性から誘いかけられているようにも見えます。
また本作では、通常のフェルメール作品とは少し異なる「光」が使われています。窓の上部には青いカーテンが掛かり、その下のガラスも暗く描かれているため、室内は夜のようにも見えます。
それにもかかわらず女性の顔や真珠、衣服には正面方向から光が当たり、瞳にも小さな光が映り込んでいます。ナショナル・ギャラリーも、絵の正面側から人物を照らす光はフェルメールとして珍しい表現だと指摘しています。
さらに画面左手前には「ヴィオラ・ダ・ガンバ」が置かれています。女性自身はヴァージナルを演奏しているため、もう一つの楽器が誰のために用意されているのかは描かれていません。
ここから、女性と一緒に演奏するもう一人の人物が画面の外にいると想像することもできます。音楽が男女の交流と結びついていた当時の文化を考えると、これも恋愛を連想させる面白いポイントです。
そして本作を鑑賞するなら、同じロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する「ヴァージナルの前に立つ女」との比較は欠かせません。
2作品はほぼ同じ大きさで、制作時期も同じ1670〜1672年頃と考えられています。さらに、どちらもヴァージナルを演奏する一人の女性がこちらを見つめ、「立つ女」は左向き、「座る女」は右向きと、並べた際に向き合うような構図になっています。
使用されている色彩にも共通点があり、どちらにも非常に高価だった天然ウルトラマリンが大量に使われています。このため現在も、もともと2作品が対になる「ペンダント」として制作された可能性が研究されています。
もし対作品として見るなら、両者の違いはさらに興味深くなります。「ヴァージナルの前に立つ女」は明るい室内に描かれ、背景には「ただ一人を愛する」という貞節を連想させるキューピッドが描かれています。
一方、本作は暗い室内に描かれ、背景には金銭を介した男女関係を描く「取り持ち女」があります。このことから、「立つ女=誠実な愛」「座る女=金銭的・官能的な愛」という、2種類の愛を対比した作品ではないかという説があります。
ただし、これは非常に魅力的な解釈ではあるものの確定したものではありません。2作品は18世紀以前の来歴が異なり、最初からセットだったことを証明する記録も見つかっていません。ナショナル・ギャラリーも「対作品だった可能性はあるが、断定はできない」という慎重な立場を取っています。
また、本作をフェルメールの「最後の作品」と断定することもできません。現在のナショナル・ギャラリーは「立つ女」「座る女」ともに1670〜1672年頃とし、いずれもフェルメール晩年の様式に属する作品と位置付けています。
本作はかつて、細部の簡略化などからフェルメール晩年の技術的な衰えと関連づけて評価されることもありました。しかし、現在は単純な「スランプ作品」と見るより、晩年のフェルメールが光や人物、空間をより大胆に単純化して表現した作品として見る方が適切です。
鑑賞する際は、女性だけを見るのではなく、「女性の視線 → ヴァージナル → 床のヴィオラ・ダ・ガンバ → 背景の『取り持ち女』」と追ってみてください。穏やかな音楽の場面だったはずの絵が、次第に意味深な恋愛の場面に見えてきます。
現在「ヴァージナルの前に座る女」は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの25室に展示されています。「ヴァージナルの前に立つ女」も同じ25室に展示されているため、実物を目の前で比較できるのは大きな魅力です。
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