銀閣寺とは

銀閣寺

京都市左京区銀閣寺町にある「銀閣寺(画像上)」の正式名称は「東山慈照寺(じしょうじ)」。金閣寺(画像下)と同じく相国寺を本山とする「臨済宗相国寺派」の寺院です。参考までに、この宗派の寺院は全国に100ヶ寺あまり存在します。

金閣寺

銀閣寺は、室町幕府8代将軍「足利義政」が、政治引退後の隠遁生活を送るために創建した山荘で、祖父「義満」の造った北山殿(金閣寺)にならって建立されました。

1490年の創建当初は「東山殿」と言う呼び名でしたが、義政の没後に、彼の贈り名「慈照院殿喜山道慶(じしょういんでんきざんどうけい)」から「東山慈照寺」と名付けられました。

金閣寺に対比する形で「銀閣寺」と呼ばれる様になったのは、江戸時代になってからの事です。

義政は自身が理想とする究極の美をこの場所に投影するため、庭師「善阿弥」、画家「能阿弥」と言ったその道の第一人者を集結させました。

金閣寺の様に見た目の鮮やかさこそありませんが、義政の美意識が見事に表現され、気品ある侘び寂びの世界が広がっています。

観音堂(銀閣)と東求堂(とうぐどう)

院内には国宝の「観音堂(銀閣)」と「東求堂(とうぐどう)」をはじめ、特別史跡・名勝に指定されている「庭園」、敷地内の大部分を占める「錦鏡池(きんきょうち)」など、見どころが満載です。1994年にはユネスコの世界遺産にも登録され、京都でも指折りの人気スポットとなっています。

観光の基本情報

銀閣寺の景観

本項では、銀閣寺の「営業時間」「拝観料金」「ロケーション・アクセス」などについて解説します。

営業時間・休園日

銀閣寺は年中無休で営業しています。夏季と冬季で若干だけ異なる営業時間は以下のとおりです。

  • ■ 8時30分~17時00分(3月~11月の夏時間)※ 最終入場が17時で、見学終了時間(下山時間)が17時20分まで
  • ■ 9時00分~16時30分(12月~2月の冬時間)※ 最終入場が16時30分で、見学終了時間(下山時間)が16時50分まで

見学終了時間(下山時間)は、公式HPの良くある質問ページでも厳守となっているので、余裕を持って訪問される事をお勧め致します。

拝観料金とチケット売り場について

銀閣寺の一般入場チケット料金(入山料金)は以下の通りです。

  • ・500円(高校生以上)
  • ・300円(小・中学生)

入場チケットは、入口(地図の左下)から総門を抜けた先にある「中門」近くの「受付」で購入します。下地図の「受付」の位置をご確認ください。

銀閣寺 敷地内マップ

中門を正面にして左手が「受付(拝観チケット売場)」です。チケットを購入したら中門を抜けて見学開始です。

銀閣寺の受付

拝観チケットを購入すると、お札の様なチケットと一緒に銀閣寺のパンフレットも入手できます。

銀閣寺の拝観チケットとパンフレット

パンフレットには、敷地内の見どころと敷地内マップの掲載もあるので重宝します。

特別拝観について

銀閣寺では春や秋などに期間限定で「特別拝観」というガイドツアーが行われています。通常の一般入場チケット料金(入山料金)に加えて、 以下の特別拝観料金を支払って、申し込みをすれば誰でも参加可能です。

  • ・1,500円 / 1名

特別拝観では、通常は見学できない国宝の「東求堂(とうぐどう)」や「方丈(本堂)」などの内部見学が可能となります。

特別拝観の申し込みは、本堂(方丈)前に設置する「申込表」にお名前をご記入する形になります。ただし、参加方法や時間などの詳細は公式HPの「行事ページ」にてご確認ください。随時、最新情報が反映されております。

ロケーション・行き方

銀閣寺のロケーションと出発地別のアクセス方法をご紹介致します。

ロケーション

「銀閣寺」は、京都駅の約7kmほど北側に位置する「京都市左京区」にある観光スポットです。アクセスは《バス》+《徒歩》が王道で、「銀閣寺道」か「銀閣寺前」が最寄り停留所になります。

住所:〒606-8402 京都府京都市左京区銀閣寺町2

以下より出発地別のアクセス方法をご紹介します。

京都駅からのアクセス方法

■ 市バスと徒歩でアクセス

■ 料金:¥230

■トータル所要:40分〜50分

京都駅北口からバス【5系統 / 17系統 / 32系統 / 急100系統 / 急102系統 / 203系統 / 204系統 / MN204系統】のいずれかに乗車、「銀閣寺道」で下車した場合は「銀閣寺」まで徒歩8分、「銀閣寺前」で下車した場合は「銀閣寺」まで徒歩4分ほどです。

【京都駅のバス乗り場】

銀閣寺行きのバスは【A1】か【D1】乗り場から発着します。以下の京都駅北口周辺マップにて乗り場の位置をご確認ください。

京都駅北口周辺マップ

「D1」乗り場からだと急行バス「急100系統」が、「A1」乗り場からなら「5系統 」のバスが頻繁に出ています。どちらに乗っても停車数と所要時間はほぼ変わらないので、発車時間の早い方に乗車すれば良いと思います。

京都は世界屈指の人気観光地だけあって、バス乗り場の表示も明確です。迷う事なくすぐに乗り場を見つける事ができます。下画像は京都駅北口バスターミナル「A1」乗り場の景観です。

銀閣寺行きのバス乗り場「A1」

金閣寺からのアクセス方法

■ 市バスと徒歩でアクセス

■ 料金:¥230

■トータル所要:40分〜50分

「河金閣寺道」停留所からバス【急102系統 / 204系統】のいずれかに乗車、「銀閣寺道」でバス下車後「銀閣寺」までは徒歩8分ほどです。

駐車場について

銀閣寺にお車でお越しの方は、公式ページにも案内がある「京都市銀閣寺観光駐車場」のご利用が可能です。駐車場から銀閣寺までは徒歩4分(350m)ほどの距離です。

■ 駐車場の営業時間:午前8時40分 ~ 午後5時10分

■ 収容台数:バス12台・普通車40台

■ 料金:自家用車等 1,040円 / 1日1回

■ 住所:〒606-8406 京都府京都市左京区浄土寺石橋町62

京都市銀閣寺観光駐車場の詳しい情報に関しましては、京都府観光ガイドさんの「京都市銀閣寺観光駐車場ページ」を参照ください。料金などの詳しい情報が記載されております。

銀閣寺の見どころと回り方

銀閣寺の敷地内には細かく分けると20箇所以上の見学ポイントが存在しますが、特に大きな見どころだけ地図上に大きく記しました。

銀閣寺 敷地内マップ

銀閣寺の敷地内はそこまで広くありませんので、特に見学スポットの位置関係を意識しなくても、西側(地図左下)の入口から順路に沿って見学して行けば、自ずと見どころを網羅できます。

参考までに私の訪問時は、以下のルートで見学して所要30分ほどでした。※ 各スポットの文字をクリックすると、イメージ画像が開きます。

赤字は国宝の見学ポイントです。地図にも青線でルートを記載しましたので参考にしてください。

銀閣寺の見学ルート

以下より、各スポットを詳しくご紹介してまいります。

総門

総門

銀閣寺で誰もが最初に通過する西向きの総門は、江戸中期頃に作られた「切妻造()」で「本瓦葺()」の「薬医門」です。総門前にびっしりと敷き詰められた黒石は蟹真黒(かにまぐろ)とも呼ばれます。

薬医門とは、2本の本柱の後ろに2本の控え柱を持ち、屋根を切妻(きりつま)造りにした門の事です。

薬医門

かつて医院の門に多く利用されていた事から「薬医門」と呼ばれる様になったと言う説や、矢を防ぐ意味の「矢食い」から来たという説がありますが、確かな事は分かっていません。城郭や邸宅などにもよく用いられた門の形式です。最古の薬医門として有名なのが、京都の宇治にある「平等院鳳凰堂」の旧南門です。

薬医門の代表例 - 平等院の旧南門

銀閣寺垣

銀閣寺垣"Ginkakuji 2008-11-21" by KimonBerlin is licensed underCC BY 2.0

銀閣寺の入口となる「総門」を抜けて右に折れると、奥の「中門」まで続く長さ50mの細長い参道があります。元々この参道は防衛的な役割を担う外界との区切りとして設けられたと考えられています。

参道に沿って「銀閣寺垣」と呼ばれる低い竹垣が設けられており、垣根の上には、四角く刈り込まれた椿や山茶花(さざんか)などの植物が植えられています。

銀閣寺垣

京都にはこの「銀閣垣」の他に「金閣垣」や「健仁寺垣」など、寺名を冠した独自の垣根を持つ寺が複数あります。

今やこの参道は銀閣寺の前座役的存在で、参道を行く訪問者は、嫌が上でもその先にある何かに期待が高まります。

中門

中門

参道の奥にある「中門」より先が有料の見学エリアになります。門の建材には、吉野産の天然檜が用いられ、控え柱と円柱が支える「切妻屋根()」は「檜皮葺()」で仕上げられています。

建造は寛永年間(1624〜44年)頃だとされていますが、この中門に関する記録はほとんど残っていません。2004年の改修では、激しい損傷と老朽化から修復は不可能と判断されたため、全面改築が行われました。現在の門の姿はその際にリニューアルされたもので、屋根の形式も「桟瓦葺()」から現在の檜皮葺きに変更されました。

この門から先に進むには、門に向かって左手側にある受付(インフォメーション)で入場チケット購入が必要です。

銀閣寺の受付

銀沙羅と向月台

銀閣寺の庭園を印象づけているのが、2つの砂盛りアート「銀沙羅(ぎんしゃだん)」と「向月台(こうげつだい)」です。

銀沙羅と向月台

まるで、さざ波の様な「銀沙羅」は、一説では月光を反射させて本堂を照らすために作られたと言われています。

銀沙羅(ぎんしゃだん)

「銀沙羅」の砂盛りの高さは約65cmほど、南側の部分が大きく湾曲しているのが特徴です。

銀沙羅(ぎんしゃだん)

更に銀沙羅の南側には円錐台形の「向月台」があります。この高さ約180cmほどの砂盛りは、頂上に座して東山の月を観るために作られたと言われています。

向月台(こうげつだい)

記録によれば「銀沙羅」と「向月台」が現在の形になったのは江戸時代後期頃とされ、18世紀の京都の様子を今に伝える「都名所図会」では、砂盛りは今より大分低く描かれています。

「銀沙羅」と「向月台」の砂は、日本庭園でもよく利用される京都・北白川の特産品「白川砂」が使用されています。

銀沙羅(ぎんしゃだん)の白川砂

観音堂(銀閣)

観音堂(銀閣)

銀閣寺の敷地内の建物は16世紀中頃の戦火で大半が焼失したため、この「観音堂(銀閣)」と「東求堂」だけが創建当時から残る貴重な建造物です。

観音堂(銀閣)

現在の観音堂(銀閣)は、唯一現存する室町期の楼閣庭園建築の代表格として国宝にも指定されています。

更に金閣、飛雲閣(西本願寺)らと共に京都三名閣にも数えられています。

東山殿(銀閣寺全体)の建設は1482年2月に着工しますが、観音堂(銀閣)の工事着工は一番最後となりました。1489年までに柱や梁(はり)などの枠組みが完成しますが、1490年にこの世を去った創建者の「足利義政」は、観音堂の完成を見届ける事ができませんでした。

観音堂が「銀閣」と呼ばれる様になったのは江戸時代になってからの事で、金箔を貼った「金閣」に対して、漆黒の「銀閣」には銀箔をほどこす予定であったと言われています。しかし近年の調査でその痕跡は確認されず、単に金閣に対して銀閣と呼ばれたと考えられています。

金閣寺の舎利殿(金閣)と西芳寺の瑠璃殿にならって建造されたと伝わる「観音堂(銀閣)」は、屋根が「宝形造()」と「柿葺き()」で仕上げられ、建物は二層で構成されています。

観音堂(銀閣)の外観と構造

一層目(下層)は書院造りで住宅風な「心空殿(しんくうでん)」、二層目(上層)は仏堂として造られた「潮音閣(ちょうおんかく)」から成っています。

観音堂の屋根表面は一見すると「檜皮葺()」に見えますが、アップで見ると「柿葺()」特有の層の様な区切りが見えます。

銀閣の屋根 - 柿葺き(こけらぶき) This image is public domain source by WIKIMEDIA

最頂部には、本尊の観音菩薩を守る様に青銅の鳳凰像が東向きに飾られています。

観音堂(銀閣)の上層と鳳凰像

内部は板敷で天井は各天井となり、上層「潮音閣(ちょうおんかく)」の「須弥壇(しゅみだん)()」には、東向きに観音菩薩坐像を祀っています。

銀閣の本尊である「観音菩薩坐像」は、高さ54cmほどの木造り像で、室町時代に彫られた作品です。像の周囲が自然木を組み合わせて洞窟が象られているため、「洞中観音(どうちゅうかんのん)」とも呼ばれます。

方丈(本堂)

方丈(本堂)

銀沙灘(ぎんしゃだん)を前庭に持つ「方丈(本堂)」は江戸中期(1615〜44年頃)から残る貴重な建造物です。

方丈(本堂)

建物の大きさは幅約15m、奥行き約10mほど、「入母屋(いりもやづくり)」の屋根は「柿葺()」で仕上げられています。

方丈の屋根部分

「柿葺()」と「檜皮葺()」の屋根は素材によって見分けが難しい場合があります。

また「入母屋造」とは、上部が「切妻()」で、その四方に庇(ひさし)が付いている屋根の事を言います。またはこの形式の屋根を持つ建物自体を「入母屋造」と言う場合もあります。

切妻屋根と入母屋造

日本の古いお寺や神社などではこの「入母屋造」が多く見られます。

内部には本尊として像高60.5cmの「宝冠釈迦如来坐像(ほうかんしゃかにょらいぞう)」が安置されており、春・秋の特別拝観時のみ見学が可能です。この宝冠釈迦如来坐像は、銀閣寺の創建よりも古い南北朝時代(14世紀頃)の作品で、他の場所から運ばれてきたと伝わっています。

また、宝冠釈迦如来坐像の左側には江戸時代に作られたと伝わる高さ55.8cmの木造彩色坐像「達磨大使」も安置されています。

内部には他にも、江戸期南宗画家の巨匠「与謝蕪村(よさぶそん)」や「池大雅(いけたいが)」の貴重な襖絵(ふすまえ)などが残されています。

正面の横長の額には「東山水上行(とうざんすいじょうこう)」と記されています。

方丈(本堂)

東求堂(とうぐどう)

東求堂

銀閣(観音殿)と共に、創建初期から現存する国宝「東求堂」は、足利義政の「持仏堂」として文明18年(1486年)に建立されました。

持仏堂とは、仏像や位牌を安置する堂の事で、内部の「須弥壇(しゅみだん)()」には、室町時代に彫られた高さ66.1cmほどの「阿弥陀如来立像」が安置されています。須弥壇とは、仏像などを安置するために一段高く設けられたスペースのことです。

東求堂 内部平面図

住宅の趣きを持つ東求堂内には4つの部屋があり、南側に「仏間」と「四畳」、北側には「六畳」と「同仁斎(どうじんさい)」と呼ばれる四畳半の書院造りの部屋(書斎兼居間)があります。

後に茶室などで一般化する四畳半と言う広さは、この「同仁斎」が起源だとされています。義政もこの場所を大いに気に入り、文具や書物、茶道具類などを置き、多くの時間をここで過ごしたそうです。

仏間には、室町時代後期に作られた象高118.9cmの木造「足利義政像」も安置されています。

建物は6.9m四方の正方形で、屋根は東アジアの伝統的な形式である「入母屋造()」です。表面は、檜の樹皮を用いて施工する日本古来の手法「檜皮葺()」で仕上げられています。

入母屋造と檜皮葺

建物名は、義政が臨済宗の僧「横川景三」に意見を求め、仏典「六祖壇経(ろくだんきょう)」の中の「東方の人、仏を念じて西方に生ずるを求む」と言う一説から名付けられました。この一説は簡単に言うと、東の人が、阿弥陀如来を教主とする西方浄土(極楽)を求めると言う意です。

庭園

庭園と錦鏡池

東求堂(とうぐどう)と共に足利義政が特に力を入れて造らせたのが、特別名勝にも指定されている「庭園」です。

義政は本庭園を、禅僧・作庭家の「夢窓疎石(むそう そせき)」が手掛けた「西芳寺」の池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)にならって造らせました。当時「西芳寺」 の庭園は、美しい庭園の代名詞的存在でした。

池泉回遊式庭園とは、池の周囲を一周しながら庭園を鑑賞できる仕組み、もしくはそういった構造を持つ庭園の事です。つまりどの角度からでも鑑賞できる様に造られています。

銀閣寺 庭園

本庭園は上下二段構成になっており、下段には「錦鏡池(きんきょうち)」や白砂の「銀沙羅・向月台」などの見どころがあり、上段には昭和初期に復原された「お茶の井」や「漱蘚亭(そうせんてい)」などの見どころが存在しています。

銀閣寺 院内マップ

庭園は明確に上下2段に区切られている訳ではありませんが、ざっくりと分けると上地図の様な区切りになります。

錦鏡池

錦鏡池

庭園内の東側に位置する「錦鏡池(きんきょうち)」は、敷地の大部分を占めており、北側の「東求堂」と西側の「銀閣(観音堂)」に面しています。

下のVR画像中央に見えるのは「錦鏡池」の浮島「仙人洲」です。

錦鏡池には他にも「七つの石橋」や「四つの浮石」など、日本各地より集めた名石などが配置され、それらの見事な調和により美しい景観が生み出されています。

錦鏡池が東求堂と面するエリアには「白鶴島(はっかくとう)」と呼ばれる大きな浮島があります。この島の両側には、長さ3mほどの石橋が架かっています。手前側が「仙柚橋(せんしゅうきょう)」、奥が「仙桂橋(せんけいきょう)」と呼ばれ、池の景観に日本らしい趣きを与えています。

錦鏡池 - 白鶴島(はっかくとう)

更に錦鏡池の中央やや東側のエリアには「大内石」と呼ばれる浮石があります。これは銀閣寺の作庭に協力した守護大名「大内政弘」に因んで名付けられています。

錦鏡池に浮かぶ大内石

この様な浮石は、見栄えを整えるだげではなく、水際の浸食を防ぐ護岸の役割も担っています。

洗月泉

洗月泉

洗月泉は敷地内南東の端あたり、丁度、庭園の下段から上段に行く途中にある小さな滝です。滝水は錦鏡池へと流れこみ、紅葉の時期は落ち葉と緑の苔が、澄んだ滝水を美しく彩ります。

この滝を右手にして奥(東側)に進んで行くと、展望所へと通じる傾斜道と階段がありますので、順路に沿って登って行きます。

銀閣寺 庭園の階段

展望所に行かない方は、登らずに引き返す事も可能ですが、そこまで大変な登り道ではありません。5分も歩けば展望所に着きます。

お茶の井と漱蘚亭跡

敷地内の東側から、展望所を目指して坂道と階段を登って行くと、途中に「お茶の井」と「漱蘚亭跡(そせんていあと)」と呼ばれる二つの見学ポイントがあります。下の地図の青い点線のルートを進んで行くイメージです。

銀閣寺 敷地内マップ

お茶の井

お茶の井
"Ginkakuji (銀閣寺), Kyoto, Kyoto prefecture, Japan" by Oilstreet is licensed underCC BY 3.0

敷地内の南側から、石畳みの階段と坂を登って行くと、昭和6年に発掘復元された「お茶の井」と呼ばれる湧き水があります。これは、茶道、華道、建築、芸術まで幅広い分野に造形のあった「足利義政」が茶を飲む際に使用したとされる天然の湧き水です。現在もお茶会等の飲料水として利用されています。

漱蘚亭跡(そせんていあと)

漱蘚亭跡(そせんていあと)

隣接するお茶の井と共に昭和6年に発掘復元された「漱蘚亭跡(そうせんていあと)」には、まるで墓石が壊れた様な石組みが残っています。ここは、西芳寺(苔寺)の竜淵水石組を模して作庭された「竹亭漱蘚亭(そうせんてい)」の跡地です。

展望所からの景色と絶景スポット

銀閣寺庭園の上段(東側)には、敷地内や京都の街並みが見渡せる絶好の展望所があります。

見事に自然と調和した「観音堂(銀閣)」の景観には一見の価値があります。紅葉時期は、特に美しい写真が撮影できます。

展望台からの景観 - 観音堂(銀閣)

展望所からの景観を堪能後、そのまま奥の坂道を下って出口を目指します。

銀閣寺の下り道

地図で見ると、青い点線のルートを下って出口を目指すイメージです。

銀閣寺 敷地内マップ

出口を目指す際に、敷地内の南側(地図の右手側)を通りますが、池越しに絶好の「観音堂(銀閣)」の撮影ポイントがあります。お忘れなく写真撮影してください。

錦鏡池の観音堂(銀閣)

色鮮やかな植物が観音堂の景観に花を添えてくれます。撮影センスのある方は、もっと綺麗な写真が撮影できると思います。

観光所要時間の目安

銀閣寺の観光所要時間の目安は30分〜40分ほどです。

銀閣寺は特別拝観期間を除けば、入場できる建物はありませんので、基本は敷地内を一周して、建物の外観を見学するのみとなります。私の訪問時は以下の青色のルートで結構ゆったりと見学しても所要30分ほどでした。

銀閣寺の見学ルート

地図の上側(東側)の「展望所」まで行かない方は、所要20分、人によっては所要15分でも大きな見所は網羅できてしまうと思います。売店も含めてじっくりと見学されたい方は、所要40分〜45分は観光時間を割いておいた方が間違いないと思います。

銀閣寺の歴史

観音堂(銀閣)

「慈照寺(銀閣寺)」の実質的な創建者である「足利義政」は室町幕府八代目将軍だった人物です。

将軍として20数年に渡り国を治めますが、自身の政治手腕のなさを痛感し、わずか37歳で将軍職を息子の「義尚」に譲り、政治の世界から身を引きます。

義政には将軍時代から、祖父「義満」が建立した「北山殿(金閣)」の様な山荘を造りたいと言う深い思い入れがあり、引退を機に早速、理想の山荘造営に乗り出します。それ以前から義政による山荘造営計画の動きはありましたが、応仁の乱などにより中断を余儀なくされていました。

義政は、応仁の乱で焼失した「浄土寺跡」を造営地として定めると、 1482年(応永14年)2月より、「慈照寺(銀閣寺)」の前身となる山荘「東山殿」の造営に着手します。

着工からわずか1年後の1483年に、敷地内で最初の建物「常御所」が完成。「後土御門天皇(ごつちみかど)」より「東山殿」の名を承ると、義政は早々に東山殿に移り住みます。

そして、1485年には西芳寺の西来堂を模した禅室「西指庵」が、1486年には現存する国宝の建造物「東求堂」が、1487年には「会所泉殿」が次々と完成していきます。

「観音堂(銀閣)」の工事着工は敷地内で最も遅く、1489年までに柱や梁(はり)などの枠組みが完成しますが、1490年にこの世を去った「義政」は完成を見届ける事ができませんでした。

完成した東山殿は、義政の遺命により「夢窓国師(むそうこくし)」を勧請開山(かんじょうかいざん)として禅刹(ぜんさつ)に改め「慈照寺(じしょうじ)」と称されました。

簡単に言うと、義政の遺言により、夢窓国師(むそうこくし)と言う僧をこの場所の創始者にして、山荘を仏教のお寺に改め、名前を「東山殿」から「慈照寺」に変更したと言う事です。

現在の通称である「銀閣寺」と呼ばれる様になったのは、観音堂完成から、数百年以上後の江戸時代になってからの事です。

江戸時代中期の1615年には、戦火で建物の多くが焼失しますが、「観音堂(銀閣)」と「東求堂」だけが大火を免れました。敷地内で唯一、創建当時から残るこの2棟の建物は、昭和26年に国宝に指定されています。

1615年の大火を経て、慈照寺(銀閣寺)が現在も存在できているのは、豊臣秀吉の配下であった「宮城丹波守豊盛(みやぎたんばのかみとよもり)」が行った大規模修復のおかげです。20世紀や21世紀にも修復は継続的に行われていますが、現在の銀閣寺の姿はこの「宮城丹波守豊盛」の修復でほぼ形造られたと言っても過言ではありません。

銀閣寺周辺のおすすめスポット・ショップ

哲学の道

「哲学の道」は銀閣寺から熊野若王子神社まで続く流水沿いの散歩道です。通りに沿って数は多くありませんが、食事処、甘味処なども営業しています。

道の名は、大正時代の哲学者「西田幾多郎」「田辺元」「九鬼周造」などがこの道を歩きながら思索にふけったことに由来しています。

桜が開花する春の景観は特に美しく、約1.8km(徒歩30分程)の道が桜色で彩られます。この桜は「橋本関雪」が画家として大成した感謝として寄贈した事から、関雪桜と呼ばれます。他にもツツジ、山吹、かえで、ミツマタなどが植えられ、季節によって違う表情を見せてくれます。

哲学の道と並行して一本東側に走る通りには「法然院」や「安楽寺」などの寺院があり、時間のある方はこちらの訪問もお勧めです。

南禅寺

亀山天皇の離宮、禅林寺殿が前身で、大明国師の開山によって寺院に改められました。

すみっこぐらし堂 銀閣寺店

すみっこぐらし堂 銀閣寺店

銀閣寺の市バスの最寄駅「銀閣寺前」などで下車後、銀閣寺までの道中で通過する「銀閣寺参道」沿いには「すみっこぐらし堂 銀閣寺店」があります。店内には「すみっこぐらし」と「桜」をテーマーにした雑貨、文具、スイーツなど様々なグッズが販売されています。京都ならではの限定アイテムもあるので、お土産探しには持ってこいのスポットです。

テイクアウト用に販売されている「カステラ」は、見た目も非常に可愛く写真映えもするのでお勧めの一品です。

カステラ - すみっこぐらし堂 銀閣寺店

すみっこぐらし堂 銀閣寺店の基本情報
定休日なし
営業時間
  • ・10:00~17:00(12/6~3/5、6/6~9/5)

  • ・9:30~17:30(3/6~6/5、9/6~12/5)

住所〒606-8402
京都府京都市左京区銀閣寺前町15-7

御米司ふみや

御米司ふみや

銀閣寺の入口へと続く銀閣寺参道沿いには、古民家を改装した京都らしい食事処「御米司ふみや」があります。大文字山の湧き水と土鍋で炊いた京北のお米を使用した「おにぎり」と「焼きおにぎり」が看板商品で、他にも「京名物 うなぎ茶漬け」や「九条葱とおあげさんの京町カレー」など、地元ならではメニューを提供しています。

ソフトドリンクやビール・地酒などのアルコール類も扱っており、銀閣寺観光前後の休憩やランチ使いとしてお勧めです。どちらかと言えば和カフェといった感じの雰囲気です。「焼きおにぎり(画像下)」や丹波黒豆味噌タレを使用した「銀閣もち」などはテイクアウトも可能です。

おにぎり - 御米司ふみや