ウフィツィ美術館 有名作品一覧|必見20作品の解説&日本語フロアマップ

フィレンツェ イタリア
ウフィツィ美術館

イタリア・フィレンツェにある「ウフィツィ美術館」は、ルネサンス美術の最高峰を一堂に集めた世界屈指の美術館です。本記事では、館内に展示されている有名作品を一覧で紹介するとともに、その中から特に必見の20作品を厳選し、詳細な解説を加えています。

作品解説では、作者や制作背景、鑑賞のポイントなどをわかりやすくまとめているため、訪問前の予習や展示場所の確認に役立ちます。また、記事後半には日本語版のフロアマップ(PDFダウンロード可)も掲載しており、現地での鑑賞ルート作りにご活用いただけます。

なお、ウフィツィ美術館のチケット予約方法や料金、入場の流れについては、以下の別記事で詳しく解説しています。

ウフィツィ美術館 有名作品一覧

ここではウフィツィ美術館の見るべき「有名作品」を見学順路(3階から2階)に沿って一覧形式で掲載しています。画像をタップすると拡大表示できます。

玉座の聖母子と6人の天使(ルチェライの聖母)

玉座の聖母子と6人の天使(ルチェライの聖母)the Rucellai Madonna

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ

1285年

3階 A1〜A4室

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「ルチェライの聖母」はシエナ派の巨匠ドゥッチョによって描かれた作品で、1285年にフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のルチェライ礼拝堂に奉納されました。
聖母子を囲む6人の天使は、優美で繊細な色彩をまとい、フィレンツェ派と異なるシエナ派独特の装飾的な美しさを伝えています。ビザンティン的な正面性を保ちながらも、柔らかい表情や細部描写に新しい感覚が息づいています。

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荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)

荘厳の聖母(サンタ・トリニタのマエスタ)(Santa Trinita Maestà

チマブーエ

1290~1300年頃

3階 A1〜A4室

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本作は、13世紀の画家チマブーエ(Cimabue、本名チェンニ・ディ・ペポ)によって描かれた大作で、1280〜1290年頃に制作されました。もとはフィレンツェのサンタ・トリニタ教会の高祭壇を飾っていたものです。
高さ3メートルを超える大画面に、幼子イエスを抱く聖母子像を中心に据え、左右に8人の天使、下部には旧約の人物(エレミア、イザヤ、アブラハム、ダビデ)が描かれています。
金色の背景や正面性の強い構図からはビザンティン美術の伝統が感じられる一方、顔や衣の陰影表現には、ルネサンスにつながる新しい写実の萌芽が見られます。

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玉座の聖母子(オニサンティの聖母)

玉座の聖母子(オニサンティの聖母)Ognissanti Maestà

ジョット

1300〜1305年頃

3階 A1〜A4室

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「オニサンティのマドンナ」として知られる本作は、ジョットによって1310年頃に描かれました。もとはフィレンツェのオニサンティ教会の祭壇画として奉納されたものです。
聖母子の堂々とした量感ある造形や、天使たちの配置による奥行き表現は、それまでの平面的なビザンティン様式から大きく脱却しています。
ジョットの手になるこの作品は、ルネサンス美術の幕開けを象徴する革新的な写実性を示し、後世の画家たちに強い影響を与えました。

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受胎告知

受胎告知Annunciazione

シモーネ・マルティーニ/リッポ・メンミ

1333年

3階 A1〜A4室

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国際ゴシック様式を代表する傑作で、シモーネ・マルティーニと義弟リッポ・メンミによって描かれました。1333年にシエナ大聖堂の礼拝堂のために制作され、現在はウフィツィに収蔵されています。
金色の背景に刻まれた繊細な装飾、マリアの驚きと天使ガブリエルの優雅な動作は、ゴシック的な優美さと叙情性を表現しています。線の流麗さと華麗な色彩は、同時代のフィレンツェ派とは異なる特徴を示しています。

キリストの神殿奉献

キリストの神殿奉献Presentazione di Gesù al Tempio

アンブロージョ・ロレンツェッティ

1342年

3階 A1〜A4室

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シエナ派の画家アンブロージョ・ロレンツェッティによる祭壇画の一部で、1342年に制作されました。神殿で幼子イエスを差し出す聖母とヨセフの姿、祭司シメオンの厳粛な表情が描かれています。
建築的な背景や人物の自然な表情には、ロレンツェッティ特有の空間表現への意識と人間味ある描写が感じられ、後のルネサンス美術へとつながる要素が見られます。

東方三博士の礼拝

東方三博士の礼拝Adoration of the Magi

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ

1423年

3階 A5〜A6室

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国際ゴシック様式の頂点を示す大作で、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノが1423年に制作しました。フィレンツェのストロッツィ礼拝堂のために描かれたもので、豪奢な装飾と細密な描写が特徴です。
三博士の行列には東方の異国情緒が色濃く表れ、宝飾や衣装の豪華さが際立ちます。装飾的で華麗な画面構成はルネサンスへと移行する直前の華やかな様式を代表しています。

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サン・ロマーノの戦い

サン・ロマーノの戦いBattle of San Romano

パオロ・ウッチェッロ

1435〜1440年頃

3階 A8室

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「サン・ロマーノの戦い」はパオロ・ウッチェッロによる3連作の一部で、フィレンツェとシエナの戦いを描いています。線遠近法を強調した槍や馬の配置は、戦闘の緊迫感を超えて幾何学的な構成美を追求しています。
騎士や軍馬の装飾的描写と鮮やかな色彩は、ルネサンス初期の新しい空間表現の探究を示しています。

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ウルビーノ公夫妻の肖像

ウルビーノ公夫妻の肖像The Duke and Duchess of Urbino Federico da Montefeltro and Battista Sforza

ピエロ・デッラ・フランチェスカ

1473〜1475年頃

3階 A8室

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本作はウルビーノ公フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロと妻バッティスタ・スフォルツァを描いた対の肖像画です。横顔で描かれた二人はルネサンスの理想化された人物像を象徴し、背景の風景には遠近法を活かした精緻な描写が広がります。
厳格さと優美さを併せ持つこの肖像は、ピエロ・デッラ・フランチェスカの数学的構成力と静謐な表現を示す代表作です。

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聖母子と二天使

聖母子と二天使Madonna and Child with Two Angels

フィリッポ・リッピ

1460年〜65年頃

3階 A9室

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フィリッポ・リッピによる「聖母子と二天使」は、柔らかい色彩と優雅な表情が特徴の作品です。聖母が窓辺に座り、二人の天使が幼子イエスを支える構図は、親密で人間味のある雰囲気を醸し出しています。
光や風景の描写にリッピ特有の世俗的で親しみやすい感覚が表れており、従来の厳粛な宗教画とは一線を画しています。

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婦人の肖像

婦人の肖像Portrait of a Woman

アントニオ・ポライウォーロ

1475年頃

3階 A9室

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この「婦人の肖像」は、フィレンツェの上流階級の女性をモデルとしたと考えられる作品です。横顔で描かれた端正な姿は、15世紀の肖像画の典型的スタイルを反映しています。
髪型や衣装の細部には当時の風俗が反映されており、女性像を通じて社会的地位や美の理想が表現されています。装飾的で優雅な雰囲気が漂う一枚です。

七元徳擬人像

七元徳擬人像(連作)Allegories of the Seven Virtues

ポライウォーロ/ボッティチェリ

1469〜1470年頃

3階 A10室

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商業裁判所(Mercanzia)のために制作された一連の徳の擬人像で、当時のフィレンツェ社会が重視した倫理観を象徴的に表した作品群。端正な線描と装飾性を備え、人物の姿勢や衣文のリズムに古典的調和が感じられます。連作の中でもボッティチェリの「剛毅(Fortitude)」は特に知られ、独自の気品と内面的強さを湛えています。

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パラスとケンタウロス

パラスとケンタウロスPallas and the Centaur

サンドロ・ボッティチェリ

1480〜1485年頃

3階 A11〜A12室

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知性と節制を象徴する女神パラス(ミネルヴァ)が、激情と本能の象徴であるケンタウロスを制する寓意画。揺らめく衣と優美なシルエット、抑制の効いた色調が画面の静謐さを高め、倫理的メッセージを格調高く表現しています。メディチ的徳目の視覚化と解釈されることが多い一作です。

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春(プリマヴェーラ)

春(プリマヴェーラ)Spring

サンドロ・ボッティチェリ

1480年頃

3階 A11〜A12室

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オレンジの木立に女神ヴィーナス、メルクリウス、三美神、フローラ、ゼピュロスらが登場する大作で、詩学・古典神話・新プラトン主義思想が織り込まれた象徴体系を持ちます。線の優雅さと花々の細密な描写が圧倒的で、愛と実り、精神の高貴さを視覚化したボッティチェリの代表作です。

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ヴィーナスの誕生

ヴィーナスの誕生Birth of Venus

サンドロ・ボッティチェリ

1484〜1486年頃

3階 A11〜A12室

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海から誕生した女神ヴィーナスが貝殻の上で岸へと運ばれる瞬間を描いた名画。流麗な輪郭線と軽やかな風の表現、理想化されたプロポーションが、神話の場面を気品ある詩情で満たします。ボッティチェリの象徴的名品として、ルネサンス期の美の理想像を提示した作品です。

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マニフィカトの聖母

マニフィカトの聖母Madonna of the Magnificat

サンドロ・ボッティチェリ

1481年頃

3階 A11〜A12室

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「マニフィカトの聖母」は、聖母マリアが賛歌「マニフィカト」を筆記する場面を描いた作品で、円形画(トンド)の傑作のひとつです。マリアの頭上には天使たちが王冠を捧げ、荘厳な場面を形成しています。
優美な線描と繊細な色彩、気品ある表情はボッティチェリらしい典型的な美の表現であり、15世紀フィレンツェの信仰と芸術が融合した象徴的作品といえます。

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マギの礼拝

マギの礼拝Adoration of the Magi

サンドロ・ボッティチェリ

1475〜1476年頃

3階 A11〜A12室

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メディチ家の依頼で制作された「マギの礼拝」は、聖母子のもとに三博士とその従者たちが集う場面を描いています。群衆の中にはメディチ家の人々や芸術家自身が登場しており、宗教画と肖像画が融合した作品です。
構図の統一感と表情豊かな人物描写は、ボッティチェリの初期の代表作とされています。

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受胎告知(ボッティチェリ)

受胎告知Annunciation

サンドロ・ボッティチェリ

1489〜1490年頃

3階 A11〜A12室

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天使ガブリエルがマリアに受胎を告げる瞬間を描いた作品。建築的な背景と人物のポーズの均衡により、静謐で神聖な雰囲気が漂います。
柔らかい色調と流れるような線がボッティチェリ特有の気品を示し、ルネサンス後期の宗教画における洗練を物語っています。

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玉座の聖母と聖者

玉座の聖母と聖者Madonna and Child with Saints Dionysius, Dominic, Clement and Thomas Aquinas

ドメニコ・ギルランダイオ

1486年頃

3階 A11〜A12室

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聖母子が玉座に座し、周囲を聖人たちが囲む荘厳な祭壇画。フィレンツェのルネサンスを代表する巨匠ギルランダイオによる作品で、精緻な人物描写と装飾的要素が調和しています。
厳粛さと人間味の両立は彼の作風の特徴であり、同時代の社会や信仰を反映した大作です。

トリブーナ

トリブーナThe Tribune

設計:ベルナルド・ブオンタレンティ

1581年完成

3階 A16室

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「トリブーナ」は、メディチ家のコレクションを象徴的に展示するために設けられた八角形の展示室で、1581年に完成しました。
赤いヴェルベットの壁、貝殻を象ったドーム天井、大理石の床など、豪奢な装飾が施されています。ルネサンス以降の「美術館」という概念の原型ともいわれ、当時からヨーロッパの知識人や旅行者が憧れた特別な空間です。

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受胎告知(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

受胎告知Annunciation

レオナルド・ダ・ヴィンチ

1475〜1480年頃

3階 A35室

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若きレオナルドによる初期の大作で、天使ガブリエルがマリアに神の受胎を告げる場面を描いています。
遠近法を活かした建築背景、精緻な植物描写、マリアの静謐な表情は、後の天才の萌芽を示しています。奥行きのある風景表現は当時のフィレンツェ絵画の中でも革新的でした。

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東方三博士の礼拝(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

東方三博士の礼拝Adoration of the Magi

レオナルド・ダ・ヴィンチ

1481年(未完成)

3階 A35室

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1481年に着手されたものの未完成に終わった大作。群衆と動物が渦巻く複雑な構図の中に、聖母子と三博士が描かれています。
ダイナミックな動きと心理的緊張を孕んだ場面は、レオナルドの革新性をよく示し、未完でありながら彼の芸術観を理解するうえで重要な作品とされています。

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キリストの洗礼

キリストの洗礼The Baptism of Christ

ヴェロッキオ/レオナルド・ダ・ヴィンチ

1470〜1475年頃

3階 A35室

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師ヴェロッキオの下で描かれた作品で、洗礼者ヨハネがイエスに洗礼を授ける場面を描いています。
レオナルドが担当した天使の部分は、繊細な陰影と柔らかな表現で際立ち、若きレオナルドの才能を早くも明確に示しています。伝統と革新が融合した重要作です。

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聖家族(トンド・ドーニ)

聖家族(トンド・ドーニ)Holy Family, known as the “Doni Tondo”

ミケランジェロ・ブオナローティ

1506-1508年頃

3階 A38室

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「トンド・ドーニ」と呼ばれる円形祭壇画は、ミケランジェロ唯一の板絵で、フィレンツェのドーニ家のために描かれました。聖母子と聖ヨセフを中心に、背後に裸体の人物群が描かれており、古典とキリスト教的象徴を融合しています。
力強い身体表現と鮮やかな色彩はシスティーナ礼拝堂の天井画にも通じるスタイルで、盛期ルネサンスを代表する作品です。

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アーニョロ・ドーニの肖像

アーニョロ・ドーニの肖像Portraits of Agnolo

ラファエロ・サンティ

1504〜1507年頃

3階 A38室

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フィレンツェの豪商アーニョロ・ドーニを描いた肖像画で、落ち着いたポーズと均整の取れた構図にラファエロの成熟した才能が表れています。
背景の風景描写と人物の端正な造形は、静謐さと気品を兼ね備え、同時代の肖像画の理想を示しています。

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マッダレーナ・ドーニの肖像

マッダレーナ・ドーニの肖像Portraits of Maddalena Doni

ラファエロ・サンティ

1504〜1507年頃

3階 A38室

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アーニョロ・ドーニの妻マッダレーナを描いた肖像画で、同じ時期に制作された夫の肖像と対を成しています。
落ち着いた姿勢と静かな表情には、端正さと優雅さが表れ、衣装や装飾品には当時の上流階級女性の気品が反映されています。ラファエロの肖像画の中でも特に完成度が高い一作です。

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ヒワの聖母

ヒワの聖母Madonna of the Goldfinch

ラファエロ・サンティ

1505-1506年頃

3階 A38室

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聖母マリアが幼子イエスと洗礼者ヨハネを見守る姿を描いた作品で、幼子ヨハネが持つ小鳥「ヒワ」が受難の象徴となっています。
柔らかな色彩と調和のとれた構図は、ラファエロの優美で親しみやすい画風を典型的に示しており、家庭的な温かさと宗教的意味が融合しています。

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エリザベッタ・ゴンザーガの肖像

エリザベッタ・ゴンザーガの肖像Portrait of Elisabetta Gonzaga

ラファエロ・サンティ

1502年頃

3階 A38室

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ウルビーノ公妃エリザベッタ・ゴンザーガを描いた肖像画で、気品ある姿勢と深い眼差しが特徴です。
黒い衣装と額飾りの装身具は威厳を示しつつも、抑制された美と高貴さを表現しています。ラファエロ初期の肖像画の中でも重要な位置を占める作品です。

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グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像

グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像Portrait of Guidubaldo da Montefeltro

ラファエロ・サンティ

1502年頃

3階 A38室

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ウルビーノ公グイドバルドを描いた肖像画で、落ち着いた表情と端正な構図が特徴です。
ラファエロは公爵の威厳と知性を簡潔に表現し、人物像の内面的深みを引き出しています。夫人の肖像と対を成す重要な作品です。

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二オペの間

二オペの間Niobe room

古代ローマ彫刻群(17世紀に再配置)

紀元前4世紀の原作に基づく

3階 A39室

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「二オペの間」には、ギリシア神話の二オペとその子供たちがアポロンとアルテミスの矢に倒される場面を描いた大理石彫刻群が展示されています。
彫刻はローマ時代の複製で、17世紀にウフィツィに配置され、壮大な劇的空間を形成しています。古代の悲劇的神話とルネサンス以降の美術趣味が融合した印象的な展示室です。

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自画像(ラファエロ)

自画像(ラファエロ)Self-Portrait

ラファエロ・サンツィオ

1506年ごろ

2階 C3

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若き日の自画像で、ヴァチカン宮「署名の間」の《アテネの学堂》に見える自身の肖像と同じ表情・容貌で対応します。宮廷小姓風の髪型と黒い帽子“ラッファエラ”、簡素な作業服は画家としての誇りを示す意図的な装い。1983年の調査で下描きと白地に透明なグレーズを重ねる精緻な技法が確認され、ウルビーノ宮廷で流行したフランドル絵画への関心も裏付けられました。作品はウルビーノからメディチ家へ伝来し、レオポルド・デ・メディチ枢機卿の「自筆肖像コレクション」の中核としてウフィツィに収まっています。

長い首の聖母

長い首の聖母Madonna with the long neck

パルミジャニーノ

1534〜1539年頃(未完)

2階 D4室

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伸びやかなプロポーションと優雅な身振りが際立つマニエリスムの代表作。聖母の長い首としなやかな指先は、自然な写実から離れた様式美の極致を示します。未完の部分を含みながらも、官能性と神秘性が共存する独自の宗教表現として高く評価されています。

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リュートを弾く天使

リュートを弾く天使Angel playing the lute

ロッソ・フィオレンティーノ

1521年頃

2階 D12室

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音楽を奏でる天使を捉えた図像で、宗教的場面の中に柔らかな光と繊細な肌理が与えられています。楽器の描写や衣文の流れは、当時の工房における高度な写実と装飾性の両立を物語ります。静かな敬虔さと、音楽的なリズム感が画面全体に漂う小品です。

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エレオノーラ・トレドと息子ジョバンニの肖像

エレオノーラ・トレドと息子ジョバンニの肖像Portrait of Eleonora di Toledo with her son Giovanni

ブロンズィーノ(アーニョロ・ブロンズィーノ)

1545年頃

2階 D15室

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トスカーナ公妃エレオノーラの威厳と、幼いジョバンニへの母性が同居する名肖像。豪奢なブロケードの衣装は、織り模様や光沢まで丹念に写し取られ、宮廷マニエリスムの洗練を体現しています。抑制された表情と完璧なポーズが、政治的権威と家族の絆を同時に語ります。

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ウルビーノのヴィーナス

ウルビーノのヴィーナスVenus of Urbino

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

1538年

2階 D22〜D23室

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寝台に横たわる女神ヴィーナスを室内に配した革新的な構図。柔らかな肌のグラデーションと温かな色調は、ティツィアーノ特有の色彩の魔術を見せます。背景の侍女や内装が日常性を添え、神話主題と俗世の情景が溶け合う比類ない名作です。

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フローラ

フローラFlora

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

1517年頃

2階 D22〜D23室

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ローマ神話の花の女神フローラを描いたとされる半身像。女性の柔らかな肌と衣の質感は、ティツィアーノ特有の光と色彩によって生き生きと表現されています。官能性と清らかさが共存し、ヴェネツィア絵画の傑作のひとつとして高く評価されています。

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エステルとアハシュエロス王

エステルとアハシュエロス王Esther Before Ahasuerus

ティントレット(ヤコポ・ロブスティ)

1555年頃

2階 D22〜D23室

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旧約聖書「エステル記」の場面を描いた大作。ペルシア王アハシュエロスの前に進み出たエステルの勇気と緊張感が、劇的な構図と鮮やかな色彩で強調されています。
ティントレットらしいダイナミックな筆致と光の対比が見事に表れています。

メデューサ

メデューサMedusa

カラヴァッジォ

1596~1597年頃

2階 E4

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ギリシア神話の怪物メデューサを描いた円形の盾。斬首の瞬間を切り取った表現で、血走った目や口からほとばしる息が、カラヴァッジォ特有の劇的な写実を示しています。恐怖と迫力に満ちた異色の名作です。

ダビデ(ゴリアテの首を持つ)

ダビデ(ゴリアテの首を持つ)David with the Head of Goliath

グイド・レーニ

1605年頃

2階 E4

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ボローニャ派の巨匠レーニによる、沈思的な「ダビデとゴリアテ」。赤い羽根帽子と毛皮縁の外套をまとったダビデに、月光のような柔らかな光が当たり、劇的な瞬間よりも端正で静かな余韻が強調されています(カラヴァッジョ的題材を扱いつつも古典的均整が核)。

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バッカス

バッカスBacchus

カラヴァッジォ

1596~1597年頃

2階 E5室

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酒神バッカスを描いた作品で、葡萄や酒杯を手にした若者の姿に、豊穣と享楽の象徴が込められています。
やや挑発的な眼差しと写実的な果物の描写は、カラヴァッジォの自然主義を端的に示し、宗教画とは異なる一面を見せています。

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イサクの犠牲

イサクの犠牲Sacrifice of Isaac

カラヴァッジォ

1603年頃

2階 D24〜D25室

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旧約聖書「創世記」の有名な場面で、アブラハムが息子イサクを犠牲に捧げようとする瞬間を描いています。
劇的な明暗対比と緊迫した構図は、カラヴァッジォのキアロスクーロ(明暗法)の極致であり、観る者に強烈な感情を喚起します。

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自画像(レンブラント)

若き頃の自画像Self-Portrait

レンブラント・ファン・レイン

1630年代前半

2階 E7

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若き日のレンブラントを描いた自画像。深い陰影と柔らかな光の表現は、のちの彼のスタイルを先取りしています。金のチェーンと帽子は芸術家としての自意識を示しつつ、視線の強さから自らの才能と存在感を強調しています。ウフィツィが所蔵する数点の自画像のひとつで、バロック期オランダ絵画の魅力を凝縮した傑作です。

3階の必見作品を詳細に解説

ここでは、ウフィツィ美術館3階の有名作品の中でも、これだけは!という「必見作品」だけをピックアップして展示室番号の若い方から詳細に解説します。

荘厳の聖母(サンタ・トリニタのマエスタ)

荘厳の聖母(サンタ・トリニタ教会のマエスタ)/ チマプーエ(1280~90年頃)

A1〜A4室 チマプーエ作 1290-1300年頃

この「荘厳の聖母(サンタ・トリニタのマエスタ)」は、もともとフィレンツェのサンタ・トリニタ教会のヴァロンブローザ会修道士たちのために制作され、大祭壇を飾っていました。16世紀以降は一貫して13世紀フィレンツェを代表する画家チマブーエの傑作と考えられています。チマブーエはフィレンツェだけでなく、ローマやアッシジ、ボローニャでも活動した画家であり、その作風は当時イタリアで大きな影響力を持ちました。

画面中央では、聖母マリアが幼子イエスを抱いて玉座に座る姿が描かれています。マリアは右手で子を指し示す「ホデゲトリア(道を示す聖母)」の様式に従っており、イエスは古代の哲学者のような衣をまとい、巻物を手にしています。巻物は「律法の書」を象徴すると考えられ、同時に救済の道を示す存在であることを表現しています。

聖母子の衣には、ビザンティン美術特有のダマスク風の金の装飾が施され、荘厳さを強調しています。彼らを支えるように、8人の天使が色鮮やかな翼を広げ、玉座を優しく持ち上げています。背景の金地には幾何学的な模様が精緻に刻まれており、豪華さと格式を際立たせています。

さらに注目すべきは、玉座の下に描かれた旧約聖書の預言者たちです。左から「エレミア」「アブラハム」「ダビデ」「イザヤ」がそれぞれ巻物を持ち、聖母マリアの処女性や受肉の神秘を暗示しています。このように旧約の人物を玉座の下に描き込む構図は、当時としては珍しいものでした。

構図全体は力強くも繊細で、玉座の立体的な表現や衣服のひだ、光と影の対比、そして天使や聖母の穏やかな表情には、後の世代の画家たち、特にジョットやドゥッチョに受け継がれる自然主義の兆しが見られます。そのため、この作品はチマブーエ晩年の成熟した作風を示す代表作と位置付けられています。

玉座の聖母子(オニサンティの聖母)

玉座の聖母子(オニサンティの聖母)

A1〜A4室 ジョット作 1300〜1305年頃

この「玉座の聖母子(オニサンティの聖母)」は、イタリア・フィレンツェを代表する画家で建築家でもあるジョットの代表作のひとつです。彼はドゥオーモ広場に建つ「ジョットの鐘楼」を設計した人物としても知られています。本作は、フィレンツェの「オニサンティ聖堂(諸聖人教会)」のために描かれたため、「オニサンティの聖母」とも呼ばれています。

画面中央には玉座に座る聖母マリアと幼子イエスが描かれ、マリアは女王のように威厳をたたえています。幼子イエスは右手を挙げて祝福を示し、左手には知恵を象徴する巻物を持っています。周囲を囲むのは尖塔型のタベルナクルで、色とりどりの大理石を思わせる装飾が施され、当時流行していたゴシック建築を想起させます。

聖母子の足元では白い衣装をまとった天使たちが跪き、バラとユリの花を捧げる姿が描かれています。これらの花は清らかさと慈愛を象徴します。また、両脇に立つ天使は「冠」と「聖体容器(ピクス)」を捧げており、これはキリストの受難を暗示していると考えられます。聖堂の名「オニサンティ(諸聖人)」にちなみ、周囲には聖人たちも描かれていますが、建築的な構造や大きな光輪に一部が隠されている点も特徴的です。

この祭壇画が当初、教会内のどこに設置されていたかは定かではありませんが、側祭壇や会衆席と修道士の聖歌隊席を隔てる仕切りに掲げられていた可能性があります。ジョットはオニサンティ聖堂において他にも複数の作品を手がけ、教会と深いつながりを持っていました。

本作はジョットがすでにイタリア全土で名声を確立し、注文が相次いでいた時期に描かれました。ビザンティン美術では装飾的な金彩が多用されましたが、本作では装飾を最小限に抑え、光と影の表現によって人物の肉体を立体的に描き出しています。荘厳の聖母(チマブーエ作)と比べると、より自然な肉体表現や柔らかな動きが与えられており、ジョットが新しい絵画手法で「ルネサンス美術の先駆け」となったことがよく分かります。

この「オニサンティの聖母」は、100年以上にわたりフィレンツェの画家たちの規範となり、後世に大きな影響を与え続けた不朽の名作です。

東方三博士の礼拝

東方三博士の礼拝 - ファブリアーノ作

A5〜A6室 ファブリアーノ作1423年

この「東方三博士の礼拝」は、メディチ家のライバルであったフィレンツェの大富豪パッラ・ストロッツィが、サンタ・トリニタ教会の家族礼拝堂の祭壇を飾るために依頼した作品です。画家は国際ゴシック様式の第一人者、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノで、1423年に完成しました。

物語は、新約聖書に記された東方三博士の訪問。長い旅の末、星に導かれて幼子イエスのもとに到着した博士たちが跪き、黄金・乳香・没薬の贈り物を捧げています。イエスの右側に描かれた三博士(メルキオール、バルタザール、カスパール)は、それぞれ豪華な衣装をまとい、多民族の従者や珍しい動物を従えて行進しています。これにより、彼らが遠方から訪れたことが強調されています。

背景には、星を発見した場面、ヘロデ王の宮殿訪問、帰路につく場面といった三つのエピソードが組み込まれ、フレームの三連アーチによって視覚的に区切られています。こうした物語性豊かな構成は、国際ゴシック様式を代表する手法です。

この作品の大きな特徴は、金箔をふんだんに用いた豪華な装飾です。金地は部分的に打ち出し加工され、馬具の拍車や剣の柄が浮き彫りのように立体的に見える仕掛けになっています。これほどの贅沢な画材は、ストロッツィ家の莫大な財力を象徴するものでもあります。

さらに、祭壇画下部のプレデッラには「キリスト降誕」「エジプトへの逃避」「神殿奉献」の三場面が描かれています。従来の中世絵画が金地背景を用いたのに対し、ここでは青空の背景が採用されており、自然描写への関心やルネサンス美術の萌芽を示しています。なお「神殿奉献」の部分は現在ルーヴル美術館に所蔵され、展示されているのは複製です。

この「東方三博士の礼拝」はジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの代表作であり、イタリアにおける国際ゴシック様式の最高傑作と位置づけられています。

サン・ロマーノの戦い

サン・ロマーノの戦い - パオロ・ウッチェッロ作

A8室 パオロ・ウッチェッロ作1435〜1440年頃

初期ルネサンスを代表するA8室でひときわ目を引くのが、パオロ・ウッチェッロ作「サン・ロマーノの戦い」です。ウッチェッロは遠近法表現に卓越したフィレンツェの画家で、ここではその革新的な技法が存分に発揮されています。

この作品は、1432年に行われたサン・ロマーノの戦いを題材とした三連作の中央パネルです。戦いはピサ近郊で繰り広げられ、フィレンツェ軍がシエナ軍と、その同盟者であるミラノ公国の部隊に勝利しました。中央では、フィレンツェ軍総司令官ニッコロ・ダ・トレンティーノが、敵軍を率いたベルナルディーノ・デッラ・カルダを槍で打ち倒す劇的な瞬間が描かれています。

ウフィツィ所蔵の本作は三部作の中心にあたり、物語はロンドン・ナショナルギャラリー所蔵の「フィレンツェ軍の進軍」から始まり、パリ・ルーヴル美術館所蔵の「ミケロット・ダ・コティニョーラの攻撃」で締めくくられます。元々はフィレンツェの有力者リオナルド・バルトリーニ・サリムベーニの邸宅に飾られていましたが、後にメディチ家のロレンツォ豪華王が購入し、自邸(現メディチ=リッカルディ宮)に設置したと伝わります。その際にウッチェッロ自身がパネルの形状を改変したと考えられており、現存する作品の隅にはメディチ家の象徴である橙の葉(マラ・メディカ)が加筆されています。

構図を見ると、槍や弩の方向がフィレンツェ軍は前方へ、敵軍は後方へと傾けられており、戦いの帰趨を暗示しています。甲冑や馬具には大量の金属箔が施され、当時はさらに華やかな輝きを放っていたと考えられます。ウッチェッロ特有の透視図法は、人物や馬の短縮法に巧みに応用され、下から見上げる視点を想定した立体感ある表現を実現しています。これは邸宅のアーチ型天井の下に飾られていた当時の展示位置を反映しているのです。

「サン・ロマーノの戦い」三部作は、戦勝を記念すると同時に、メディチ家の威光を示す政治的意味合いも帯びており、初期ルネサンス絵画とフィレンツェの歴史を結びつける重要な作品といえます。

ウルビーノ公夫妻の肖像

ウルビーノ公夫妻の肖像 - パオロ・ウッチェッロ作

A8室 ピエロ・デッラ・フランチェスカ作1467~1472年頃

イタリア・ルネサンスを代表する傑作のひとつが、ピエロ・デッラ・フランチェスカ作「ウルビーノ公夫妻の肖像」です。描かれているのは、ウルビーノ公国の君主フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(1422–1482)と、その妻バッティスタ・スフォルツァ(1446–1472)。夫妻が横顔で向かい合う姿は、古代の貨幣デザインを思わせる構図で、15世紀の伝統を受け継いでいます。

二人の表情は感情を抑え、冷静で威厳に満ちています。フェデリーコは日焼けした銅色の肌、バッティスタは青白い肌で描かれ、鮮やかな対比が強調されています。特に公爵夫人の蒼白な肌色は、当時の美の理想を反映すると同時に、1472年に若くして亡くなった彼女への追悼の意味も込められていると考えられています。

背景には夫妻が治めていたマルケ地方の連なる丘陵が広がり、左右のパネルをまたいで地平線がつながることで、二人が同じ空間に存在していることを示しています。ピエロはフィレンツェで学んだ厳密な遠近法と、フランドル絵画に見られる緻密な写実を融合させ、これまでにない独創的な表現を生み出しました。原文にあるように「残酷なまでに緻密な描写」はまさにフランドル派の影響を色濃く示しています。

もともとこの2枚は留め金で連結され、本のように開閉できるディプティク(両面祭壇画)として制作されました。裏面には、夫妻が古代の戦車に乗って凱旋する姿が描かれ、キリスト教的徳を象徴する寓意的な人物に囲まれています。そこに記されたラテン語の銘文は、二人の徳と支配者としての理想を称えています。

この肖像はもともとウルビーノ宮殿にあり、17世紀にはヴェネツィアのドゥカーレ宮殿に移されました。その後、トスカーナ大公フェルディナンド2世の妃ヴィットリア・デッラ・ロヴェレの相続品としてフィレンツェに運ばれ、現在はウフィツィ美術館で公開されています。

厳格な遠近法と冷徹な写実、そして寓意的な裏面装飾。この「ウルビーノ公夫妻の肖像」は、ルネサンスの美学と政治的権威を象徴する傑作であり、ピエロ・デッラ・フランチェスカの名声を確立した作品です。

聖母子と二天使

聖母子と二天使 - フィリッポ・リッピ作

A9室 フィリッポ・リッピ作1460年〜65年頃

「聖母子と二天使」は、15世紀フィレンツェを代表する画家フィリッポ・リッピが晩年に描いた最も有名な作品のひとつです。リッピは幼くして孤児となり、カルメル会修道院で育ちましたが、やがて画家として頭角を現し、やがて若きボッティチェリにも強い影響を与えました。

画面中央には玉座に座る聖母マリアが描かれています。ふかふかの刺繍入りクッションや彫刻が施された肘掛けがわずかに覗き、彼女の存在を引き立てています。マリアは両手を胸の前で組み、幼子イエスを見つめています。その眼差しには優しさと同時にどこか憂いが漂い、息子に訪れる苦難の運命を予感しているかのようです。幼子イエスは産着だけをまとい、両手を広げて母に向かい、二人の天使に支えられています。手前の天使は微笑みながら鑑賞者を見つめ、まるで場面へと招き入れるようです。

この作品の最大の魅力は、親密で人間味あふれる表現です。背景の窓からは海や岩山、植物、建物が広がる風景が見え、どこか不穏さを漂わせています。この「背景の奥行きと不気味さ」は後年のレオナルド・ダ・ヴィンチに大きな影響を与えたとも言われます。

聖母子と二天使 / フィリッポ・リッピ作

聖母の衣装や髪飾りは当時のフィレンツェ貴婦人の流行に倣って描かれており、真珠の冠や繊細なヴェールがその優美さを際立たせています。光輪はほとんど目立たず、代わりにかすかな光の筋が彼女の背後を照らしています。

聖母のモデルが、リッピが愛し後に妻となった修道女ルクレツィア・ブーティだったのではないかという説もありますが、確証はありません。ただし、このように現実の女性を思わせる肖像的表現は当時としては革新的でした。

作品は完成当初から大きな成功を収め、多くの画家が模範としました。特に弟子であったボッティチェリは、この作品から構図や感情表現の多くを学んだとされています。現在のようにウフィツィ美術館に収蔵される以前は、18世紀後半にメディチ家のポッジョ・インペリアーレ邸にあったことが知られています。

柔らかな母子の視線、天使の笑顔、そして窓の向こうに広がる風景――「聖母子と二天使」は、ルネサンス期のフィレンツェにおける宗教画の革新と人間的感情表現を体感できる名作です。

七元徳擬人像

七元徳擬人像 - ピエーロ・ポライオッロ作

A10室 ピエーロ・ポライオッロ作1469〜1470年頃

この「七元徳の連作」は、シニョーリア広場近くにあった「商事法廷(Tribunale di Mercanzia)」のために1469年に依頼された作品群です。七つの徳を擬人化したもので、左から「剛毅」「節制」「信仰」「慈愛」「希望」「正義」「貞節」が並び、もともとは商人組合の会議室を飾っていました。

7徳擬人像 - ピエーロ・ポライオッロ作

右側6枚は「ピエーロ・ポライオッロ」が制作しましたが、納品の遅れなどがあり、左端の「剛毅(Fortitude)」だけは若きサンドロ・ボッティチェリに任されました。依頼の背景には、メディチ派とつながりの深かったトンマーゾ・ソデリーニの推挙があったといわれています。

剛毅(ごうき)- ボッティチェリ作

ボッティチェリの「剛毅」は、甲冑をまといながらも優美な衣を着た若い女性像で、王笏を手に持っています。軍事的な象徴を伴いつつも、実際には「善を追求するための強さと忍耐」を表しており、七元徳の中でも人間の基本的な徳である「四元徳」の一つにあたります。

同じ連作の他の面が糸杉板に描かれているのに対し、ボッティチェリの「剛毅」はトスカーナで一般的だったポプラ板を使用している点が特徴的です。また、座るベンチの大理石装飾は他の作品よりも彫刻的に華やかで、すでに後年の彼の作品に見られる女性像の特徴――長身でしなやかな身体や、どこか憂いを帯びた表情――が表れています。

完成後、この「剛毅」は他の徳像に比べて特に高く評価され、若きボッティチェリが注目を集めるきっかけとなったとも伝わります。対照的に、主要な依頼を受けていたピエーロ・ポライオッロにとっては複雑な出来事だったともいわれます。

パラスとケンタウロス

パラスとケンタウロス - サンドロ・ボッティチェリ作

A11〜A12室 サンドロ・ボッティチェリ作1480〜1485年頃

「パラスとケンタウロス」は、フィレンツェ生まれの画家サンドロ・ボッティチェッリが描いた神話画で、1922年にウフィツィ美術館に収蔵されました。制作当時の依頼主はメディチ家で、ロレンツォ・イル・マニフィコ(ロレンツォ豪華王)の従弟ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコの結婚(1482年)に関連して描かれたともいわれています。

画面には、ギリシア神話に登場する女神パラス・アテナ(ミネルヴァ)が戦斧を手にし、半人半獣のケンタウロスの髪を掴んで支配する姿が描かれています。ケンタウロスは人間の野性的本能や暴力を象徴し、女神は知恵や理性を体現する存在。つまりこの絵は、理性が激情や暴力を制御する寓意と解釈されています。

ただし、解釈には幅があります。描かれた女性はアテナではなく、戦場で戦い清らかに死んだ乙女戦士「カミッラ」と見る説もあります。女性のドレスにはメディチ家の三つ輪の紋章が繰り返し織り込まれており、婚姻や家門を象徴する可能性も指摘されています。また、彼女の髪を飾る植物がオリーブなのかミルトゥスなのかでも議論が分かれています。

背景には海と港が広がり、物語的な場面ではなく象徴的な舞台装置として構成されています。絵の表現自体は美しいのに、意味を知らずに見ると「女神がケンタウロスを引きずっている」ように見えてしまい、強烈な印象を残します。私自身も初めてウフィツィを訪れた際、この作品が一番記憶に残りました。

このように《パラスとケンタウロス》は、一見ユーモラスにさえ映る構図の奥に、理性と情念、メディチ家の権威、婚姻と家門の寓意が込められた奥深い作品です。

春(プリマヴェーラ)

春 サンドロ・ボッティチェッリ作(1482年頃)

A11〜A12室 サンドロ・ボッティチェリ作1480年頃

縦203cm × 横314cmという大画面で描かれた「春(プリマヴェーラ)」は、ボッティチェッリを代表する名画のひとつです。画面中央には愛と美の女神ヴィーナスが、やや奥に引いた位置で描かれ、彼女の頭上には目隠しをしたキューピッドが弓を引き、愛の矢を放とうとしています。

春 ヴィーナスとキューピッド

画面右側では、西風の神ゼピュロスが妖精クロリスを抱え、彼女は花の女神フローラへと変身します。花々を散布するフローラは、春と豊穣を象徴する存在です。

春 ゼピュロスと妖精クロリス

左側では三美神(グレース)が手を取り合って輪になって踊り、そのさらに左には翼のある靴と兜で見分けられる神の使者メルクリウスが描かれ、雲を杖で払いのけています。

春 三美神(グレース)

全体で9人の神話的人物が登場するこの絵は、愛・平和・繁栄を祝福する寓意画と解釈されますが、その意味は今なお謎に包まれています。とはいえ、喜びに満ちた雰囲気は圧倒的で、見る者を春の祝祭の世界に引き込みます。

背景にはオレンジや月桂樹が茂り、前景の芝生は500種類以上の植物と200種類以上の花々で埋め尽くされています(実際に確認された種数は138種以上とされます)。ボッティチェッリは植物標本を用いたともいわれ、細部の精緻な描写が作品全体に生命感を与えています。

この作品は1470年代後半〜1480年代に描かれ、ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチ(ロレンツォ豪華王の従弟)の婚礼を祝うために制作されたとも考えられています。もともとはメディチ家の邸宅に飾られ、のちにカステッロ邸に移され、画家ジョルジョ・ヴァザーリも『ヴィーナスの誕生』と並んで記録に残しました。

《春》は、寓意的でありながらも華やかで親しみやすい構図によって、ボッティチェッリの人気を不動のものにした作品です。ウフィツィ美術館を訪れたら、必ず立ち止まってじっくり鑑賞したい一枚です。

ヴィーナスの誕生

ヴィーナスの誕生 サンドロ・ボッティチェッリ作

A11〜A12室 サンドロ・ボッティチェリ作1484〜1486年頃

「ヴィーナスの誕生」は、ボッティチェッリがメディチ家のために描いた神話画で、《春》と共にロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコの別荘を飾っていたと考えられています。15世紀末以降は長らく忘れ去られていましたが、1815年にウフィツィ美術館へ移され、現在ではルネサンスを代表する傑作として高い評価を受けています。

作品は新プラトン主義の影響を色濃く受け、「神と人間を愛が結びつける」という理念を体現しているといわれます。描かれているのは「誕生」というよりも、海の泡から生まれたヴィーナスがキプロス島の浜辺に到着する瞬間です。中央には巨大なホタテ貝に立つ女神ヴィーナスが、黄金色の長い髪で裸体を隠しながら描かれています。その姿は古典彫刻のポーズを参照しており、髪の部分には金箔が用いられて光が反射するよう工夫されています。

左側には西風の神ゼピュロスとその妻アウラ(あるいは花の女神フローラ)が抱き合いながら飛び、ヴィーナスに春の花びらと祝福の風を吹きかけています。

「ヴィーナスの誕生」ヴィーナスと祝福の風を吹きかけるゼヒュロス

右側では春の女神ホーラが花柄のマントを広げ、ヴィーナスを迎え入れようとしています。風に舞うバラの花も春を象徴する要素として描かれています。

「ヴィーナスの誕生」ヴィーナスを迎えいれる女神ホーラ

背景のオレンジの木はメディチ家の紋章を暗示しており、詩人ポリツィアーノの詩が主題の着想源だった可能性も指摘されています。また、本作は《春》が木板に描かれたのとは異なり、キャンバスに描かれている点も特徴で、当時の邸宅装飾によく用いられた形式でした。

完成以来絶賛される一方で、ヴィーナスの首の長さや腕の不自然さ、顔の非対称性などは批評の対象にもなってきました。しかし、それらも含めて独自の魅力と神秘性を放ち、今日ではルネサンス美術を象徴する作品として世界中の人々を魅了しています。

「ヴィーナスの誕生」のヴィーナス

受胎告知(レオナルド作)

受胎告知 レオナルド・ダ・ヴィンチ作

A35室 レオナルド・ダ・ヴィンチ作1475~1480年頃

「受胎告知」は、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが師アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に所属していた若き時代に描いた初期の作品です。もともとはフィレンツェ郊外のモンテオリヴェートにあるサン・バルトロメオ修道院に所蔵されていましたが、1867年にウフィツィ美術館に移されました。

題材はキリスト教美術で繰り返し描かれた「受胎告知」。大天使ガブリエルがマリアに降り立ち、神の子を身ごもったことを告げる場面です。画面左でガブリエルは跪き、純潔を象徴する百合を差し出し、右でマリアは読書台(レクターナ)から顔を上げ、受胎の知らせを受け入れる姿で描かれています。

▼ 大天使ガブリエル

受胎告知 大天使ガブリエル

大天使の衣の襞や影、翼の造形は、実物の観察を基にした写実性が強く感じられます。特に翼は猛禽類の羽根を参考にしたと考えられています。

▼ 聖母マリア

受胎告知 聖母マリア

背景には「閉ざされた庭園(ホルトゥス・コンクルスス)」が広がり、これは聖母の純潔を象徴します。建築は透視法に従って厳密に描かれ、中央の消失点へと導かれる構図になっています。

全体を包む柔らかな薄明かり(クレプスキュールの光)は、人物と風景を調和させ、遠景の樹木を淡い色調で際立たせています。一方で、マリアの右腕がやや長すぎるなど不自然な部分も見られます。これはレオナルドが光学や視点の研究を試みていた初期段階の実験的表現、あるいは作品が当初設置された側祭壇の位置を考慮した結果ではないかと考えられています。

長らく帰属を巡って議論があり、ギルランダイオ作とする説も唱えられましたが、X線分析などの技術的調査により、現在ではレオナルド自身の手による作品とする見解で定着しています。若き日のレオナルドが既に「自然観察」「光と空気感」「人間的感情表現」に強い関心を抱いていたことを示す重要な一作です。

東方三博士の礼拝(レオナルド作)

東方三博士の礼拝 レオナルド・ダ・ヴィンチ作

A35室 レオナルド・ダ・ヴィンチ作1481年頃

「東方三博士の礼拝」は、レオナルド・ダ・ヴィンチが1481年、フィレンツェ郊外のスコペートにあるサン・ドナート修道院のオーガスティノ会修道士から依頼を受けて描き始めた作品です。本来は祭壇画として30か月以内に完成させる契約でしたが、翌年にダ・ヴィンチはミラノ公国ルドヴィーコ・スフォルツァの宮廷へ移り住んでしまい、作品は未完のまま残されました。最終的に修道院側はフィリッピーノ・リッピに新たな依頼を出し、1496年に完成した別作品が納められています。

構図は極めて複雑で、聖母マリアに抱かれた幼子イエスを中心に、跪く三博士が黄金・乳香・没薬を捧げる場面が描かれています。その周囲には半円形に多くの人物が配置され、奥には廃墟のような建物や馬上で戦う騎士たち、さらに左奥には建設途中の神殿を思わせる構造物が見えます。この「廃墟と戦い」と「建設される神殿」という対比は、混乱の世に訪れる平和を象徴していると解釈されています。

▼ 絵の中央右側では、複数の馬の頭部が繰り返し下描きされており、ダ・ヴィンチが構図のバランスを試行錯誤していた痕跡が確認できます。これは彼が緻密な観察と実験を重視し、筆が遅いと評されていたことを裏付けるものです。

「東方三博士の礼拝」レオナルド・ダ・ヴィンチ作(1481年)

現在私たちが目にするこの作品は、未完成ながらも人物の密集、奥行きのある舞台設定、光と影の研究がすでに表れており、若きレオナルドの革新性を実感できる貴重な一枚です。空には鉛白の下塗りとラピスラズリが残され、途中段階の制作過程をうかがうことができます。

ウフィツィ美術館には1670年に収蔵され、今日では「未完の傑作」として、ダ・ヴィンチの構想力と探究心を体感できる作品となっています。

キリストの洗礼

東方三博士の礼拝 レオナルド・ダ・ヴィンチ作

A35室 ヴェロッキオ / ダ・ヴィンチ作1470-1475年頃

「キリストの洗礼」は、1472〜75年頃にフィレンツェのサン・サルヴィ修道院の依頼で、師アンドレア・デル・ヴェロッキオとその工房によって描かれた大作です。もともとはサン・サルヴィ修道院の高祭壇を飾っていましたが、その後サンタ・ヴェルディアーナ修道院を経て、1919年にウフィツィ美術館へ収蔵されました。

舞台はパレスチナのヨルダン川。洗礼者ヨハネが幼子キリストの頭に水を注ぎ、「ECCE AGNUS DEI QUI TOLLIT PECCATA MUNDI(見よ、世の罪を取り除く神の子羊)」(ヨハネ福音書1章29節)の言葉を掲げています。両脇では2人の天使が跪き、ひとりはキリストの衣を支えています。

この作品を特別なものにしているのは、若きレオナルド・ダ・ヴィンチの参加です。彼は当時ヴェロッキオ工房に所属しており、左側の天使や背景の川辺の風景、さらにキリスト本体の一部にも筆を入れたと考えられています。特に左の天使は、肩越しに振り返る自然な姿勢や青い衣の柔らかなひだが、すでに後年のレオナルドを思わせる卓越した写実性を示しています。

キリストの洗礼でダ・ヴィンチが手掛けた箇所

この天使の完成度に圧倒されたヴェロッキオは「自分の弟子に及ばない」と感じ、絵筆を置いて以後は彫刻を中心に活動したという逸話も伝わっています(実際には工房の分業制に基づく共同制作が一般的でした)。また、一部の研究者は、右の天使や上空に描かれた神の手・聖霊の鳩などには、他の工房画家の筆も混じっていると見ています。

《キリストの洗礼》は、師ヴェロッキオの設計と工房の共同制作の中で、若きレオナルドの才能が初めて際立った記念碑的作品といえます。未だ20歳前後の彼が放った鮮烈なデビューの痕跡を、今もウフィツィ美術館で間近に鑑賞することができます。

聖家族(トンド・ドーニ)

聖家族(トンド・ドーニ) ミケランジェロ作

A35室 ミケランジェロ作1506年~1508年頃

「聖家族(トンド・ドーニ)」は、1504年にフィレンツェの商人アニョロ・ドーニがストロッツィ家のマッダレーナと結婚した記念に依頼した作品です。フィレンツェでレオナルド、ミケランジェロ、ラファエロが同時期に活動していた文化的最盛期に生まれた、唯一現存するミケランジェロの完成した板絵です。

画面中央では、聖母マリアが夫ヨセフに支えられながら、幼子イエスを受け取る姿が描かれています。三者はピラミッド型の構図でほぼ画面いっぱいに配置され、緊密に絡み合う動きとジェスチャーは、ミケランジェロが彫刻家として培った力強い肉体表現をそのまま絵画に移したものです。実際、この作品は「絵画でありながら彫刻のよう」と評されます。

聖家族 イエスをヨゼフから受け取る聖母マリア

背後には半裸の青年たちが描かれていますが、その意味は諸説あります。一般には「洗礼前の異教世界=原罪の人類」を象徴し、聖家族との間にある低い壁がその境界を示していると解釈されます。

聖家族(トンド・ドーニ) ミケランジェロ作

また、壁越しに幼い洗礼者ヨハネが姿を見せており、作品がドーニ家の子女誕生を祝う寓意ともつながります。こうした構図には、古代ローマ遺跡から発掘された「ラオコーン」や「ベルヴェデーレのアポロン」といったヘレニズム彫刻の表現が反映されています。

13世紀以降の伝統的な聖母子像が「静かな慈愛」を表すのに対し、ここでは筋肉のうねりや緊張感あるポーズが強調され、彫刻家ミケランジェロならではの革新的解釈となっています。円形(トンド)の画面を力強く満たす構成力は、当時から高く評価されました。

額縁もまた特筆すべき要素です。おそらくミケランジェロのデザインによるもので、木彫家フランチェスコ・デル・タッソが制作しました。キリストの頭部や4人の預言者、グロテスク文様やストロッツィ家を示す三日月の紋章などが施され、作品の象徴性をさらに高めています。

《聖家族》は、絵画と彫刻の境界を超えた肉体表現と、家庭祭壇用の円形構図を融合させたルネサンス芸術の金字塔であり、ウフィツィ美術館における必見の一作です。

ヒワの聖母

ヒワの聖母  ラファエロ・サンティ作

A35室 ラファエロ・サンティ作1506年~1506年頃

「ヒワの聖母」は、ラファエロがフィレンツェ滞在期(1504〜1508年)に描いた代表作で、1506年に商人ロレンツォ・ナージとサンドラ・カニジャーニの結婚を記念して依頼されたものと伝わります。当時フィレンツェでは、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが同時に活動し、美術史に残る革新的な時代を迎えていました。

聖母子像は教会祭壇だけでなく、裕福な市民の邸宅でも信仰の対象として飾られるようになっており、本作もそうした背景から誕生しました。聖母マリア、幼子イエス、幼児洗礼者ヨハネの三者は、安定感あるピラミッド型の構図に収められ、背景にはイタリアの田園風景が広がっています。特別な舞台ではなく、親しみやすい自然を背景に選んでいる点も特徴的です。

ヒワの聖母の構図

柔らかな光の表現や輪郭を溶かすような描写は、レオナルドの「スフマート」の技法を吸収したもの。さらに、幼子イエスがマリアの膝の上で体をひねる姿には、ミケランジェロのダイナミックな肉体表現の影響が感じられます。

ヒワの聖母  ラファエロ・サンティ作

しかし、天才たちの要素を単に真似するのではなく、調和と優美さに昇華するのがラファエロの独自性です。マリアの穏やかな表情や、三者を結ぶ視線と仕草のやり取りは、緊張や激情を排し、静謐で安らぎに満ちた空気を生み出しています。

幼い洗礼者ヨハネが差し出す小さなヒワ(ゴシキヒワ)は、この作品の名前の由来であり、やがて訪れるキリストの受難を象徴しています。マリアの手にある小さな聖書もまた信仰の深さと未来の犠牲を示唆しており、伝統的な宗教的象徴が巧みに組み込まれています。

この絵は1547年の地滑り事故でナージ家の邸宅が崩壊した際、17片に粉砕されてしまいました。その後修復を経て、2008年に大規模な修復が完了。長年中央に走っていた大きな亀裂も取り除かれ、現在は本来の鮮やかで調和の取れた姿で鑑賞することができます。

《ヒワの聖母》は、レオナルドやミケランジェロから学びつつ、それを独自の調和美と人間味あふれる表現へと昇華したラファエロ芸術の真髄を示す傑作です。ウフィツィ美術館を訪れるなら必ず立ち止まりたい一枚です。

2階の有名作品を詳細に解説

ここでは、ウフィツィ美術館2階の有名作品の中でも、これだけは!という「必見作品」だけをピックアップして展示室番号の若い方から詳細に解説します。

長い首の聖母

長い首の聖母 - パルミジャニーノ作

D4室 パルミジャニーノ作 1534〜1539年頃(未完)

「長い首の聖母」は、フィレンツェ・マニエリスムを代表する画家パルミジャニーノ(本名:フランチェスコ・マッツォーラ)が1534年に制作を開始した未完の作品です。依頼者はエレナ・バイアルディ・タリアフェッリで、パルマのサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会に飾るために注文されました。当初の契約では5か月で完成させる予定でしたが、パルミジャニーノは1540年に急逝し、作品は未完成のまま残されました。その後1542年に礼拝堂へ設置され、柱の下部には「不運により画家は完成できなかった」との銘文が刻まれています。

画面中央には、異様に長い首と優美な肉体を持つ聖母マリアが描かれ、膝の上の幼子イエスは眠りについています。その眠りは受難と十字架での死を暗示しており、傍らの天使が持つ壺にも磔刑の象徴が映し出されています。マリアの左にそびえる一本の円柱は、その首のしなやかさを強調すると同時に、聖母の純潔を讃える聖歌の一節「あなたの首は柱のように清らか」に由来すると考えられます。

右下に小さく描かれている人物は巻物を持つ聖ヒエロニムスで、その右隣には未完成の聖フランチェスコの足が見えます。

「長い首の聖母」書きかけの足

聖フランチェスコの存在は「無原罪の御宿り」信仰を暗示しているとも解釈されています。作品が未完であることを如実に示す箇所でもあります。

この作品はマニエリスムの特徴である人体の極端な引き伸ばしと不自然な比率が大胆に用いられており、聖母や幼子の姿は現実離れした神秘性を帯びています。同時に、衣の薄布が体に張り付き曲線を際立たせる表現や、前景の天使のしなやかな脚線美など、微かな官能性も漂っています。宗教画でありながら洗練された優雅さと感覚的な美が共存するのは、パルミジャニーノ独自の魅力です。

この絵は1698年にメディチ家のコレクションに加えられました。依頼を受けたフェルディナンド・メディチ大公は、この作品を「ラファエロのような完成度、魂で描かれた美しい色彩」と絶賛する手紙を残しています。

未完成でありながらも《長い首の聖母》は、マニエリスム様式の美と神秘性を体現する傑作として、現在もウフィツィ美術館で人々を魅了し続けています。

リュートを弾く天使

リュートを弾く天使 - ロッソ・フィオレンティーノ作

D12室 ロッソ・フィオレンティーノ作 1521年頃

「リュートを弾く天使」は、16世紀初頭のフィレンツェ出身画家ロッソ・フィオレンティーノによる作品で、1605年にウフィツィ美術館のトリブーナに収蔵されました。長らく作者に関して議論がありましたが、19世紀以降はロッソの作と認められています。

一見すると天使の単独像に見えますが、近年の反射撮影調査により、暗く塗りつぶされた背景の下に建物の一部が描かれていることが判明しました。これにより、本作はもともと祭壇画の断片であった可能性が高いと考えられています。シエナ近郊アシャーノのサン・タガタ教会に残るフランチェスコ・ヴァンニの作品などから、当初の構成を推測することもできます。

また、背景下からは「1521」という年記と「Rosso Fiorentino」の署名が確認されました。ただし、これが本人の筆跡か、祭壇画が解体された際に作者を伝えるために後から記されたものかは断定されていません。

描かれているのは、まだ幼い天使が大きすぎるリュートを懸命に奏でようとする姿です。ぎこちなさと無垢さが同居するその表情と仕草は、従来の「音楽を奏でる天使」の主題をロッソが独自に解釈したもので、現代的な筆致の鮮やかさが作品に生命力を与えています。

《リュートを弾く天使》は、小品でありながらもロッソ・フィオレンティーノの初期フィレンツェ時代を代表する重要作であり、未完の祭壇画の一片として想像を膨らませながら鑑賞する楽しみを与えてくれる一枚です。

ウルビーノのヴィーナス

ウルビーノのヴィーナス - ティツィアーノ作

D22〜D23室 ティツィアーノ作 1538年頃

「ウルビーノのヴィーナス」は、ベネチア派最大の巨匠ティツィアーノが1538年に描いた代表作で、ウルビーノ公グイドバルド2世・デッラ・ローヴェレが結婚を記念して注文したものと伝わります。実際、同年の日付を記した書簡には「裸体の女性」の購入記録が残されており、本作が婚礼と深く結びついた作品であることが裏付けられています。

画面には愛と美の女神ヴィーナスに扮した若い花嫁が横たわり、視線を正面に投げかけています。その姿は古代彫刻の図像「ヴィーナス・プディカ」を下敷きにしつつ、ティツィアーノ独自の官能的表現に昇華されています。左手で下腹部を隠しつつ、右手には愛と永遠を象徴するバラの花束を持ち、ベッドに身を横たえた肉体の柔らかさやシーツの質感は、ティツィアーノの圧倒的な描写力を示しています。

背景には16世紀ヴェネツィアの富裕層邸宅を思わせる室内が広がり、二人の侍女が婚礼衣装を用意する場面が描かれています。金と水色の豪華な衣装が衣装箱から取り出され、結婚儀式「トッカマーノ」──花嫁が花婿の手に触れて承諾を示す家庭内の儀式──に臨む直前の花嫁を暗示しています。窓辺にはヴィーナスの聖花であるギンバイカ(マートル)の鉢植えが置かれ、足元の小犬とともに「愛の恒久性」「夫婦の忠実」を象徴しています。

本作はやがてフィレンツェに伝わり、最後のデッラ・ローヴェレ家の娘ヴィットリアがメディチ家に嫁ぐ際の持参品としてトスカーナ大公家に加わりました。長らくウフィツィ美術館のトリブーナに展示され、古典彫刻「メディチのヴィーナス」と並べられることで、「理想化された古代美」と「現実の肉体美」という二つの美の競演が意図されたと考えられています。

ティツィアーノの比類なき肌の質感表現と、愛と婚姻にまつわる豊かな象徴性が凝縮された《ウルビーノのヴィーナス》は、ルネサンス絵画における官能美の最高傑作として、今も多くの鑑賞者を魅了し続けています。

バッカス(カラヴァッジォ作)

バッカス - カラヴァッジォ作

D24〜D25室 バッカス作 1596年~1597年頃

「バッカス」は、カラヴァッジョがローマに出て間もない1590年代半ばに手がけた初期の代表作で、ローマ神話のワインの神を描いたものです。現在の美術史では、初期の半身像シリーズ(《果物籠を持つ少年》《トカゲに噛まれる少年》《果物籠》など)に属する作品と位置づけられています。

この作品は、それまでのローマやルネサンス美術に多く見られた理想化された自然主義から一歩踏み出し、日常的でリアルな写実表現を導入した点で画期的でした。果物籠や差し出されたワインの描写は驚くほど正確で、批評家の中には「倹約や友愛へのホラティウス的な招待」と解釈する者もいます。神バッカス本人は酩酊したような虚ろな表情を浮かべ、古代のアンティノウス像を思わせる造形と、官能的な感覚が漂っています。

モデルについては、カラヴァッジョが同居していた友人、あるいは鏡を用いて自らを描いたという説があります。いずれにせよ、人物像と静物(果物や酒器)が渾然一体となり、画家が「現実の観察」と「古代芸術の参照」を融合させた独自の表現が生まれています。美術史家ミーナ・グレゴリは、この作品の中に「感覚の自由」を称える古代観と、ローマで行われていたバッカス的祭儀への示唆を読み取りました。

本作は長らく忘れ去られていましたが、1913年にウフィツィの収蔵庫で再発見され、美術史家ロベルト・ロングヒによってカラヴァッジョ作と確認されました。カラヴァッジョを庇護した枢機卿フランチェスコ・マリア・デル・モンテのコレクションに由来し、《メデューサ》とともに1608年、フェルディナンド1世から息子コジモ2世の婚礼祝いとしてメディチ家に贈られました。

今日、《バッカス》はウフィツィ美術館において《メデューサ》と並ぶカラヴァッジョ初期の傑作として展示され、写実主義の出発点と古代芸術への眼差しを象徴する作品と評価されています。

メデューサ(カラヴァッジォ作)

メデューサ - カラヴァッジォ作

D24〜D25室 カラヴァッジォ作 1596年~1597年頃

「メデューサ」は、イタリア・バロックの巨匠カラヴァッジョが1597年頃に描いた代表作のひとつです。ギリシア神話に登場する蛇の髪を持つ怪物メデューサの首が、英雄ペルセウスによって切り落とされた瞬間が描かれています。恐怖と苦痛に歪む顔が、見る者を石に変えるという伝説を強烈に想起させます。

本作は依頼主であった枢機卿フランチェスコ・マリア・デル・モンテから、メディチ家の大公フェルディナンド1世へと贈られました。戦場で用いるパレード用の盾に直接描かれているのが大きな特徴で、カラヴァッジョ独自の写実的技法と劇的な光と影の表現によって、鑑賞者はまるで生首と対峙しているかのような衝撃を受けます。

反射する凸面の盾を支持体に選んだことで、顔がわずかに歪んで見えるのも意図的な効果と考えられています。これは、戦場で敵を威嚇する実用品でありながら、美術作品としても高い完成度を誇る点で非常に珍しい試みです。

現在、この作品はウフィツィ美術館の「カラヴァッジョと17世紀絵画」展示室の中でも《メデューサ》専用ルームに特別に収蔵されています。赤を基調とした展示空間の中央に、防護ケースに収められた《メデューサ》が置かれ、周囲には同主題の他作品や古代のミネルヴァ像などが展示され、当時の美術文化や象徴世界を体感できるよう工夫されています。

カラヴァッジョの《メデューサ》は、単なる神話画を超えて「恐怖とリアリズム」を突き詰めた革新的な一作であり、ウフィツィ美術館を訪れるなら必見の作品といえるでしょう。

ウフィツィ美術館のフロアマップ(ダウンロード用PDFあり)

ここでは「フロアマップ」をベースに主要展示室名を記載いたします。見学の際の参考にしてください。

印刷して持参したい方は「ウフィツィ美術館のフロアマップ(PDF)」よりダウンロードの上でご利用ください。

3階のフロアマップと主要展示室名

ウフィツィ美術館 3階の地図

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【A1〜A4室】イタリア初期〜14世紀の絵画、【A5〜A6室】国際ゴシック、【A8室】初期ルネッサンス、【A9室】フィリッポ・リッピ他、【A10室】ポライウォーロ他、【A11〜A12室】ボッティチェリ他、【A13室】ヒューゴ・ファン・デル・グース、【A14室】地図の間、【A16室】トリブーナ、【A28室】ピエロ・ディ・コジモ他、【A35室】レオナルド・ダ・ヴィンチ、【第38室】ミケランジェロとラファエロ、【A39室】二オペの間

2階のフロアマップと主要展示室名

ウフィツィ美術館 2階の地図

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【D4室】パルミジャ二ーノ、【D12室】 ロッソ・フィオレンティーノ他、【D15室】王朝の間、【D19室】ヴァザーリの回廊集合場所、【D22〜D23室】ティツィアーノ他、【第D4〜D4室】カラヴァッジォ他

2階の見学は通常、フロアマップの左下「展示室 B」付近からとなります。後は順路に沿って「展示室 C」「展示室 D」「展示室 E」と見学して行けば、そのまま出口へと続く階段に到着します。

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